本の虫12ヶ月 11月
ただの本の虫
🐛

会津人柴五郎の遺書」
*
会津関係の手記のいろいろが
つながってくるなあ。
山川健次郎と井深梶之助のふたりは、
斗南まで行かなかったから、
ここまで悲惨な目はみていない。
でも東京での書生ぐらしとかは、
共通している。このひとたちは、
会津のなかでも成功したひとたちで
そのほかにいくらでも、
辛い暮らしから抜けられなかった
ひとがいることは忘れられない。
しかしこの三少年の手記を読むと、
その精神の強さにおどろく。

山川菊栄
*
再読。
菊栄さんはかっこいい。
背筋がすっとしていて、流されない。
大杉栄に、おたくの恋愛沙汰に
巻き込まないでくれ、
というところなんか良かった。
水戸の国学者の家のひとだから、
武士の娘らしいけじめがついていて、
あの戦前の社会主義者の破廉恥恋模様から
すっと一本引いている。
でも困っている伊藤野枝と大杉栄と
付き合ったり、面倒をみたりはする。
ちゃんと芯がぶれないんだな。
*
それにしても母君千世さんの同級生が、
華厳の滝の藤村操の母だとか、
木下尚江の演説を聴きに行っただの、
いろいろおもしろいなあ。
それであの木下ってひとはなんだったの。
けっきょく二流の思想家で終わったの。
安曇野よりもすぱっすぱっとしているのは、
菊栄さんの芯がぶれないから。

角田光代訳
*
ついに!
むかし寂聴訳で挫折したのを再挑戦!
角田訳、良き。
モダニズム小説みたい。
明石くらいまではもう前回読んでた。

角田光代訳
*
紫式部って、
中世の文学界に舞い降りた宇宙人なの?
どうしてとつぜんこんな複雑で完成された
小説が誕生しちゃったの?
源氏物語を読むにあたって、
菅原孝標女があれだけ夢中になって
読んでたのを心に浮かべながら読む。
娯楽のない時代だったとしても。
更級日記の彼女と一緒になった気分で、
一巻につき二日のスピードで読み進めた。
*
途中で光源氏が地獄で苦しむシーンは
出て来ないのかと期待した。
あのね、地獄で苦しむべきは、
六条の御息所じゃなくて、
光る君でしょ。
玉鬘に言い寄ってたとこあたりで、
ぞわぞわ気持ち悪かった。
本気で光る君みたいなひとに
出会いたかったの、菅原孝標女さん。
平凡な受領の妻になるほうがいいよ。
けれど平安時代の身分感覚がだいぶ
わかってきておもしろい。

井伏鱒二
*
よみきかせホームスクーリング。
息子は漂流記や航海記好きなので読んだ。
候文のぶぶんでは、寝てた。
抱き合わせで、山椒魚がついてくる。
生物好きなので、食いつきがよかった。

大塚ひかり
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下世話な副読本。
それにしても源氏物語は受領をばかにしすぎだ。
受領のなにがわるいっていうんだ。
転んだ場所の土をもつかむところか?
信濃守さん。
「わが心なぐさめかねつ更科の
姨捨山に照る月を見て」

サン=テグジュペリコレクション
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「好きなドイツの詩人がいるんですの」
「わかりますよ、リルケですね。
彼は内面の道を行きました」
アン・モロウ・リンドバーグとサン・テグジュペリの邂逅。わたしはどうしても、片山廣子と芥川竜之介に重ねてしまう。かれらの関係を疑うのは、なんて下世話なのでしょう。おなじたましいの二人が出会ったのに。
「才知において格闘できる唯一の女に出会った」……
そうね、片山さんたちには、すこしなにかあったかしらないけど、でもそれもすべて「クレーヴの奥方」的であったようなきがしている。あのような知性のあるひとは、そのようなことを相手には為さない、とおもう。
*
おなじことばを語るひとをみいだしたときの興奮!
内面のみちを行くなかま。
「わたしたちは、おともだちになるわけにはいかないのでしょうか。あなたは女と話していて退屈しなかったことはない、とおっしゃっていました」
片山さんの心を、なぜかサンテックスをよみながら、
推し測っていた、そんなよくわからない読書。

角田光代訳
*
よみおわった!
もうわたしの年表の、三十歳の欄には、
「源氏物語の現代語訳を通読した」
とだけ書いてもらえばよろしい。

ラディゲ
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クレーヴの奥方からの、堀辰雄からの推薦図書。
人物のうらに、先祖たちがあやなされている。
心理小説おもしろい
いつになくとっても丁寧によんでいる。
よみおわった。近代小説では、ヒロインを、
修道院送りにするわけにはいかないのだろう。
クレーヴの奥方式の始末のつけかた。
マルチニーク島にでも帰るか。

モーゼと呼ばれた黒人女性
上杉忍
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おもしろかった。
アメリカで知らぬひとはないという彼女、
ぞんじあげませんでした。
奴隷性の過酷さは、重労働よりも
家族の分断である、ということば。
藤本和子さんの聞き書きをおもいだしながら。

秦郁彦
*
ドクトルマンボウのせいで、
旧制高校萌えするようになってしまって。
祖父が高知高校に行ったのだけれど、
「母親に一高に行けと命じられたから
高知に逃げてやった」というふうなことを
いっていた背景を理解するようになった。
おじいちゃん、高知高校たのしかったみたい。
モラトリアムが、一般教養をつむ時間が、
三年与えられていたあの制度、
すてきだなあ、とおもうけど。
旧制高校記念館で、松高生がよんでた
本を積み上げてあった。
岩波文庫を、一メートルくらい。
すてきだなあ、とおもうけど。
ええ、松高生のあの奇行もすきです。
縄手通りで棺桶かついで、
きえええっと叫んでたやつとか。

近藤富枝
*
横浜のブックオフでみつけた、
著者のサイン入り本……
でもよみこまれてる。
相続かなにかで放出されたのか?
片山廣子さんがでてくるから。
立原道造のヒヤシンスハウス、
あれ、偶然みたことがある。
別所沼公園、むかしそう遠くないとこ
に住んでたから、ふらっと行ったら、
なにかあって、夫といっしょにみた。
すてきな小屋。でも立原道造をしらなかった。
著者が、ヒヤシンスハウスをうちの庭に
建てたいな、とか書いてた、
けっきょくさいたま市がやったのね。

米本浩二
*
古本屋で買ったら、レシートがはさまってた。
鎌倉駅の西口の、とっても硬派な本屋さんの。
そういう残り香、好き。本をとおして、
であわないひとたちの気配を感じること。
石牟礼さんのこの評伝について書きだすと、
ながくなって面倒だからかかない。

デフォー
*
よみきかせホームスクーリング(5歳)
「アワレナ、ロビンソン・クルーソー!
ドコニイルノカ?
ドコカラキタノカ!?」
オウムのポルの物真似が、
母子のあいだで流行ったのでした。
食人族たちの宴の描写が
えげつない。こわわわ。
しかし貨幣経済だの資本主義社会だの、
すべてから抜け出してしまって
生活しているロビンソン、おもしろい。
森の生活とか、ちょっとおもいだす。
ソローは社会から隔絶されてないし、
お金使ってたけどね。

北杜夫
*
なんの罪があって、中二病の少年の日記なんか
読まないといけんのか(八十年まえの)。
でも、ただ「電車通りから電車にのって」とか
「中町を歩いて松本城に」とか「ひさしぶりに
浅間温泉にはいったら垢が糸みたいに落ちた」
とかいう松本の描写を拾うためだけに読んだ。
ついでにさいごのやつは、読みながら悲鳴をあげた。
それと、日記にはあのオモシロ試験回答や、
学校祭の奇行とかは載ってない。
かれがオモシロイのは外に向かったときなのか。

須賀敦子の本棚
*
須賀さんのエッセイを、小説だといってるひとがいて、
たしかに、とおもった。石牟礼さんの苦海浄土が、
ノンフィクションではないように、須賀さんのも、
あれは小説だよなあ。じぶんの人生のなかから、
じゅうぶんな素材が見つかったというだけで。
さいごのほうのカトリックの司祭のは飛ばした。

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きょねん、チア・にっぽん(クリスチャンの
ホームスクーリング支援団体)で、ギフテッドについての
講義を受けた。突出しているところと、欠けているところがあることとか。じぶんの子ども時代そのままで、
聞きながら泣いてしまった。いま、わたしにそっくりな
おちびをホームスクーリングで
育てることができているのは、ほんとうに祝福だ。

堀辰雄
福永武彦
中村真一郎
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堀辰雄のかげろう日記を読むために
借りてきたつもりが、福永武彦すごかった。
廃市という短編、退嬰的なふるい運河の街の、
旧家のひとたちの小説、これ、すごく良くて、
二度読み返した。池澤夏樹のお父さんだもんね、
とおもってたけど、これは全集にいれてくれて
ありがとう。こないだ信濃追分文学譜で、
堀辰雄門下のかれらについて読んでおいたのも
よかった。中村真一郎もすごかった、なんて複雑な構成
の小説だ。ごめん、漢文読めないから
読み飛ばしたけど。

渡辺京二
*
いつかnoteで、渡辺京二という思想家についての良い記事をよんで、頭に残っていた。そしたら彼は、石牟礼道子さんについて読んでいたら、石牟礼さんの秘書か家政婦のようなふしぎなおじさんとして、登場してきたので、かれの本を読んでみたくなった。エミリー・ディキンソンの「わたしは誰でもないひと」みたいなこのタイトル、気に入って買ってきた。思想家、みたいなひとはすこし敬遠していたけれど、けっこうじぶんの考えていたことに近かった。もういちど読み返してみようとおもう。
