マイケル・ジャクソンが教えてくれた、仕事で最も重要なマインドセット
映画『マイケル』が日本でも公開される。
マイケル・ジャクソンの半生を描いたこの作品を、私は楽しみにしている。単なるファンとして、ではない。彼の音楽が、私の仕事観を根底から変えた一曲があるからだ。
ビデオがすり切れるまで見た
マイケルが最初に来日したのは1987年のことだ。私はまだ2歳だった。
そのコンサートは日本テレビで放映された。私はそのビデオをすり切れるまで何十回、何百回と繰り返し見た。2歳の子どもが、である。セットリストを全部覚えた。動きを覚えた。画面の中のマイケルが、私の中に完全に刷り込まれた。
翌1988年、私は実際のコンサートへ行った。3歳だった。
しかし、セットリストが変わっていた。ビデオで何百回も見た曲順とは違う。私の頭の中のマイケルと、目の前のマイケルがずれていた。おそらく、混乱したのだと思う。「記憶が鮮明でない」理由は、たぶんそこにある——実際の体験よりも、ビデオの映像の方が深く刷り込まれていたのだ。
それでも、圧倒的な何かを浴びた感覚だけは今も体に残っている。
1992年、今度はDangerous Tourに行った。小学生だった。BADツアーからさらに進化し、完成度を極めた——神化されたマイケルの姿がそこにあった。あのパフォーマンスは、今も私の中で特別な場所を占めている。それ以来、私はずっとマイケルの大ファンだ。
「Man in the Mirror」の意味を、社会人になって初めて理解した
マイケルの代表曲に「Man in the Mirror」がある。
タイトルを直訳すれば「鏡の中の男」。歌詞の意味はこうだ。
もしこの世界をより良くしたいなら、まず鏡の中の自分を見つめろ。自分自身を変えることから始めるんだ。
子どものころ、この曲が好きだった。メロディが好きだった。でも歌詞の本当の意味は、社会人になってから初めてわかった気がする。
仕事が辛かった時期がある。理不尽な要求を受けることがあった。「これは無理だ」と思うことがあった。そのとき、私が気づいたのはシンプルな事実だった。
相手を変えることはできない。でも、自分を変えることはできる。
自責と、他責
仕事がうまくいかないとき、人はどちらかを選ぶ。
「あいつが悪い」「環境が悪い」「タイミングが悪い」——他責の方向へ向かうか。
「自分に何ができるか」「自分はどう変わるべきか」「自分の行動を変えたら何が変わるか」——自責の方向へ向かうか。
後者の方が苦しい。自分を変えることは、相手を責めることより何倍もエネルギーがいる。でも、確実に前に進める唯一の方向だ。
新規事業を立ち上げると、壁に当たり続ける。市場が動かない。社内の理解が得られない。お客さんに断られる。そのたびに「なぜうまくいかないのか」を自分に問い続けた。相手や環境のせいにした瞬間、思考が止まる。自分の言葉が足りなかったのか、アプローチが間違っていたのか、タイミングが悪かったのか——自分に向けて問い続けるから、次の一手が生まれる。
マイケルが自分に向けた「鏡」
「Man in the Mirror」はコンサートで必ずラストに演奏される曲だ。
マイケルが意図的にそうしていたのだと思う。最後の最後に、観客全員に向けてこのメッセージを残す——「世界を変えたいなら、まず自分を変えろ」と。
マイケル・ジャクソンは、外から見ると「すべてを持っている人」に映る。天才的な才能、世界的な名声、圧倒的なパフォーマンス。でも彼は人知れず苦労し、自己変革を繰り返しながらあの高みに達した人間だ。この曲は、そんな彼自身の歴史を刻んだ曲なのかもしれない。彼が鏡の前に立ち、自分自身に語りかけながら書いた曲として。
私はマイケルのレベルには遠く及ばない。でも、鏡に映る自分を見つめ、自分を変え続けるという姿勢には、深く共鳴する。
そしてもう一つ、この曲が教えてくれる大切なことがある。
他人と比較しない。
鏡の前に立つのは、隣の誰かと自分を比べるためではない。あくまで自分自身を見るためだ。
そもそも偏差値社会とは、他人との比較を仕組み化したシステムだ。母集団の中でどこにいるか。クラスで何番か。社内で誰より早く出世できるか。そういう相対評価のゲームが、長らく「頑張ること」の定義だった。
しかし本当に重要なのは、自分のものさしで自分を測ることだ。自分は今、本気でやっているか。目標に向かって進んでいるか。昨日の自分より少しでも変わっているか——この問いだけが本質だ。
そしてグローバルな視点で見ると、この話はさらに明白になる。海外のエンジニアたちは凄まじい速度で動いている。アジアの人材も圧倒的だ。そんな時代に、小さな島国の会社の中で誰かより先に昇進するために頑張る——その競争に本質的な意味はない。
サラリーマンの社内出世競争というゲームは、もう時代に合っていない。
鏡の前に立つとき、映るのは「会社内で何番目か」ではない。「自分は本当に変われているか」だけだ。自責のマインドは、他者との比較をやめたところから始まる。
鏡の前に立つ勇気
「逆学歴社会」が来ると私は書いた。能動的に動ける人間が生き残る時代だと。
でも能動性は、どこから生まれるのか。
私は、自責のマインドセットだと思っている。世界のせいにしない。他人のせいにしない。まず鏡の中の自分を見て、「自分はどう変わるか」を問う。その習慣が、行動を生み、行動が成果を生む。
映画が公開されたら、ぜひ観てほしい。そしてその後、「Man in the Mirror」をもう一度聴いてみてほしい。
鏡の中の自分に、何かを問いかけたくなるはずだ。
