双極性感情障害の母/知ったこと/私の話/55 みどりに見えているだけ
家の窓辺に、いくつかの観葉植物がある。気づけば少しずつ成長していて、そろそろ植え替えを考える頃になっていた。
ずっと、そこにあるものだと思っていた。
葉っぱはみどり色で、それ以上でも、それ以下でもないと。
私たちは、目に見えているものを
そのまま「真実」だと信じて生きている。
疑うことすら、あまりしない。
けれど最近、テレビで知った。
葉っぱそのものには、実は色がないらしい。
正確には、ほとんど無色だという。
葉の中にある「葉緑素」という物質が、赤と青の光を吸収し、緑の光だけを反射する。
その反射した光を、私たちは「みどり」として見ているだけ。
つまり、葉っぱがみどりなのではなく、みどりの光が残って、私の目に届いている。
秋に葉が赤や黄色に染まるのも、色が変わるわけではない。
葉緑素が減ることで、もともと中にあった色が、静かに表へ出てくるのだそうだ。
季節とともに色を変えているのだとずっと思っていた。
けれどほんとうは、隠れていたものが、そっと姿を見せていただけだった。
山を見ても、家の観葉植物を見ても、本当はどれも無色で、光の中にある赤や黄色や緑が混ざり合って今の色に見えている。
見えているものだけが、すべてじゃない。
そのことを、知識としてではなく、感覚として実感した。
葉っぱにそんな奥行きがあるなら、
人もきっと同じだ。自分でも知らない部分、
誰にも見せていない面、まだ言葉になっていない何かがきっと内側にある。
だから、自分を一色に決めてしまわなくていい。
今はまだ、はっきりした色が見えなくても。
私は、葉っぱのように、無色のままで、
そのとき差し込む光を受け取り、
必要な色だけをそっと返しながら
生きていけたらいいなと思っている。
もし今、くもり空の下にいたとしても、
光は、ちゃんとどこかにある。
それが当たる場所で、また少し違う色になれたら、
それでいい。
