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【八太郎殿の生活】 第六章 雷と花火と、もののふの晩年

 


若かりし頃の荒武者・八太郎(6歳当時)
花火の音に出陣準備!

 駄犬のなかの駄犬、雑種中の雑種、八太郎殿にも、どうしても克服できぬものがあった。

 それは雷である。

 
 普段の八太郎は、外で他のオス犬に出会えば威勢よく吠えまくる。まるで自分がこの一帯の支配者であるかのように振る舞い、牙を剥き、前足で地面を掻き、喉の奥から低い威嚇を放つ。その姿は、雑種中の雑種とは思えないほど勇ましく、時として通りすがりの飼い主をたじろがせるほどであった。

 
 ところがである。

 
 空のどこかで、わずかにゴロゴロという音が響き始めた瞬間、八太郎の態度は一変する。体が小刻みに震え、尻尾は完全に巻き込まれ、目は虚ろに泳ぎ、テーブルの下へ一直線に逃げ込む。そこで丸くなり、身動きひとつせず、ただただ固まるのである。異常とも思える怯えようであった。

 
 花火の音も、当然嫌いである。ここ浜松遠州という地は、花火をこよなく愛する土地柄だ。夏になれば、あちこちに花火大会が開かれる。我が家のすぐ近くでは、奥浜名湖の湖上花火が行われる。それ以外にも、遠方から聞こえてくる花火の音が、夜の空気を何度も震わせる。

 
 しかし、八太郎は雷の音にはビビりまくるのに、花火の音には妙に強気であった。音のする方向をピタリと見定め、牙を剥き出し、猛烈に吠えたてる。その声は、まるでこう言っているように聞こえた。

「ふざけた音を出してんじゃねえぞ、バカヤロー。俺を誰だと思っているんだ。八幡太郎・八太郎様だぞ!」

 
 このときばかりは、さすが源氏の棟梁「源義家公」にあやかって名をつけただけのことはある。犬武士そのものの顔つきで、「討死覚悟の出陣も辞さず!」とばかりに哭いている。

 
 雑種中の雑種から、一瞬だけニホンオオカミの顔に戻ったのだと、私は思った。
 
 だが、湖上花火のある日は事情が違う。大好きなお姉ちゃんが浜松市内の街中から帰ってくる。当然その夜は、ごちそうがテーブルに並ぶ。煮スルメ、鯛の塩焼き、ヒラメの刺身、タコ、牛タン。八太郎が平素なら目の色を変えて飛びつく品々である。

 
 ところが八太郎は、それらをそっちのけで花火に怒りまくる。時折、私の顔をちらりと見て、こう念を押してくるような目つきをする。


 「おい、俺の分はちゃんと取っておいてくれよ。いま敵陣に威嚇をしている最中だ。忙しいんだ。終わったら食いに行く!」

 
 雷も花火も、似たような轟音である。だが八太郎にとっては、まったく別物であった。目糞と鼻くそなどではなく、提灯に釣り鐘、月とスッポン、駿河の富士と一里塚、鯨と鰯、尺取り虫が竜を笑う、鷺と烏、鳳凰と雀、象と蟻――ほかになんかないか? まあいいや(笑)、とにかく雲泥の差なのである。

 
.........そんな八太郎も、もうすぐ二十歳になる。

 
 今年の湖上花火の夜、八太郎はもう疲れ果てたのか、ただ眠っていた。花火の音が夜空を裂いても、テーブルの下に逃げ込むことも、牙を剥いて吠えることもなく、静かに目を閉じていた。

 まさに諸行無常。もののあはれを感じる犬武士「もののふ」の晩年である。


 (第六章・了)

ん⁉雷か?
八幡太郎・八太郎


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