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#21 “ご両親よりも幸せにします”——その一言が、最初の支配だった

モラハラ💥
経済DV
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風俗
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一口馬主
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借金
💥
10年の婚姻生活を経て、2020年、脱走完了。


振り返ると
「ちょっと…変やな」

と思う場面は、いくつもあった。

でも当時の私は、
“違和感”という概念が欠けていた。
それよりも、“愛されている実感”の方を優先していた。
自分に都合のいいことしか、見ようとしなかった。



一見、大きな喧嘩もなく1年が過ぎた。
元夫はいつも穏やかな口調で、
デートのエスコート、旅行の段取りなど
実にこまごまと気を遣ってくれる人だった。
頼りになる人だった。

ちょっと強引で我の強いところがある。
こういう人に手を引かれて、 
ついて行く人生も幸せかもしれない。

「ん?」と思う数々の違和感。
私はそれを、「価値観の違い」や「育った環境が違うから」と考えていた。

完璧な人なんていない。
私も、人に偉そうに言えるほど立派な人間ではない。

アラサーという年齢も、正直プレッシャーだった。

プロポーズされた。

「一生大切にする」
「信じて、ついてきて欲しい」


元夫の言葉は、実に心地よく響いた。
私は信じた。
愚か者としか言いようがない。



「今時、結納ってせなあかんの?」
その後、元夫が唐突にそう聞いてきたとき、
私は一瞬言葉を失った。

言い方が、引っかかった。
——まるで、「無駄なもの」として処理しようとするような。

ここで私は判断を誤る。
結納には特に拘ってなかったにしろ、
一度持ち帰り、両親に共有すべきだった。

私はその場で「なくてもいいけど、婚約指輪は欲しい」と答えた。

「分かった、買うから」
一見スマートだけど、少しだけ上からの匂いがした。

「買ってあげるよ」
「どんなのが欲しい?」
「いつ買いに行く?」
ではなく「買うから」。


でも、私は笑って頷いた。



帰宅して、母に話した。
「結婚することにした」
「結納はしないって話になった」

母は、少し顔を曇らせた。
「それ、向こうから言われたん?……」
そう言って、小さくため息をついた。



翌週、元夫が両親に挨拶に来た。

スーツを着て、きちんと丁寧に頭を下げてくれた。
「アズさんと結婚させてください」
父も母も緊張していたが
「大切にいたします」
誠実そうな物腰に、安堵した顔になる。

でも、その後の一言が、空気を凍らせた。

「必ず幸せにいたします。
ご両親よりも」

……え?

父と母は、一瞬、固まった。
母は「頼もしいね」と笑ったけれど、
父はわずかに眉を動かした。

——ほーん。出来るんか?

きっと内心ではそう思っていたと思う。
それだけ自信があるのだろうと、聞き流したらしい。

「我儘に育てたので。親との同居は、勘弁してやってください。顔合わせの段取りをよろしく。」
ほんの少し、刺した。

ご両親よりも。
張り合っている?
あれは支配欲の片鱗だった。  



元夫の母との挨拶は、外の喫茶店。
父親は数年前に他界している。

狭いから、家には来られたくないという。
ここで初めて、彼の家が公団の賃貸だと聞かされた。

「でも、4LDKやし、家賃10万やねん。
アズちゃんの実家と変わらんやろ?」

以前「分譲マンション」と言っていた話は、
なかったことになっていた。
忘れた?




義母になる人は、息子の結婚には興味がないようで、口も金も出さないと言った。ただ一言、

「テレビだけ買い替えてちょうだい」 

そんな話、今ここでするんや…

……私はそれも、「まあそういう人なんやな」と流した。

「こんな子でほんまにいいの?まあよろしくね。赤ちゃん早くね」

私は驚いた。
でも笑顔で、「はい」と答えてしまった。

「ほんまにいいの?」は、決して謙遜ではなく 
本心やったんやな…と今ではわかる。



まず、元夫が着手したのは新居探し。
沿線、間取り、家賃。
駐車場代が高いから、車は置いてきてと言われた。

——車はさておき、順番としては、婚約指輪や、顔合わせの日程じゃないの?

気持ちを伝えると「そうやな」と元夫は言った。
それだけだった。

私の両親が「新居探しが先でもええよ」
と言った(らしい)のをいいことに、
両家顔合わせは、どんどん先延ばしになった。



そうやな。
そうやな。
そうやな。


“聞いているフリ”だけは、得意だった。



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