アカネサス構想シリーズ|第98回【10兆円を手放した男】──ある経営者の異常な決断
こんにちは、株式会社アカネサス代表の北條竜太郎です。
今日から2回にわたって、
ある経営判断についてお伝えします。
「人を信じた」
今回はゲーム会社の話です。
食品業界とは関係ないように
思われるかもしれません。
でも最後まで読み終わったとき、
皆さんの頭に浮かぶのは
間違いなくご自身の事業のことだと思います。
◆ 倒産寸前のスタートアップ
1996年。
シリコンバレーの小さなスタートアップが、
倒産寸前に追い込まれていました。
会社の名前は
NVIDIA(エヌビディア)。
現在、
時価総額400兆円超。
AIチップ市場を独占する
世界最強の半導体企業です。
しかし当時は、
社員200人にも満たない
まったくの無名の会社でした。
◆ 契約不履行という失敗
当時NVIDIAはセガのゲーム機
「ドリームキャスト」向けに、
グラフィックチップを開発していました。
しかし
NVIDIA自身の戦略ミスで
開発は失敗。
NVIDIAのCEOジェンスン・フアンは
後に当時をこう振り返っています。
「プロジェクトを完了させてから死ぬか、
打ち切ってすぐ死ぬか。
そんな状況に直面した」
フアンはセガとの契約を
自ら打ち切ることを選びました。
自分たちのミスで契約を守れなかった。
支払いは止まり、
資金は尽きる。
それは事実上の死刑宣告でした。
◆ 正気とは思えない要求
絶体絶命に追い詰められたフアンは、
セガ米国法人のトップを務めていた
入交昭一郎(いりまじり しょういちろう)氏の
オフィスに押しかけました。
入交氏はホンダ副社長からセガに転じた、
当時56歳の経営者です。
そこでフアンが口にした要求は
正気とは思えないものでした。
「契約金額を全額、払ってもらえないか」
自分たちのミスで契約を破棄した会社が、
それでも金を払えと言っている。
笑止千万。
常識で考えれば、
即座に却下して当然でした。
◆ 「私はまだ彼を信じていた」
しかし入交は悩みました。
後にウォール・ストリート・ジャーナルの
取材にこう答えています。
「私はまだ彼を信じていた」
フアンと向き合って話してきた時間の中で、
この男の能力と誠実さを
入交氏は見抜いていたのです。
数日前に契約不履行をやらかした
無名のスタートアップ。
それでも信じると決めた。
入交は日本に戻り、
セガの役員会を説得しました。
「NVIDIAに出資すべきだ」
役員会は可決。
500万ドルの追加出資が決まりました。
それはNVIDIAの全資産と
ほぼ同じ莫大な金額でした。
◆ 数字では説明できない判断
なぜ入交氏はこの判断ができたのか。
数字では説明できません。
リターンの計算もできません。
「人を信じた」
それだけです。
◆ 入交氏の判断は正しかった
入交氏の判断は正しかった。
NVIDIAはセガからの500万ドルを元手に
新しいチップ開発に全力を尽くし、
1997年「RIVA 128」を発表。
これが大ヒットとなり、
NVIDIAは窮地を脱しました。
1999年、
NVIDIAはナスダックに上場。
売り出し価格は1株12ドルでしたが、
公開当日、
終値は20ドル近くまで急騰しました。
入交の目は正しかった。
フアンへの信頼は正しかった。
◆ 別の戦場で負け続けたセガ
しかしその頃──
入交氏のいるセガは
「別の戦場」で負け続けていました。
ドリームキャストは
プレイステーションに敗れ、
1999年3月期の赤字は430億円。
続く2000年3月期も430億円の赤字。
3期連続の赤字。
会社には現金が必要でした。
セガは保有していたNVIDIA株、
75万株の全てを
1999年4月から9月にかけて売却しました。
売却額は1500万ドル(約23億円)。
500万ドルの出資が3倍になった。
数字だけ見れば、
決して悪くない取引です。
◆ 今なら10兆円の価値
では、
今もNVIDIA株を持ち続けていたら
どうなっていたか。
NVIDIAはその後、
2000年から2024年にかけて
6回の株式分割を実施しました。
75万株は、
分割を経て
3億6000万株になっていました。
現在のNVDA株価は
約180ドル。
3億6000万株 × 180ドル=約650億ドル。
円換算で、
およそ10兆円です。
◆ セガの時価総額の20倍
10兆円──
現在のセガサミーHDの時価総額は
約4000〜5000億円です。
つまり
NVIDIA株を持ち続けていたら、
セガはその含み資産だけで
自社の時価総額の20倍を超える
資産を抱えていた計算になります。
任天堂の時価総額約8兆円すら
上回る資産を
ゲーム会社が持つことになっていたのです。
では、
セガは株を手放すべきではなかったのでしょうか?
正直に言えば、
持ち続けること自体が
不可能だったと思います。
構造的ポイント
・契約不履行を起こした
無名スタートアップへの出資
・数字やリターン計算ではなく
「人を信じた」判断
・入交氏の判断は正しかったが
セガ自身は別の戦場で苦しんだ
・NVIDIA株は今なら10兆円の価値
しかしセガは売却せざるを得なかった
次回予告|持ち続けられる体力があるか
NVIDIAの株価が本格的に上がり始めるのは
2015年以降のことです。
その16年間、
セガはドリームキャスト撤退、
経営統合と、苦境が続きました。
財務が苦しい会社が、
16年間「含み益も出ない株」を
持ち続けることはできません。
正しい判断をした男が、
その果実を自分では受け取れなかった。
では入交氏は、
何も得られなかったのでしょうか。
そして17年後、
フアンから届いた返事とは。
最終回でその答えを書きます。

