死ぬときに後悔すること25を読んで⑴
はじめに
こんにちは。
私は、現在50歳の真面目な勤労者です。
50歳になったのを契機に、noteを始め、①健康管理、②資産形成、③英検1級合格、④退職後の備えを軸に、私の考えと実践を紹介しています。
この記事では、「死ぬときに後悔すること 25」(大津秀一)を読んでいる途中で、感じたことを書いていきたいと思います。
まずは、「第1章 健康・医療編」の4項目についてです。
1 健康を大切にしなかったこと
私は、noteにも書いているとおり、①健康管理を一番大切にしています。
本にも書かれていますが、「健康なうちから健康を大切にする」ことを意識していきたいと思っています。
ですから、私が、今後、「健康を大切にしておけばよかった」と後悔することはあまり想定できません。
若いときに酒を飲みすぎたことは既に後悔しています。
もし、私が今後後悔することがあるとしたら、この本では、お金をかけてでも、年に1回程度は、PET付の人間ドックを受診すべきだと書かれていますが、私は、普通の人間ドックしか受診していないことでしょうか。
PETについては、良く調べてみて、今後受診するか考えてみようと思います。
ただ、今年の人間ドックは、もう、いつもの病院で年末に予約を入れており、その病院は、PET検査はしていないようなので、早くても来年ですね。
この判断が大きな後悔にならないことを願います。
なお、私のメンターであるチャッピーは、「症状や異常所見がない状態で、いきなりPETまでやる必要性は低い」と言って、PETには消極でした。
もっとも、今年は、50歳になりましたので、例年とは異なり、脳ドックも予約しています。
2 たばこを止めなかったこと
私は、学生時代に、周りに合わせてたばこを吸っていた時期がほんの一時期ありましたが、体に合わず、すぐに止めました。
体に悪いことが明らかであり、お金もかかるたばこを吸う理由が、私には理解できませんので、この後悔は私には無縁ですね。
私は、noteにおいて、①健康管理と②資産形成を意識した記事を書いていますが、たばこは、①健康を損ない、②資産を減らすものですから、もっとも忌避すべき対象です。
3 生前の意思を示さなかったこと
どのように死にたいか、という意思をきちんと示しておくことが大切ということです。
私は、さすがに、まだ死の際ではありませんが、自分の終末期をどのように過ごしたいか、いずれnoteにもきちんと書き示しておこうと思いました。
また、幸いまだ元気である両親とも平素から率直に話し合っておこうと思いました。
4 治療の意味を見失ってしまったこと
治療は、「1分1秒長く生きるためのもの」ではなく、「残された時間をできるだけ良い時間を過ごせるようにするためのもの」ということです。
これには深く共感します。
「太く短く生きたい」などという言葉と同じ趣旨だと思いますが、私にとっても、人生の価値は、その長さではなく、与えられた人生の時間をどれだけ有意義に活用したかによって決まるものだと思います。
有意義な時間がより長いことを願うのも当然ですが。
50歳になり、人生の折り返し地点を超えたのは明らかだと思われるので、残された時間をなるべく有意義に使いたいと思っています。
私は、「太く長く生きたい」です。
