第5章「日本語ボランティアで学んだ「伝える力」
第4章では、彼女たちとの対話を通じて、異文化への見方が変わっていった話を書いた。
今回はこのシリーズの最終章。最初は「とりあえず外国人と絡みたい」という軽い気持ちで始めたボランティアが、自分にとってどんな意味を持つようになったのか。その話を書いていこうと思う。
第5章 言葉を通して人とつながる楽しさ
今、日本語ボランティアをしていて一番楽しいと感じるのは、自分の説明が本当に理解された瞬間だ。
腑に落ちた表情、「あっ、なるほど!」ってなった時の笑顔がたまらない。
つたない英語やジェスチャー、AIなど、ありとあらゆる方法でその場でなんとか一番わかりやすい例えをやってみる。自分もある意味いつも挑戦していて、互いの挑戦がマッチングしたあの瞬間が最高に気持ちいい。
自信をもらえるし、自信も与えられている。
受講生との関係は良好だ。
今はお互いリラックスしながら話せる。政治や文化についても、互いに冷静に一個人の意見として話せるし、それに対して良い悪いの判断はつけない。ただ「私はこう思う」で終わる。とても良い距離感だと思っている。
言葉の壁を越えてつながったと感じる瞬間は、互いが謙虚でリスペクトし合える考えが一致した時だ。
音楽の趣味や好きな食べ物、互いの歴史の背景を教え合うと、重なるところが見えてくる。同じ人間なんだなって。
最初の「とりあえず外国人と絡みたい」から、今は変わった。
よりたくさんの人と関わりたいと思うようになった。リアルな価値観の話、文化、伝統を純粋に聞きたい。そして互いが謙虚に知り合い、尊重し合いたい。
これからは、日本人だからとか何々人だからとかではなく、いち一人の人間として世界を周りたいと思った。
言葉の壁はあるかもしれない。でも、言葉を知るだけで文化や背景がかなり見えてくる。自分の国の言葉を一生懸命学んでくれている人を見ると、純粋に嬉しい。「この人は私たちの国が好きなんだな」って伝わってくる。
語学学習だけでなく、さまざまな角度で互いの背中を押し合えるようになりたいと思った。
言葉は、目でも見えるし、耳でも聞ける。時には動作と合わせて伝えられる。言葉で心が動く。言葉で人は動き、動かされ、癒やされる。
言葉の本質を理解し合えれば、少しずつ世界が平和に近づくかもしれない。綺麗事かもしれないけど、小さな可能性は言語にあると感じている。
「先生、来週も来ます!」
彼女が笑顔でそう言った。
「うん、待ってるよ」
最初は軽い気持ちで始めた日本語ボランティア。でも今は、ここに来ることが楽しみで仕方がない。
言葉を教えるはずが、伝える力、聴く力、そして人とつながる喜びを教えてもらったのは、自分の方だったのかもしれない。
