【展覧会レポート】「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」 ~ 日本の現代美術のグローバル化が進展した20年間|個人的な記憶を含め ~
◆ 展覧会名:時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010
◆ 会 期:2025年9月3日~12月8日
◆ 会 場:国立新美術館
◆ 開館時間等:10:00-18:00、金土-20:00。原則火曜休館
1980年代が終わり2010年代が始まった間の約20年における、日本のアーティストのみならず、日本で生まれた美術表現を通史的に見る展覧会。
〈もの派〉全盛の1970年代、〈ニューペインティング〉が勃興した1980年代、その後の20年間で日本の現代美術が一挙にグローバル化した。言い換えれば、欧米からの影響を日本なりに消化した表現が現れだしたといえる。キーワード的に言えば、現代「美術」が現代「アート」となった時期ともいえる。
富井玲子的、ニコラ・ブリオー的に言えば、欧米の動向の一方的なエピゴーネンだった日本の現代美術が世界のアートフィールドとリアルタイムにシンクロ(国際的同時性)し、クレオールな作風が現れたといえよう。
個人的には、現代美術家を目指し美術学校に入り制作実践とその後書物で独学していた1970年代、その後ニューペインティングブーム(1980-※)以降、徐々に美術への興味が薄れ、リアルタイムに見ていない年代の作品が多数あったのだが、その空白が埋められる展覧会だった。(※;1981年横尾忠則の画家宣言、1982年日比野克彦が日本グラフィック展でブレイクあたりが始まり。)
ざっくり言うと、1970年代日本の現代美術は〈もの派〉の全盛時代で、理論的にはクレメント・グリーンバーグ流のフォーマリズムが席巻した、ミニマリズムで禁欲的な時代だった。それが、1970年代後半から欧米で新表現主義が勃興し、その影響で日本でも1980年頃から絵画、平面表現が見直されると※ともに具象的な表現が復活した。(※;平面表現が見直され始めたのは1970年代中頃から(1977年「絵画の豊かさ展」(峯村敏明キュレーション))で、一方でインスタレーションという言葉が人口に膾炙し始めたのもほぼ同時期と記憶している。)
本展は1980年代の末期1989年から始まっている。テーマごとに章分けされているが、本稿では筆者の個人的鑑賞体験も含めほぼ作品の年代順に記述した。
展示は、〈もの派〉全盛時代以前から現代美術作品を写真で記録していた安齊重男(1939-2020)のアーカイブによる1984年のヨゼフ・ボイス来日の写真や、クリスト(米国拠点。1935-2020)とジャンヌ=クロード(同。1935-2009)のドローイングなどから始まっている。なお、筆者はこの頃から現代美術への興味を失い、リアルタイムには作品を見ていない。
クリストとジャンヌ=クロードは作品を〈プロジェクト〉と呼んでおり、今日の〈アートプロジェクト〉という言葉はこれから発しているのではないかと思っている。

川俣正(1953-)は〈もの派〉の後を継ぐ世代だが、〈プロジェクト〉と称し、角材、板材など白木の木材を素材として使い設置場所(サイトスペシフィック)に介入するとともに、制作プロセスも見せる作品を作った、その始まりの作家だ。一方、素材と設置場所にこだわるあたりは〈もの派〉の残滓を感じる。

笠原恵美子(1963-)、イ・ブル(韓国。1964-)については、今まで見る機会があまりなかった。現在注目されているジェンダー、フェミニズム的な文脈を持つ作家で、芯の強さを感じる作品。

上:イ・ブル《無題(渇望 赤)》1988/2011、リウム美術館蔵
西山美なコ(1965-)は主に西日本で活躍してきたのか、名前は聞いていたが今まであまり見たことがなかった。


(日本で行われたパフォーマンス記録写真)作家蔵
1970年代では銀座、日本橋、神田に数件の貸画廊しかなかった現代美術業界に、80年代に入り〈画廊パレルゴン(1981~1988)〉や〈佐賀町エキジビットスペース(1983〜2000)〉などのオルタナティブスペースという展示空間が現れるとともに、その後、いわゆるギャラリストによるコマーシャルギャラリー(一番早い事例は1989年、白石コンテンポラリーアート設立)が増加した。一方、大阪・京都では、〈関西ニューウェーブ〉※といわれる世代が活躍し始めた。(※;1982年「フジヤマゲイシャ展」が始まり。)
椿昇(1953-)はその関西ニューウェーブのひとりだが、東京拠点の筆者にとっては、この代表作は今回初見だった。

柳幸典(1959-)と中原浩大(1961-)も関西ニューウェーブに括られる作家で、当時の代表作は本展が初見。

右:柳幸典《ザワールドフラッグアントファーム1991-アジア》1991、広島市現代美術館蔵

村上隆(1962-)は、2000年に〈スーパーフラット〉という概念で一世を風靡し現在も国際的に活躍中だが、それ以前は下図のような作品を作って活躍し始めていた。ワシントン条約で捕獲が規制されている動物の皮革を使っているところがこの作品のキモであり、この作家がその後も一筋縄ではいかぬ存在であることが早くも見て取れる。

現在東京藝大の教授でゆる~い傾向の東京ビエンナーレや千葉国際芸術祭の芸術監督を務める中村政人(1963-)は、1993年〈ザ・ギンブラート〉や1994年〈新宿少年アート〉といったイベントを主導したが、それ以前は下図のような韓国の床屋マークやマクドナルドのサインマークを模した作品を作っていた。なお、ゆる~い傾向としては、現在東京藝大の学長の日比野克彦と双璧といえよう。


会田誠(1965-)は、小沢剛、大岩オスカール、松陰浩之、曽根裕、パルコキノシタら偶然1965年生まれの作家と、〈昭和40年会〉というコレクティブを1994年に発足し活動していた時期があった。会田はしばしば物議を醸す取扱注意の作家でもあるが、チンポムやキュンチョメといった尖った後継者を多く育てている。

なお、前期は《美しい旗(戦争画RETURNS)》1995、東京国立近代美術館蔵が展示
ヤノベケンジ(1965-)は、前述の村上隆、中原浩大、中村政人、太郎千恵蔵、奈良美智らとともに、〈ネオ・ポップ〉といわれる括り方をされる作家。

ナウィン・ラワンチャイクン(タイ。1971-)《博多ドライヴ・イン》は、1998年の「ミュージアム・シティ・福岡」という今でいう地域芸術祭で行ったアートプロジェクト。市民と交流することで紡ぎ出されたアート作品。

ともに『関係性の美学』(ニコラ・ブリオー、1998)でブレイクした、ピエール・ユイグ(仏。1962-)とフィリップ・パレーノ(仏。1964-)が、1999年にアニメキャラクターを制作する日本の会社から4,600円で買い取ったキャラクターを18名のアーティストが使ったプロジェクトで、〈甲殻機動隊 Ghost in the Shell〉をもじった〈No Ghost Just aShell〉というプロジェクト名が付けられた。パレーノ作品中の「魂(ゴースト)はない ただの殻(シェル)」というセリフが印象的。

フィリップ・パレーノ《どこかで》2017、作家蔵
筆者も2000年代に入ると現代アートも含む美術展を巡る趣味を復活させ始めた。下図の高嶺格(1968-)の映像作品も、どこで見たのかは思い出せないが、ほぼリアルタイムに見た記憶があり、強烈な印象に残っている。「God Bless America」が、911直後に米国内で第二の国歌として頻繁に歌われていたということを踏まえると、この作品が含む意味は見る者の直観に深く刺さってくる。

小沢剛(1965-)については、《相談芸術カフェ》を1999年のワタリウム美術館で見たのが初見だったと記憶するが、その後の《帰って来たシリーズ》を含めても、下図の《ベジタブル・ウェポンシリーズ》が、直観的に了解できる一番良い作品だと思う。

左から《リゾット・アラ・トレヴィザーナ/ベルガモ、イタリア》2006、《ナン・ブリ/チェンマイ、タイ》2004、《カトゴ(野菜とバナナの煮物)-1/ホイマ、ウガンダ》2008、《ソンロブ/ラサ、中国》2006、エキシビション・コピーを借用
山城知佳子(1976-)については、最近では大きな美術館で個展を含む大きな作品を発表(「話しているのは誰?」2019年国立新美術館、「彼女たちは歌う」2020年藝大陳列館。「リフレーミング」2021年東京都写真美術館、「漂着」2025年アーティゾン美術館)、しているが、それ以前の下図のような比較的小さな作品にも彼女の鋭い批評性を感じる。

島袋道浩(1969-)《ヘベンチスタのペネイラ・エ・ソンニャドールにタコの作品のリミックスをお願いした》は、ブラジル・サンパウロで映像作品を上映することとなったが、ポルトガル語の字幕を付けても現地の識字率が低いので、街で見かけた吟遊詩人に解説を付けてもらったもの。

小泉明朗(1976-)については、個人的には2016年の東京都現代美術館の「キセイノセイキ展」から意識して見始めたが、2017年に原宿Vacantで見た《帝国は今日も歌う》が最も強く印象に残っている。今回、それ以前の作品を見る機会を得た。

なお、本展は資料的な記録映像を除いても、30分以上の長尺映像作品が7本ほどあり、特に下図のヒト・シュタイエル(独。1966-)とダムタイプ(コレクティブ。1984結成)の映像作品はゾーニングの必要もあり、一つのブースで連続上映しているので、時間に余裕を持ち時間配分に配慮して観覧する必要がある。金土の夜間開館を利用する方法もあるが、再入場は不可(トイレは展示会場内部にある)なので注意が必要。

本展の紹介範囲である20年間以降、日本の現代アートを現在時点まで概観すれば、
(1) フォーマリズム的なモダニズムは衰退し、ゾンビ化したフォーマリズムはアートフェアなどのマネーゲーム的金融資本主義的なマーケットにコモディティとして完全に取り込まれて現在に至っている。
(2) 一方で、この20年間で芽生えた、ジェンダー、フェミニズムや、ポストコロニアリズム、地域コミュニティとの関係を築く作品、リサーチベースドな作品、ソーシャリーエンゲージドな作品、ポリティカル性の強い傾向など、多様な表現が増えたきっかけをほぼ含んでいるのではないかとの感想を持った。
なお、本展関連シンポジウム等はYouTubeで見られる。
【Webで読める参考記事】
