境界線を取り戻していく記録②|私の境界線を試す人たち
少し前を振り返って、私が出会った、私の境界線を試す人たち。
今回は、具体的なエピソードを書きます。
(少し長文です)
この人たちと関わる中で私は、
境界線を少しずつ取り戻していくことができました。
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・プライドが高いモラハラ気質の上司
別居してすぐ、一緒に仕事をした上司は、やたら俺様でプライドの高い人でした。
自分の想像で決めつけて酷く怒ったり、
人格を否定するような事を言ってきたり、突き放すような言葉で脅してきたり。
そうかと思えばやたら持ち上げて褒めてきたり。
私の言葉尻に引っかかって根に持ったり。
人を心底信用していないし不誠実なくせに、他者には誠実を求める人でした。
私はあるプロジェクトが終わって距離を取ることができたけれど、
チームを離れようとしたとき、
「そんなあっさり割り切れる人なんだね。」
「君は俗だね。この神聖な世界に付いてこられない人なんだ。」
「今俺が口に出した言葉を受け止めずに、その奥にある気持ちを聞こうとするなんて。現実を見られない人なんだね。かわいそうな人。」
と言われました。
またある時、私は「チームで支え合い、皆でお互いを引き上げられる関係になりたい」と言ったら、
「どうしてそんな言葉使いするの?引き上げるとか、なんで上から目線?上司に向かって。なに様なの?」と、言われてしまった。。。
(上司的には”高め合える”という言葉が最適だったみたいです。)
(この話しはあとから何度か話題に上がりました。私はその状況に対して、「彼はこの言葉を出されたことを根に持っているんだな」と感じていたけれど、上司はそうでは無かったそうです。「根に持つ」という言葉を使う私は、そういう生き方しかできない人でかわいそうなんだと心配してくれていたそうです。きっとここに書いている私もかわいそうなんです。笑)
今考えれば、モラハラやパワハラともとれる上司。
この上司と一緒にいて居心地がいいわけではありません。
でも、なぜか距離が縮まって、深く関わっている。
せっかく夫と離れたのに、なぜまたこのようなタイプの人と関わってしまうのか。。。
「断り切れない私は、やっぱりダメだなぁ」なんて、
落ち込んだ瞬間もありました。
でも当時は仕事を変えることもできず、
言われるまま過ごしていましたが、強い違和感は抱えていました。
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・他者との境界線が引けない同僚
同時に、一緒に仕事をしていた同僚は、今思えば、境界線のわからない人でした。
私の家から出したゴミ袋を勝手に解いて中身を詰め直されたことがあり、それがとても嫌でした。
借りたものをまともに返せない、親に対してずっと反抗期のような態度、二枚舌が上手。
”自分”が無い人で、上司の機嫌をとって言いなりになったり、君はクビだと言われても必死ですがる。
「私は上司の1番の理解者。私は上司を見捨てない。」と思っていて、何を言われても付いて行く人でした。
上司も、どれだけ酷い事を言っても付いてきてくれるのが嬉しいから、またご機嫌直して仲良くイチャイチャ仕事する。
昨日まであんなに罵倒していたのに、なんで今日はお互いの一番の理解者みたいな顔して仲良くしているんだろう。私は何を見せられているんだ、、、
と本当に不快でした。
また同僚は、
私が上司がいないところで言っていたことを、全部報告する人でした。
上手に二枚舌を使って、自分の居場所を作っていました。
今思えば同僚は、
私の世界に土足で入ってくるような、強い違和感がありました。
でもその時の私は、まだそれを言葉にできなかった。
あの関わりを通して、私は少しずつ
人と人との「境界線」というものを意識し始めたのだと思います。
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私はこの二人と仕事をしながら、強い違和感と不快感を感じていました。
でも、私にもプライドがあるから、
マウントを取られると負けず嫌いの私が強がって。。。
早く離れたらよかったのに、私はそんなんじゃない、とムキになってしまったところがありました。
当時の私はモヤモヤのまま距離をとったけれど、
「その場に残れなかった=負けた」
という古い価値観で自分を見ている部分もありました。
でも今なら分かります。
あれは逃げではなく、境界線を引く行為でした。
あのままその場所に居続けたら、今頃心と身体が壊れていたと思います。
あの時自分からその場を離れることができたことは、とても良い選択でした。
(やはり実際に無理をしていたのか、離れてから1ヶ月間喉の痛みに襲われました。毎日別の場所が痛み、たまたま受けた健康診断の肝臓の数値も異常値でした。言いたいことが言えないということや、自分の価値観が納得できないまま揺らぐことは、とてつもないストレスだったんだと思います。)
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・「俺と会う時はミニスカートを履いて」って言うオラオラ系の男子
その二人と離れることを決断したころ、オラオラ系のナンパ男子(外国人)と出会いました。
話をしてみると、とても優しい気持ちを持っている人で、
ランゲージエクスチェンジをしませんか、というのが彼の目的でした。
私は仕事の気分転換に何度かお茶をして、
お互い英語と日本語のレッスンをする時間を作りました。
何度かレッスンをするうちに、
”次に俺と会う時はミニスカートを履いて来てほしい”
”友達と電話する時に君を見せたいから濃い化粧をして欲しい”
”赤いリップを塗ってみて欲しい”
”嫌ならいいんだけどさ”とは言いつつ、、、。
あれ?レッスンは楽しいし、基本的には優しいけど、これって、、、、
私の事をあなた好みにしようとしている?
そのままの私を見てくれていない感覚。
そしてこの時、期待に応えることができるか、一瞬考えてしまう私がいたんです。(もう癖になっている)
そこではっとしました。
これに応えるのは"優しい"、"いい人"とは、また別の話しだ。
もし応えたら、それは”私”じゃなくなる。
私は、あなたの過度な要求には応えられないよとランゲージエクスチェンジもお断りし、
その男子とも距離を取ることにしました。
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・私の気持ちを自分の想いで上書きするママ友
それから3か月後、生活が落ち着いてきた頃です。
私の古傷が久しぶりにずきんとしたのは、ママ友とのやり取り。
来年度のPTA役員決めの時、私は今立候補している他の方の名前を聞きました。
「あ!あのお母さんと一緒だったらやりたい!」と思い、思い切って立候補しました。今ならパートで働いている分時間の融通も利くから、やるなら今だと思いました。
でも調整役のママ友に、
「あなたはまだ引越してきたばかりだから、もう少し慣れてからの方が良いよ。来年はとても忙しい年だから。行事の事分からないでしょ?それに、あのお母さんと一緒にするのはお勧めしない。自分勝手な人だから、あなたに傷ついてほしくないの。あのお母さんからしつこく勧誘されているなら私が断ってあげる。私は他のお父さんの方が適任だと思ってるから、あなたが無理してすることではないよ。あなたが、もう少し学校に慣れてからにしますって言ってたって、みんなに伝えておくね!」と言われてしまいました。
あれ、私が立候補したいと伝えた気持ちはどこへ行ったの?
これ、離婚したいって言った時、誰にも受け止められなかったのと似てる…………
だから、
「待って!私が、あのお母さんと一緒にやりたいって思ったんだよ?今なら時間の融通も利くし、だから立候補したいって思ったんだよ」って、念押しで伝えた。
あの時、私の気持ちは誰にも受け止めてもらえずに消えかけた。
でも今回は違った。
私は、私の気持ちを消さなかった。
私の中のセンサーが、うまく働いた感覚でした。
もう自分の気持ちを消さない選択ができるようになった自分に、ちょっと感動しました。
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少しずつ、あの時のモヤモヤが言葉にできはじめています。
濃い、私の境界線を試す人たち。笑
この関わりを経て学んだ事のまとめを、次に書いていきます。
