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#3 “大好き”と言われても、なぜか心が寒かった

モラハラ💥
経済DV
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風俗
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一口馬主
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借金
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10年の婚姻生活を経て、2020年、脱走完了。


あのときは、大切にされてると思っていた。
けれど今ならわかる。
あの人は、“自分のペースを崩さずに好かれる”のが上手な人だった。

付き合い始めて、ほどなくしてクリスマスがやってきた。
元夫は申し訳なさそうにこう言った。

「前から一人旅の予定を入れてて……クリスマスも年末年始も、会われへんねん」

私は気にしていなかった。
旅好きだということも知っていたし、全部を共有できるとも思っていなかった。

「イタリアとスペインを巡るねん」と、元夫は言った。

——後になってわかったことだが、

これは現地の鉄道をひたすら乗り倒す、いわゆる“乗り鉄旅”だった。


旅の間、彼からは毎日メールが届いた。

「この景色を見せたい」
「次は絶対に一緒に行こうね、大好きだよ」
「クリスマス1人にしてごめんね」
「お土産、期待しててよ」


写真つきのクリスマスカードも届いた。
年賀状も、現地からエアメールで送られてきた。

私は、それを“誠意”だと思っていた。
言葉の量=気持ちの深さ、だと信じていた。

私はクリスマスプレゼントを用意していた。
会えないことがわかっていても、“1月に会えたときに渡そう”と思っていた。



1月半ば、ようやく再会した。

私は、マフラーを手渡した。
決して高価なものではなかったけれど、旅先の寒さを思い浮かべながら選んだ一枚だった。

「ありがとう」
元夫はそう言った。

そして、私に手渡された“お土産”は——

小さなマグネットが1つと、缶入りのクッキーだった。

私は一瞬だけ、言葉を失った。
——期待しすぎていたのかもしれない。

でも、あれだけ“大好き”と言ってくれた人が、
これだけ? と、思ってしまったのも事実だった。



大好きだよ、って言葉も、
写真付きのメールも、
「次は一緒に」って約束も、

“行動”が伴わないと、ただの演出になる。


私は、ちゃんと演出に騙されていた。
でもあの頃は、気づかなかった。
——「大事にされてる」って思っていた。
心の片隅に、小さなモヤモヤを抱えながら。

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