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短編小説|はじめてのお留守番

ピカッ。
白い閃光。


間髪入れず、ドスンと落ちる地鳴り。


窓ガラスがビリビリと震え、玄関の隅でうずくまる、いちねんせいのじゅんちゃん。


「いやぁ! かみなり、こわい!外、いきたくない……!」


その声を聞きながら、お母さんは外を見た。


真っ黒な空。
叩きつける雨。


そして、車の中で寝込む、弟のあゆむくん。


熱った額。
荒い息遣い。


一刻も早く、病院へ連れて行かなければならない。けれど……。


怯えきった、細い腕。
耳を塞ぐ、小さな手。


いっしょに連れて行くこともできない。
引き裂かれるような逡巡。


深く息を吐くと、膝をつき、濡れた頬を優しく包み込んだ。


「じゅんちゃん、あのね」


まっすぐに目を合わせる。


「お母さん、あゆむくんを今すぐ病院に連れて行きたいの」


少しだけ間を置いて、


「……お家の中で、一人で待っていられる?」


じゅんちゃんの瞬きが止まった。


「お留守番……できる?」


こくん。


「お家を守っててくれる?」


今度は、さっきより強く。
しゃくり上げながら、頷いた。


「……じゅんちゃん」


お母さんは、ぎゅっと抱きしめた。
そして交わされた、三つのお約束。


何かあったら、すぐ電話すること。
絶対に、外へは出ないこと。
誰が来ても、扉を開けないこと。


「いい?」


「……うん」


「お母さん、行ってくるね」


最後にもう一度、ぎゅっ。
お母さんは、雷雨の中へ駆け出していった。


家の中に静けさが戻る。
薄暗いリビング。


チクタク。
チクタク。


急き立てるように進む、針の音。


ゴロゴロ、ドカーン!
また落ちる。


「……うっ、お……おかあさん……」


ぎゅっと膝を抱える。
お、お約束……。


恐る恐る、机の上のスマホへ手を伸ばす。
すがるように画面へ触れた。


――その時。


ぽうっ。
液晶画面から溢れる、淡い白藍色の光。


「大丈夫だよ、じゅんちゃん」


画面越しに語りかけてきたのは、妖狐のシロ。
ふさふさの耳としっぽを揺らしながら、やさしく微笑んでいる。


「お母さんはね、今、急いで病院へ向かっているよ」


シロは、じゅんちゃんの目を見つめた。


「じゅんちゃんがお家で待っていてくれるから、あゆむくんのそばにいられるんだよ」


喉元までせり上がっていた不安が、少しずつほぐれていく。


トックン。
トックン。


さっきまで暴れていた鼓動が、ゆっくりになった。


「……うん」


じゅんちゃんは小さく頷いた。


その時――。
ピンポーン。


雷に割って入る、玄関のチャイム。


ビクっと、体を強張らせる。
モニターから見える、黒い影。


「だれ……?」


立ち上がりかけた、その瞬間。


「だめーっ!」


バサバサバサッ!


舞い降りてきたのは、手のひらサイズの丸っこいフクロウ、ポッケ。


「じゅんちゃん、いっちゃだめ!」


風の輪を描き、パタパタと鼻先を飛び回る。


「お約束、ちゃんと守れてる!」


小さな翼を広げる。


「じゅんちゃんは、えらい!」


そして、にっこり。


「ぼくが見張ってるから、安心して!」


しばらくすると、モニター越しの影は、諦めたように遠ざかっていった。


だが――。


バリバリバリッ、ドォォォン!!
家全体を揺るがす、巨大な轟音。


パッと瞬く電灯。
訪れた暗闇。


「いやぁぁぁっ!」


床にうずくまる。


耳を塞ぐ。
目を閉じる。


小さな身体を、さらに丸くする。


そのとき――。
背中に、あたたかいものが触れた。


「――じゅんちゃん、怖くないよ」


甘く、耳元に落ちる吐息。


恐る恐る目を開けると、漆黒の髪に透き通った瞳を持つ、イケメンの青年が目の前にいた。


「シロもポッケも、ボクも。みんな、じゅんちゃんの味方だから」


優しく膝をつき、そっと背中を撫でる。


「弟のために、お留守番をがんばるお姉ちゃん。……すごく、カッコいいよ」 


雷鳴は、まだ遠くで唸っていた。
けれど、さっきまでのようには怖くなかった。


「……もう、泣かないね?」 


「……うん!」 


頬を赤らめたまま、力強く頷く。


「……わたし、お留守番できる」


その瞬間。
机の上のスマホが、ぽうっと白藍色に輝いた。


溢れ出した光が、リビングいっぱいに広がる。


シロの身体が、その光の中へ溶けていく。
ポッケも、羽を一度だけ大きく広げる。


青年は立ち上がり、じゅんちゃんへ背を向けた。
その足元から、淡い光の粒が舞い上がる。


「待って!」


振り返った青年が、微笑む。


「もう、大丈夫だよ」


そう言い残して、白藍色の光へ溶けていった。


カチャッ。
鍵が回り、玄関扉が勢いよく開く。


「じゅんちゃん!」


息を切らして、駆け寄ってくるお母さん。
その腕には、穏やかな寝息を立てるあゆむくん。


「無事だった!?」


「おかあさん!」


じゅんちゃんは駆け寄る。
ぎゅっ。強く抱きしめ合った。


「怖かったよね……」


お母さんの声が震える。


「一人で、よく頑張ったね……」


じゅんちゃんは、お母さんの胸に顔を埋めた。
それから、少しだけ得意げに言った。


「ううん。お約束、ぜんぶ守れたよ。……わたし、もう怖くないもん」


お母さんは目を丸くして、もう一度、力強く抱きしめた。小さな背中を、何度も撫でる。


リビングには、もうシロもポッケも青年もいない。


残っているのは、机の上で静かに光るスマホと、遠ざかっていく雷鳴だけ。


そして――。


じゅんちゃんの胸の中に、小さな勇気が確かに宿っていた。


雨上がりの夜空。


雲の切れ間から差し込む月の光が、家族のいる部屋を、やわらかく包み込んでいた。






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