「海外で働く」に憧れた女、ベビーシッターで洗礼を受ける。
海外で働くことにずっと憧れていた私は、オーストラリアで3ヶ月間、ベビーシッターとして働くことにした。
この3ヶ月間で私は、
「子育てって、こんなに大変なの?」
「私、子供育てるの向いてないかも……」
「英語、もっと話せるようになりたい!」
そして最終的には、
「子供に言い負かされた……犬、聞いてくれ……」
というところまで追い込まれた。
今思い返しても、なかなか濃い3ヶ月だった。
「オーストラリアで仕事も家もない!どうしよう」
インドから帰国してすぐ、私はオーストラリアのワーキングホリデーに申し込んだ。
初めてのオーストラリア。
当然、土地勘もない。
仕事の探し方も分からない。
住む場所も分からない。
しかもネットで調べれば調べるほど、
「オーストラリアは仕事がない」
「家が見つからない」
「家賃が高すぎる」
など、怖い情報ばかり出てくる。
「え、私これ大丈夫?」
そんなときに見つけたのが、デミペアというプログラムだった。
現地の家庭に住み込みで、ベビーシッターをする代わりに、滞在費や食費がかからない。
しかも休みの日はバイトもできる。
「え、最高じゃん。」
そう思った私は、ほぼ勢いで応募。
そして私は、オーストラリアへベビーシッターとして渡ることになった。
ホストマザーが美人すぎて英語が赤ちゃんレベルに
私がお世話になることになったホストファミリーは、メルボルンのビーチ沿いに住んでいた。
私は海とビーチが大好き。
「こんな最高の場所に住めるの!?」
と、かなりテンションが上がっていた。
そして、ホストファミリーの家の近くまで行くと、ホストマザーが迎えに来てくれた。
腕と足にはタトゥーがびっしり。
金髪。
ブルーアイ。
めちゃくちゃ美人‼️
外国人美女を目の前にした私は、緊張しすぎて……
普段なら出てくる英語が、出てこない。
「……。」
「……。」
私の日常会話レベルの英語力、
赤ちゃんレベルまで急降下👶🏻
「あれ?やばい。何も喋れない。」
そんな私を察してか、ホストマザーはたくさん質問してくれた。
緊張しすぎて何を話したのかほとんど覚えていない。
でも、ホストマザーが本当に優しかったことだけは覚えている。
そして、話しているうちにホストファミリーの家に到着した。
「この3ヶ月、最高じゃん!」
家に到着すると、犬が勢いよく私に飛びついてきた。
ジャックラッセル。
めちゃくちゃかわいい。
そしてリビングには、2人の子供が座っていた。
7歳の女の子と、6歳の男の子。
2人とも私を見ると、ちょっと恥ずかしそうに挨拶をして自己紹介してくれた。
その光景を見ながら私は、
「かわいい子供たちに、かわいい犬。しかも優しいホストマザー。海の近く。」
「これから3ヶ月、最高じゃん!!」
と心の中でガッツポーズをしていた。
……しかし。
仕事が始まった瞬間、
私の波瀾万丈ベビーシッターライフ in Australiaが開幕した。
子供は「純粋でかわいい」だけじゃなかった
それまで私は、子供に対して、
「かわいい」
「純粋」
というイメージしか持っていなかった。
しかし、実際に一緒に生活してみると……
もちろん、かわいい。
でも、
純粋だからこそ、思ったことをそのまま言う。
機嫌がいいと、
「一緒に遊ぼう!」
「あなたのこと好き!」
「かわいいね!」
なんて言ってくれる。
ところが、機嫌が悪くなると、
「あなた嫌い!」
「どっか行け!」
などと言ってくる。
子供たちに好かれたいと思っていた私は、普通に傷ついた。
「嫌い」って、結構刺さる。
今なら、
「子供なんて気分コロコロ変わるんだから、そんなに気にしなくていいよ」
と思える。
でも当時の私は、子供たちの言葉や態度に毎日一喜一憂していた。
リモコンを奪ったら、喧嘩勃発
さらに、ホストマザーから一つお願いされていた。
「子供たちにはあまりテレビを見せないで、外で一緒に遊んでほしい。」
「了解です!」
そのときの私は軽く考えていた。
「子供たちを外に連れて行けばいいんでしょ?」
……甘かった。
子供たちの機嫌が悪い日に、
「外行こう!」
と言っても、
「今テレビ見てるから嫌!」
「ゲームしたい!」
「行きたくない!」
と、全然動かない。
そんなときホストマザーから、
「テレビのリモコンを子供たちから取って、外に連れて行って。」
と言われていた。
私は言われた通り、リモコンを取った。
すると……
戦争勃発。
「リモコン返して!」
「ひどい!」
「なんで取るの!」
子供たちから猛攻撃を受ける私。
しかし当時の私は、子供たちに言い返せるほど英語が話せなかった。
「えっと……外に……行かなきゃ……」
拙い英語で必死に説明しながら、なんとか子供たちを着替えさせ、外へ連れ出す。
そして私は思った。
「悔しい。」
言いたいことがあるのに言えない。
子供に何を言われても、英語で言い返せない。
この経験が、私の英語学習のモチベーションになった。

子供とのバトルに勝つために英語を勉強する25歳
そこから私は、毎日使える英語フレーズを勉強した。
そして、
毎日の子供たちとのバトルで実践。
「今日はこのフレーズを使ってみよう。」
「これを言われたら、こう返そう。」
そんな感じで、毎日少しずつ英語を使っていった。
すると、1ヶ月を過ぎたあたりから……
かなり言い合えるようになった。
子供たちに言い負かされた日は、
悔しくて犬に泣きついていた。
「今日も負けた……。」
犬は何も言わず、私の隣にいてくれた。
今思えば、
25歳の大人が、小さな子供相手に言い合いで勝つために必死で英語を勉強している。
めちゃくちゃ大人気ない。
でも、あの3ヶ月で日常英会話がかなり鍛えられたのは、間違いなくこの子供たちのおかげだと思う。

6歳児の英語が、マジで聞き取れない
さらに、6歳の男の子の英語がとにかく聞き取りづらかった。
まだ舌が上手く回らないのか、何か一生懸命話しているのに、
何を言っているのか、さっぱり分からない。
「え?今なんて言った?」
と聞き返す。
すると彼も伝わらなくてイライラする。
そして物に当たる。
最初は、
「どうしよう……。」
と本気で悩んでいた。
でも、これも1ヶ月くらい経つと変わってきた。
彼の話し方のクセが分かるようになって、
「あ、今こう言ってるんだ。」
と、だんだん聞き取れるようになっていった。
人間って、おもしろい。
最初は分からなかったものが、毎日一緒にいると少しずつ分かるようになる。
そして最大の難関。「寝かしつけ」
子供との生活で、何よりも難しかったのが……
寝かしつけ。
これはもう、
ギブアップレベル。
ホストマザーが仕事で夜遅くなる日は、私が子供たちをベッドに連れて行って寝かしつけなければならなかった。
しかし、
寝ない。
全然寝ない。
最初の頃なんて、寝ないどころか泣き喚く。
「ママに会いたい!」
「ママに電話して!」
と泣き叫ぶ。
私は、
「え……どうすればいいの……?」
と、完全に途方に暮れていた。
そして、あたふたしているうちにホストマザーが帰ってきて、
ママが帰ってきた瞬間、寝る。
「…………。」
私は何だったんだ。
寝かしつけって、こんなに難しいものだったのか。
毎日子供たちのお世話が終わる頃には、疲れ果てて自分の部屋でぐったりしていた。
「子育てって、全然簡単じゃない。」
この3ヶ月で、私は痛感した。
子育てって、全然簡単じゃない。
むしろ、
「これ、どんな仕事より難しいんじゃない?」
と思うほどだった。
子供に酷いことを言われて部屋で泣いたこともあった。
どうすればいいのか分からなくて途方に暮れたこともあった。
怒りたくないのに、子供たちに怒ってしまったこともあった。
そして一時期は、
「私、こんなに大変なら結婚して子供を産むより、仕事して生きていった方がいいかも。」
と、本気で思った。
それくらい、私にとっては大変な3ヶ月だった。
それでも、どんどん愛おしくなっていった
でも、不思議なことに。
あんなに大変だったのに、
一緒に生活していくうちに、少しずつ子供たちのことが愛おしくなっていった。
子供たちは良くも悪くも純粋で、悪気があって私に何かしているわけじゃない。
そんなことも、だんだん分かるようになっていった。
そして気づけば、
酷いことを言われても、
何をされても、
この子たちの将来が幸せであってほしい
と思うようになっていた。
この子たちが笑っているとき。
楽しそうにしているとき。
幸せそうにしている姿を見るのが、私は好きだった。
「これからもずっと幸せでいてほしいな。」
そう思っている自分がいた。
これが母親の気持ちなのかは、私にはまだ分からない。
でも、
世の中のお父さん、お母さん、本当に尊敬します。
私には、まだ子育ては早かった
3ヶ月間ベビーシッターをして、私は一つのことを確信した。
少なくとも今の私には、結婚して子供を授かって子育てをするのは、まだ早い。
それくらい濃い3ヶ月だった。
でも、この経験で得たものはたくさんあった。
オーストラリアでの生活にも慣れた。
子供たちとの毎日のバトルのおかげで、日常英会話も上達した。
そして何より、
「私は子育てが向いていないかもしれない」
という、自分自身についての大きな発見もあった。
やってみなかったら、分からなかったことばかりだった。
だから今振り返ると、
大変だったけど、
やってよかった3ヶ月だったと思う。
そして、デミペアが3ヶ月で終わったら、私は日本へ帰国する予定だった。
「オーストラリア生活もこれで終わりか。」
そう思っていた。
……が。
人生、何が起こるか分からない。
ひょんなご縁から、私はその後、
ケアンズのバナナファームで働くことになる。🍌
まさか自分が、オーストラリアのバナナファームに行って、想定外なことばかり起こるなるなんて。
このときの私は、まだ知らなかった。
