「Linker」の辛口コメント
『スピリチュアル』というものについて。
ご意見番WAKUとして辛口コメントをしてみようかと思う。
私が子供の頃からずっと疑問に思ってきたことが
「私はなんのために生まれてきのか」
誰も教えてくれない。親も先生も。
聞いても答えられなかっただろう。
親は戦争体験者なので、そんなことを考えてる余裕なんてなく必死で生きていたと思う。
いくつもの魂が、目の前で天に昇っていくことの辛さは私には容易に想像できることではない。私はたった一つ、父の命を見送った事があるだけだ。
「なんのために生まれてきたのか」の答えをくれたのは『江原啓之さん』
まだテレビに出始めたばかりの頃にたまたまつけた夜中の番組だった。
どんな番組だったのかも覚えてないが、その時初めて答え合わせができて、納得してスッキリしたのを覚えている。「腑に落ちた」という感覚。
その少し前にお店に来た霊能者のお客様から宜保愛子さんの辛さの話を聞き「テレビって怖いんだよ」と話していた。
1人目の子供が産まれ、江原さんの『スピリチュアル子育て』という本をバイブルとしながら必死の子育て。
その頃はまだ、私にとっては江原さんの言葉が厳しいと感じる箇所があり、泣きながら天を仰いで「なんで私を選んだのよ〜!神様〜!私には無理だよぉ〜!」と叫ぶこともあった。
頭では納得していても、まだ経験がついていっていない。経験しなければ学べないことなんだから、分からなくて当たり前なんだと、今なら言える。
ただ、この厳しい現実を逃げずにひたすら向き合って泣きまくっておかしくなって病気にもなって、それでも子育てを放棄しなかったからこそ『本当のスピリチュアル』というものを知ることが出来たと思っている。
経験なくしてスピリチュアルは語れない
私自身、子供の頃から大人に対して
「自分ができないことを子供にやらせんじゃねーよ」と思っていたので、自分が親になった時には自分がやらないことは子供に言わない事を徹底した。
そして、聞かれたことに答えられるようにしておきたかったので積極的に学び体験した。
もちろん、分からないことは「分からない」と言い、あらゆる人脈を使い質問した。
当時はAI先生はもちろんGoogle先生もいなかったから、検索なんてことは出来なかったんだもん。
反抗する理由と反抗しない理由
多くの子供たちと関わってきてわかったことなんだけど、反抗する理由は「納得できないから」反抗しない理由は「諦めてるから」
大人から見たら7歳8歳なんてまだまだ赤ちゃん上がりのなんにも分からない子供だと思いがちだが、大人が思うよりもずっと大人だ。
もちろん魂の年齢により、やたらと大人な子供もいるが、ここでは平均してということにして。
大人が言うことに納得できずに「反抗する」という態度で示す子供は語彙力が足りない場合が多い。感情が先に立ち声が大きくなりうまく説明できないから暴言を吐く。
その時にその感情を受止め諭し、こちらの感情も見せなければならない時はあるのに、今の学校はそれを教師にさせない傾向が見られる。
子供が大人になっていく段階で自分で感情をコントロールすることも身につけていかねばならないんだから、相手にも感情があるんだということも教える必要がある。
なのに、大人側は「自分がめんどくさい目に合いたくない」という理由で叱ることをしない。我慢しなさい、を教えない。
家ではいい子、学校でワガママ放題、暴言吐く子が勝手にタブレットでゲームしていて先生が注意した。そしたら大暴れしたから、その子はいつでもタブレットOKという事になったそうだ。管理職の指示により。アホか。
反抗しない子は
「どーせこの人に話しても聞いてくれない。わかってくれない」という諦めから。
大人側は「言ってくれなきゃ分からないでしょ!」と言うが、子供側は「この人には言いたくない」と思うから言わないだけだ。
そういう子供たちが実はものすごくよく大人の内側を見ているんだいうことを知っていただきたい。特に管理職。
「引き寄せ」違い
ここからは『マインド』が全て、という今どきスピリチュアル信者から抹殺される覚悟の元で書く。
まず『引き寄せ』って
自分の行いによって勝手に引き寄せられるもの
である。
子供が小さい頃によく教えていたこと。
「人に嫌なことをすれば嫌なことをされる。逆に人に優しくすれば優しくされる。どっちがいい?」
人のみならず、動物にも自然にもだが、動物が苦手な人もいるので苦手な人は攻撃しないでいただければそれも優しさ。自然も破壊しない。
それをちゃんと「体験」しないのにただ頭だけで考えて『マインド』で引き寄せられるったってさ。そういう人が引き寄せたいのは「物質」であり、確かに手に入ることはある。だけど物質だけを引き寄せる力がある人が『何者か』になったつもりで上からモノを言う事が非常に危ないことなのだ。
スピリチュアルの学びとは
『今ここに生きている』ということをしっかりと体験し、地に足をつけて一分一秒を大切に進んでいくということが本当のスピリチュアルの学びだ。
「事件は会議室で起こってるんじゃない。現場で起こってるんだ!」と青島刑事が言っていたではないか!
『この世』という「現場」の中で、自分に課された課題と向き合い逃げず、乗り越えること。そこに我慢もあり努力もあり痛みもある。それを全て体験すること自体がスピリチュアル。
「嫌なことからは逃げていい」
「悪いのは自分ではない」
これは、散々「嫌なこと」に向き合った結果、どうにもならなかった場合の話で、何もする前から「何となく嫌だ」という『食わず嫌い』の人に当てはまる言葉ではない。
ライトワーカー
今どきスピリチュアルのカタカナ用語は頭に入ってこないのだが、これは私も使わせてもらっているのでさすがに分かる。

誰が決めたんだか分からんが。
肩書きが嫌いな私にとっては、ココにはめられるのも気に入らないので勝手に自分で作ったのが
「Linker」リンカー
という言葉。
作った当時は一緒にやっていこうという人と共に考えてそれぞれの役割を分担していたが、今は私がブロックされてしまい(笑)
彼女がリンカーの役割を今は出来ていないので「まだ体験不足だよ」ということなのかもしれない。
なので今のところ、私1人がリンカーと名乗っている。同じように人を繋げている人は沢山いるのだが、それを「物欲」でやっている人を『リンカー』とは認めない。名乗ってないと思うけど(笑)
ライトワーカーというのは、私利私欲で動く人のことを指すものではない。小我ではなく大我の愛をもって生きることができる人の事だ。
私が作った「リンカー」は
『人と繋がり一緒に成長する』をコンセプトに「自立▪自律」を軸に繋がり繋げる人の事だ。
依存があったり人のせいにしたりしている段階の人はまだまだダメだ。
勘違い教祖
メディアで早口で攻撃してるような人達が教祖化されているのを見ると吐きそうになるのだが、スピリチュアルと称してビジネスをしている人の中にはこの人たちをリスペクトしている人もいて、これもアホかと思う。
マインドコントロールされた教えではなく、自分で体験して自分で考え自分の行動に責任をもって生きることをやれ。
「自立」
と言うと経済的なことばかりを思ってしまうかもしれないが、そうではない。
専業主婦、主夫は家の仕事やら子育てやら町内や学校の役員やらと色んな仕事がある。
収入もないのに、責任感を持ってやっていることこそが何よりの「自立」
私も長年専業主婦だったが、仕事始めた時の爽快感たらなかったわ♪外出れた〜!って。
「自律」
字は違うが、じりつ。
自我を律するのよ。何でもかんでも自分の思い通りになんてならんのよ。ならんということも子供の頃に学ばねばならんのよね。
「どーしてもこれが欲しいー!」と地団駄を踏んで大騒ぎした時に「3週間後にもまだ欲しかったら買ってやる」と上の娘にはよく言っていたが、3週間後には忘れているのだ。
暴れることでワガママが通るのだと覚えてしまってらならんのだ。努力していれば自然に手に入る。努力しない人には何もやってこない。ということを教えたかった。
スピリチュアルに生きる人とは
自分自身が努力や経験を重ね、乗越え「物質的価値観」ではなく「霊的価値観」で生きると決め覚悟を持って生きている人。
『何者か』になりたい人はいらない
共に笑い、輝き、輝かせ、たくさんの人が笑顔になることを望める人。
そしてそれが「自分のために」とは思わない人だけがライトワーカーだ。
スピリチュアルのことは分からないけど
と言う人の方が、私から見たらものすごくスピリチュアルに生きている人達だと思う。
noteの仲間でもそんな人の方が多い。自覚がない人ばかりだが(笑)
知識は頭だけで得るものではなく
ふと「やってみよう!」「行ってみよう!」という感覚に従って行動することが一番の知識となる。
そうやって行動してみた後に、頭で考えて試行錯誤を重ねてみるという体験が人生を作っていく。
まだ純粋な子供たちには、そんな授業の時間もあればいいなあ♪♪
