売れる市場は、もうレッドオーシャンである
「ブルーオーシャンを狙え」
ビジネスではよく言われる。
競争の激しい市場を避けて、まだ競合のいない市場へ行こう。
言っていることはわかる。
でも、ずっと引っかかっていることがある。
需要があって、売れることまでわかっている市場って、本当にブルーオーシャンなのだろうか。
売れる市場には、なぜ競合がいるのか
考えてみれば単純だ。
ある市場で商品が売れている。
客がお金を払っている。
市場規模もわかる。
成功事例もある。
ランキングもある。
検索需要もある。
つまり、
そこに価値があることが、すでに観測されている。
だったら当然、他の人も来る。
個人も来る。
企業も来る。
資本を持った大企業も来る。
そして、
「競合が多すぎる」
「広告費が高い」
「マーケティングが大変」
「個人では大企業の資本力に勝てない」
という話になる。
でも、それはある意味当然なのではないか。
売れるとわかっている場所を選んだから、みんなそこにいる。
人は「需要がある」と確認してから動きたがる
新しく何かを始めるとき、よく聞かれる。
「市場規模は?」
「需要は?」
「競合は?」
「類似サービスは?」
「誰がお金を払うの?」
「本当に売れるの?」
どれも商売としては正しい質問だ。
しかし、これらに明確な答えを出そうとすると、必然的に既存市場を見ることになる。
すでに誰かが売っている。
すでに誰かが買っている。
すでに成功者がいる。
だから需要を証明できる。
つまり、
需要の存在を確認してから参入しようとすると、構造的にレッドオーシャンへ向かう。
本当のブルーオーシャンには需要がない
少なくとも、まだ需要が「見えていない」。
誰も売っていない。
市場規模もわからない。
検索数もない。
成功事例もない。
場合によっては、その商品を説明するカテゴリ名すらない。
だから周囲から見れば、
「それ誰が買うの?」
「そんなもの必要?」
「何に使うの?」
「それ仕事になるの?」
となる。
これこそ、競合がいない理由ではないだろうか。
価値が見出されていないから、誰も来ない。
競合がいないのに、
需要だけは十分に存在して、
売上予測もできて、
成功事例もあって、
市場規模まで確認できる。
そんな都合のいい場所が見えているなら、他の人にも見えている。
そして見えた瞬間から、人は集まり始める。
ブルーオーシャンは「安全な市場」ではない
そう考えると、レッドオーシャンとブルーオーシャンの違いはこうなる。
レッドオーシャン
価値が認識されている。
需要が観測されている。
売れることがわかっている。
だから競合がいる。
ブルーオーシャン
価値がまだ認識されていない。
需要が観測できない。
売れるかどうかわからない。
だから競合がいない。
つまりブルーオーシャンへ行くというのは、
競争リスクを需要リスクへ交換すること
なのかもしれない。
競争相手はいない。
でも客もいないかもしれない。
なぜ人はレッドオーシャンでしか仕事を探せないのか
これは仕事探しでも同じだ。
「将来性のある業界」
「需要の高い職種」
「市場価値の高いスキル」
「これから伸びる仕事」
こうした情報を調べる。
でも、それらはすべて、
すでに社会から需要として認識された仕事
だ。
需要があるから求人になる。
求人になるから職種名がつく。
職種名があるから必要なスキルが定義される。
そして人が集まる。
だから競争になる。
逆に、まだ誰も価値を認識していない活動には求人票がない。
資格もない。
職種名すらない。
だから、それはまだ「仕事」に見えない。
人は仕事がない場所へ行かない。
正確には、
仕事として認識されていない場所へ行かない。
売れることを目的にすると、既存需要へ引っ張られる
個人開発でも同じことが起きる。
「売れるゲームを作りたい」
「月数万円稼ぎたい」
「収益化できるアプリを作りたい」
そう考える。
すると当然、市場調査をする。
売れているジャンルを見る。
ランキングを見る。
成功した個人開発者を見る。
需要のあるキーワードを見る。
競合製品を見る。
そして、
売れると確認された市場へ入る。
そこには当然、大企業も競合もいる。
すると今度は、
「個人は資本力で勝てない」
「マーケティングが重要だ」
「差別化しなければならない」
となる。
でも最初から、競争が成立している場所を選んでいる。
「売れるものを作る」と「作ったものを売る」は違う
この二つは似ているようで、かなり違う。
売れるものを作る
需要を探す。
市場を調べる。
客を定義する。
ニーズに合わせる。
売れる確率を上げる。
これは既存需要から逆算する方法だ。
作ったものを売る
「これ面白くない?」
から始める。
まず作る。
出してみる。
誰が反応するのかを見る。
そこから初めて需要を発見する。
こちらは、需要そのものが存在するかどうかわからない。
当然、誰にも売れない可能性もある。
でも、まだ誰にも見つかっていない市場へ行くなら、本来はこちらのリスクを取らなければならない。
売れないことは、必ずしもプロダクトの失敗ではない
「オーガニックで月数万円も売れないなら、マーケティング以前にプロダクトに問題がある」
という話も見かける。
でも、それは最初から、
月数万円売ること
をプロダクトの目的に置いている。
月数万円売ることが目的なら、売れない原因を分析する必要はある。
商品なのか。
価格なのか。
認知なのか。
販売場所なのか。
説明なのか。
そもそも需要がないのか。
ただし、
売れない = プロダクトに価値がない
ではない。
ましてや、
売れた = 良いプロダクト
でもない。
売上とは、ある目的に対する一つの結果にすぎない。
生活がかかるほど、ブルーオーシャンには行けない
とはいえ、「売れること」が正義になる理由もわかる。
生活がかかっているからだ。
売れなければ飯が食えない。
家賃を払えない。
次を作れない。
だから売れる確率を高めたい。
すると需要が確認された市場を選ぶ。
そして競争へ入っていく。
皮肉なことに、
売上を必要とする人ほど、需要のわからない場所へ行けない。
逆に、
「別にこれで今月食わなくてもいい」
という人ほど、
「需要? 知らん。面白そうだから作る」
ができる。
そして、そういう人のほうが誰もいない場所へ行ける。
ブルーオーシャンは見つけるものなのか
もしかすると「ブルーオーシャンを探す」という言葉自体が少し違うのかもしれない。
市場調査をして、
「競合が少なくて、需要が大きくて、利益率が高くて、今後成長する市場を発見しました」
となった時点で、それはすでに多くの人から見える。
本当のブルーオーシャンは、
価値があるのかどうかすら、まだわからない場所
なのではないか。
そこへ誰かが入る。
何かを作る。
少数の人が価値を感じる。
売れる。
数字になる。
他人にも需要が見える。
競合が入ってくる。
そしてレッドオーシャンになる。
ならばブルーオーシャンとは、ずっと居座れる楽園ではない。
価値が発見されるまでの一時的な状態
なのかもしれない。
売れる市場は、もうレッドオーシャンである
売れることがわかっている。
だから人が来る。
人が来るから競争になる。
競争になるからマーケティングが必要になる。
そして、
「競争のない市場へ行こう」
と言いながら、
「需要があることを確認してから行こう」
とする。
でも、この二つはかなり矛盾している。
競争のない場所へ行きたいなら、
売れる保証のない場所へ行くしかない。
そこに価値があるかもしれない。
何もないかもしれない。
誰にも必要とされないかもしれない。
だから誰もいない。
ブルーオーシャンとは、
価値のある市場を安全に発見することではなく、まだ価値が見出されていない場所で、価値が生まれるか試すことなのかもしれない。
そして価値が見つかった瞬間、
その海は少しずつ赤くなっていく。
