売りたいと創りたいは、似ているようで逆を向いている
「売りたい」と「創りたい」は両立する。
そう言われることは多い。
確かに、創った作品が売れることはある。
しかし、それは「売りたい」が創作を生んだわけではない。
出発点が違う
創りたい人は、まずこう考える。
「こういうゲームを創りたい。」
そこから、
どのジャンルなら伝わるだろう。
どう遊びやすくしよう。
どう届けよう。
と考えていく。
つまり、市場は手段になる。
一方、売りたい人はこう考える。
「今売れているジャンルは?」
そこから、
どんな題材がいい?
どんなシステムが受ける?
どんなキャラクターなら売れる?
と市場から逆算する。
最後に、
「ここだけは自分らしさを入れよう。」
となる。
つまり、自分らしさは付け足すものになってしまう。
同じ作品でも、中身は真逆
完成したゲームが似ていても、
創りたい → ジャンルを選ぶ
売りたい → ジャンルに合わせる
では設計思想がまったく違う。
前者は
作品が主体で、市場は従。
後者は
市場が主体で、作品が従。
違うのは完成形ではない。
意思決定の順番なのである。
売りたいを追いかけるほど、創りたいは減る
「売りたい」が基準になると、
これはニッチだから削ろう。
これは受けないから変えよう。
このシステムは難しいからやめよう。
そんな判断を繰り返す。
そのたびに、
「本当は入れたかったもの」
が少しずつ削られていく。
100あった創りたいは、
80になり、
60になり、
40になり……
最後には、
「何が創りたかったんだっけ?」
となる。
売れることと売りたいことは違う
ここで誤解されやすい。
創りたいものが売れることはある。
それは、
創りたいものが、結果として売れた。
というだけである。
これは「売りたい」が先ではない。
順番が逆なのだ。
売りたいは創作ではなく商品設計になる
もちろん、市場分析も立派な仕事である。
しかし、その中心にあるのは
「何を表現したいか」
ではなく、
「何が売れるか」
である。
つまり、
創作が目的ではなく、
創作は販売のための手段になる。
だから、
「売りたい」
だけを追いかけるほど、
創作は商品設計へ近づいていく。
創作とは何か
創作とは、
市場に合わせることではない。
自分の中にある世界を形にすることだ。
市場を知ることは悪くない。
届ける工夫も必要だ。
しかし、それらはあくまで創りたいものを届けるための手段である。
手段が目的になった瞬間、
創作は少しずつ姿を変えていく。
だから私は思う。
売れる作品はある。
しかし、
売りたいから生まれた作品と、創りたいから生まれた作品では、同じ完成形に見えても、根底に流れる思想はまったく違う。
