『心の手』
コロナが流行った頃、投薬台に一枚の『アクリル板』が置かれた。
透明なのに、確かにそこに壁があった。
見えない敵に怯えながら、
やりにくさを感じながら、
それでも患者さんと向き合ってきた。
あれから、もう五年は経つ気がする。
けれど、その板は今も、当たり前のようにそこに立ったままだ。
とっくに外してしまった店舗もあると聞く。
けれど、ここでは今も、その板が当たり前のように残っている。
感染予防のため。
そして、ときには自分の身を守るため。
透明なのに、たしかにそこに壁がある。
向かい合っているのに、
どこか遠い。
もどかしい距離が、そこに生まれた。
耳の遠い患者さんとの投薬は、特に気を遣う。
「この音量で、聞こえますか」
そう思いながら声を張るけれど、
アクリル板のこちら側には、音だけが跳ね返ってきて、やけにうるさい。
ふと、
遥か遠くにいる母のことを思う。
もし同じように、
誰かの声が届きにくい場所に立っていたら。
そう考えると、胸が少し苦しくなる。
そんなとき、
見えない“心の手”が、
必死に身振り手振りをしている気がする。
届いてほしい、と。
