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重荷だった私のカミングアウト

 「え~気持ち悪い。治らないの?」 

 親に自分の全てを認めて欲しかった。
人類皆、そういう部分が少なからずあるんじゃないか。私が赤ちゃんの頃みたいに、自分の心の底から湧き出てくる感情とか愛とか嫉妬や憎悪でさえも、すべてを親に包み込んで欲しい、私を認めてほしいって思ってたんだと思う。

 冒頭の言葉は、私が母親にカミングアウトした時に言われた言葉。
想定していたあらゆる言葉の中でもワーストが選出されて投げられた事、母親に私の存在を否定されたと思った事、すべてがショックで涙が止まらなくなってしまった。

 「なんであなたはすぐそうなるの。」

 泣いている私に母は困惑しながらそう言った。当時の私は、この親は泣いている娘を慰めもしない、何ならとどめを刺してくる悪魔だとすら思った。絶縁してやると本気で思った。


 昨今、LGBTQのコンテンツや発信が増えて、カミングアウトについてもいろいろな意見を聞くことが増えた。


 「カミングアウトした方がいい。隠すことなんてない!」
 「無理にする必要はない。人それぞれ。」
 「勇気を出してカミングアウトしたら家族に温かく受け入れられた」


 カミングアウトをした当事者が、その親に愛に溢れた言葉で優しく抱き寄せられている動画をたくさん観た。私の最大の隠し事。誰だって言わないし、一生言わないかもしれない事。私をつくるもの。アイデンティティ。私そのもの。それを母親に認めてもらえたら、私はどれだけ満たされるんだろう。

 だから伝えた。女性が好きだって。でも、それを拒否されてしまった。

 私は、母親に認めて欲しいって気持ちで動く事が多かった。これを頑張るのは母が私を誇りに思ってくれるから。自身が同性愛者であることが嫌いなのは、母親が同性愛嫌悪だから。私が男性と付き合おうとしたのは、母親に認めて欲しかったから。男性と結婚して子供をつくったら母親を喜ばせられる。

 そんな風に考えてしまう自分が嫌だし、キラキラと発信してるクィアたちみたいに私も堂々と自分を愛したいと思っているのに、情けなくも私は自己肯定感を母親に依存しているようだった。

 自分の事を認めてばかりでなくて、母親の事も考えなきゃと思い始めた頃だった。



 ある日、NetflixシリーズのBoyfriend2を観た。※以下一部ネタバレあり

 とあるシーンで、登場人物のフーウェイが母親にカミングアウトをして、「"言われてショック""治らないの?"」など言われてしまったと涙していた。ただその後、彼が言った言葉にハッとさせられた。

「自分の抱えた重荷をさ、うちのお母さんに分け与えたみたいな感じになっちゃって…。僕はさ、長い時間をかけて自分を受け入れられるようになったけど、母は受け入れる時間もなくいきなりそれを知らされてさ、混乱したりとかしてるんだろうけど絶対…。だからまだ時間がかかるのかもしれないけど…。」

Netflix 『Boyfriend2』第11話


 そうか、私は自分が長年抱えていた重荷を突然母に分け与えて、困惑して重荷を持てない母に対して「持て~それを受け入れろ~この悪魔~!」と叫んでるだけだったんだなって。

 彼の相手を慮る力の強さに感動を覚えて、私の心もふっと軽くなった。
受けた言葉について、自分の立場だけじゃなくて、相手の立場ももっと考えないと自分がつらいばっかりだなと強く思った。


 母は、カミングアウトの日から一切「結婚しないの?」と聞いてこなくなった。数年をかけて、「職場に女の子同士のカップルがいるの」「このYoutuberの子最近見るの。(トランスジェンダーのYoutuber)」と声をかけてくるようになった。

 母は、私から突然分け与えられた重荷を捨てずに、ゆっくりゆっくり筋トレして、母なりに重荷をしっかり抱きしめ始めているんだと思う。

 最近、母から言われた。
「あんたが幸せだったらなんだっていいんだから。」

 私はその言葉に強く抱きしめられた。


■あとがき
振り返ってみると、私はとても恵まれていたと思う。この世の中にはカミングアウトすれば絶縁されてしまう、殺されてしまうかもしれない人だっている。それは絶対に無くならなければいけない事だと思う。
今回は、東京に住むクィアの一例としてここに書き記します。
誰も自分の愛に泣かない世の中になりますように。
世界が愛で満ちますように。

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