ロンドン大火のパルメザンチーズ
【#A5P_PARADISE――Human Bug Report】
人は、楽園を失ってから楽園だったと知る。
夏も終わると、仕事で忙しくなる人も多いと思う。
今日は、静かな話をしたい。
以前、飛行機に乗る機会が多いと記事で紹介したことがある。
私は帰りの飛行機に、よく最終便を利用する。
滞在先で過ごす時間を、1分でも長くしたかったからだ。
最終便で到着した空港は、昼間とはまるで別の場所になる。
少ない搭乗員。
暗い空港。
人影はまばらで、
売店の灯りも消えている。
人の気配が薄く、
時間だけが取り残されたような静けさが漂っている。
私は、この雰囲気が嫌いではない。
雑踏から解放され、
誰にも急かされない時間。
それなのに。
長居はしたいと思わない。
無性に家へ帰りたくなる。
明かりのついた家へ。
猫の待つ家へ。
そこで、ふと思った。
人は、いつ「帰りたい」と思うのだろう。
まだ暑い夏に熱い話をしよう。
■ 1666年9月2日
1666年9月2日。
ロンドンでは、いつもの夜が始まっていた。
午前1時頃。
プディング・レーンのパン屋から火が出た。
当時のロンドンは、木造の家が密集していた。
道は狭い。
家と家の間も狭い。
そして、その夜は風が強かった。
火にとって、これほど都合のいい街はない。
炎は隣の家へ移った。
その隣へ移った。
さらに、その隣へ。
夜の街を、火が走っていった。
海軍省の役人、サミュエル・ピープスは眠っていた。
午前3時頃。
使用人に起こされる。
「大きな火事です」
ピープスは外を見る。
遠くに炎が見える。
しかし、まだ遠い。
彼は再び眠った。
朝7時。
もう一度、外を見る。
今度は違った。
火は広がっていた。
ロンドン橋の近くまで迫っている。
数百軒の家がすでに焼けている。
ピープスは外へ出る。
そして、
街の人々がしていることに気づいた。
誰もが、
家から物を運び出していた。
家具。
衣類。
食器。
商品。
仕事道具。
家族の持ち物。
昨日まで、
そこにあることを疑いもしなかったもの。
それを、人々は抱えて走っていた。
荷車に積む。
船に載せる。
それでも間に合わないものは、川へ投げ込む。
テムズ川には、人と荷物を乗せた船が集まっていった。
ピープスは、そこで一つの光景を見る。
鳩だった。
人間は逃げている。
ところが鳩は、自分の巣から逃げない。
炎が迫っても、そこにいる。
屋根が燃える。
家が燃える。
それでも飛び去らない。
やがて翼を焼かれ、
落ちていく。
私は、この話を思い出すたびに考える。
鳩にとって、そこはただの屋根ではなかったのだろう。
帰る場所だった。
■ 火は、街の形を消していく
昼になっても、火は止まらない。
人々は水をかける。
建物を壊す。
火の進路を断とうとする。
しかし、風に飛ばされた火の粉が、離れた家へ飛び移る。
一軒燃える。
その向こうでも燃える。
さらに向こうでも燃える。
街の中に、炎の島が次々と生まれていく。
人間は家を守ろうとする。
しかし、家そのものが燃料になっている。
国王チャールズ2世も現場へ出て、建物を取り壊して延焼を防ぐよう命じた。
それでも火の勢いは衰えない。
■ 夜のロンドン
夜になる。
普通なら、
街に夜が降りる。
店は閉まり、
家には灯りがともり、
人々は家へ帰る。
ところが、その夜は違った。
ロンドンそのものが明るかった。
炎が街を照らしていた。
教会。
家。
店。
建物。
その輪郭が、炎の向こうに浮かんでいる。
ジョン・イーヴリンは、この光景を記録している。
夜空が赤く染まり、遠く離れた場所からも、その明かりが見えたという。
ピープスも燃える街を見た。
そして、泣いた。
■ パルメザンチーズ
火事が続く中、ピープスも家財を避難させる。
書類を運ぶ。
荷物を運ぶ。
そして、
どうしても捨てられないものがあった。
ワインである。
彼は地面に穴を掘った。
そこへワインを埋めた。
さらに、
パルメザンチーズまで埋めた。
街が燃えている。
人々が逃げている。
家が消えていく。
それでも、
「これは残しておきたい」と思ったものがあった。
それが、チーズだった。
私は、この話が好きである。
人間というのは、そういうものなのだと思う。
命に比べれば、チーズなど小さなものだ。
しかし、
「小さなものだから、どうでもいい」わけではない。
人生というものは、そういう小さなものの集まりだからである。
■ 昨日まで、そこにあった
火は四日間にわたって燃え続けた。
約13,200軒の家が焼失し、
ロンドン市の大部分が焼けた。
多くの人々が住む場所を失った。
しかし、
焼ける前のロンドンに暮らしていた人々は、
そこを「楽園」だとは思っていなかったはずである。
朝になれば起きる。
仕事へ行く。
店を開ける。
食事をする。
家族と話す。
夜になれば眠る。
明日も同じだと思っている。
それは特別な一日ではない。
だから、
大切にしようとも思わない。
ただ、
いつもの一日だった。
その「いつもの一日」が、なくなった。
そこで初めて、人は気づく。
昨日まで、自分は何を持っていたのか。
私は花が好きである。
花が咲いている時は、
「今年も咲いたな」と思う。
それだけである。
毎年咲くからだ。
しかし、散ってしまう。
すると、
「あの花は綺麗だった」と思う。
花は変わっていない。
変わったのは、それを見る私の側である。
■ 帰る場所
人は、もっと良い場所を探す。
もっと良い仕事。
もっと良い家。
もっと良い人生。
今いる場所を、
「まだ途中」だと思う。
だから、先へ行こうとする。
そして、いつか振り返る。
「あの頃は良かった」と思う。
しかし、
「あの頃」にいた自分もまた、未来を見ていた。
今と同じように。
■ 猫は、昨日の日向を懐かしまない。
明日もっと暖かい場所があるかどうかも考えない。
今日、一番気持ちの良い場所を探す。
そこで丸くなる。
眠る。
それだけである。
猫にとって、
「いつか」は必要ない。
今、暖かければいい。
【デバッガー所感】
人は、今いる場所を「途中」だと思ってしまう。
もっと先に、
もっと良い場所があると思っている。
だから、
今あるものを、
当たり前だと思う。
しかし、
ロンドンが燃えた夜、
人々が運び出そうとしたのは、
豪華なものばかりではなかった。
家具。
食器。
書類。
ワイン。
そして、
パルメザンチーズ。
昨日まで、そこにあることを疑わなかったもの。
失いそうになって、
初めて、
それが自分の暮らしだったことに気づく。
最終便の静かな空港を歩くたび、
私は無性に家へ帰りたくなる。
明かりのついた家へ。
猫が待つ、
いつもの家へ。
玄関を開ける。
いつもの場所に、
いつもの猫がいる。
特別なことは何もない。
昨日と同じ。
たぶん明日も、同じだろう。
私は猫を見る。
猫も、こちらを見る。
そして、
私は家に帰ってきたことを思い出す。
