未来調達日記(2026年9月19日更新)
2026年9月19日
スピッツの「見知らぬ糸」について。私は以前に、スピッツに関する文章を書いた。
https://natalie.mu/music/column/338810/page/2
今回、少しだけまとまったので「見知らぬ糸」の印象批評を書く。私は、繭という選択に少し驚いた。蚕は、頭を八の字に振りながら糸を吐く。なんでも二日か三日、休まずに吐き続ける。一個の繭をほどくと、糸は約1,500メートルになる。途中で切れ目のない、一本の糸らしい。
そして人間が生糸をとるとき、繭は煮られ、中のさなぎは死ぬ。
絹の光沢は、外に出られなかった命の上に成り立っている。この曲は、『Tシャツが乾くまで』の主題歌だ。このMVでは発光する繭のなかで胎動する生命体がいる。それが結成から40年近く経った四人だ。四人はただ演奏している。
糸という言葉から、ひとはまず「縁」を思い浮かべるかもしれない。赤い糸。結ばれるもの。たぐり寄せるもの。ところがこの曲の糸は、絡まり、包み込んでくる。結ぶのではなく、閉じ込める。自分で吐いた覚えのない糸に、いつのまにか巻かれている。
きわめて感動的である。
事故に遭った夫婦も、きっとそうなのだろう。
出会いは選べる。しかし、巻き込まれることは選べない。同じバスに乗り合わせた。同じ日に同じ場所にいた。それだけの理由で、他人の人生が自分の人生に絡まってくる。見知らぬ糸は、縁と呼ぶには乱暴すぎて、偶然と呼ぶには重すぎる。
繭は、守るための部屋であり、出られない部屋でもある。
スピッツは、昔からこの両義性を歌ってきた。甘い声で、やさしい旋律で、その内側にいつも死と隣り合わせの何かを忍ばせる。
1,500メートルの糸は、ほどかれるまで、自分の長さを知らない。私たちもおそらく、誰の糸に巻かれているのか、知らないまま暮らしている。
(追伸)
あ、そうそう話を変えるが、そういえば、NewsPicksでもらった雑誌は面白かった。こういう切り口があるのね。いろんな出会いの糸があるものだ。

2026年9月15日
テレビ番組で大失敗した。ペンギンの動物園を報じる内容だった。コメントを求められたので「Suicaのペンギンは引退しますので、今度からは、こっちにタッチとエサのチャージしに行きますね」といった。
まったくウケなかった。
地獄だ。
ペンギンよろしく、氷の上みたいにすべった。
ごめんなさい。
ペンギンなみに、「飛べな」かった。

2026年9月14日
秘密をペラペラ話してしまう企業と、隠しすぎる企業。
他の方のご意見を伺いたいと思う。
私の仕事上、様々な会社の人と会うことが多い。そのこちらが止めてしまうくらい、ものすごく饒舌に企業の秘密を語ってもらうケースがある。
もちろんその人はコントロールしているかもしれないんだけれども、「えー、さすがにそこまで私に話したらまずいんじゃないの」という内容を教えてくれる人がいる。
私のヒアリング能力が高いということではなく、むしろ初対面の私にでもそんなことを話してしまう意味だ。
じゃあその情報を私が外部に話すかというと迷惑がかかるから話さない。そして訴訟に巻き込まれるのも好ましくないと考えている。
まあそれに、私がそんなのペラペラ話していたら、誰も信頼されなくなるだろう。
そして逆も然りだ。職業上、機密契約を結んでほしいと言われるケースがたくさんある。そして結んだ後に出てきた情報が、ほとんど公知の事実というか、あまり意味のない内容となっているケースもある。
その場合に担当者の人に詳しく聞いてみるのだが、ほぼ理由はなく、「外部の人と話すときには機密契約を結ぶのがプロセスとなっているので、その通りやっているだけだ」と言われることが大半だ。その内容は、まあネットで調べても出てこないかもしれない。けれども、なんだ、この情報では損害が生じないのではないかと思ってしまう内容もある。
さらにややこしいのは次の点だ。
契約を結んでくれとは先方から言われる。そこで内容についてあれこれと質問をしたり、「ここはどういう意味ですか」とか「通常であれば私との仕事においてこのような項目は当てはまらないので削除したほうが良いのではないか」と質問をする。
例えば、責任があるかないかにかかわらず情報漏洩の調査をする、という項目を作っている企業が多い。その時に、「自己の責任の場合は当然調査をするが、自己の責任でない場合というのは、さすがに一つの仕事でそんなにお金をもらえているわけでもないケースは、調査の費用を請求することになりますが」といった要求をする。
そうしたときに、窓口の調達の担当の方が答えられなかったり、あるいは「もう守秘義務契約は結ばないでいいです」とか言ってきたりするケースがある(笑)。
正直なので笑ったのだが、「これは形の上だけなので、何でもいいから結んでくれないか」と言われた場合もある。
私は「わかりました。じゃあ形式上なので、この文面は意味を持たない、とメールを書いてくれませんか」と言った。すると、そのままの文面を書いて送ってくれたケースもある(笑)。
もちろんこれを読んでいる人の中には、「とはいえ契約を結んだ以上は効力が生じるのではないか」と思うはずだ。それに実際そうだろう。しかし、大企業の論理で考えると、そのようなメールの文面を出しているにもかかわらず、実際に訴訟に踏み切るなんてあるだろうか。
これは「問題ない」とは言っていない。あったら私の勉強にもなるだろう。ただどうかなあ、「そんなメール打ってんの? じゃあこっちが弱いじゃん」と大企業論理では、そうなるような気がする。まあそれもその通りになるかどうかわからないので、人生の勉強ということだろう。
皆さんはこのような契約をどのように締結しているだろうか。
海外出張に備えて外貨を整理。

2026年9月11日
私はいくつかの出版社から書籍を出している。このところ驚くことが続いている。その出版社の他部門から連続してメールが届くのだ。
内容は「自費出版のお勧め」というもので、出版社の他事業部門からの宣伝だ。さらに、ご丁寧に、面談希望の日も記載してある。
おそらく最低限のリサーチも行ってないからだろうが、面談して私に「本を出版することのメリット」とか「ビジネスへの連携」とか教えてくれるんだろうか。
「よし、一度、聞いてみるか」と思った、というとまったくの嘘で、ただただ流れ続けるメールを削除している。
たぶん私以外でも、おなじ経験をしているんだろう。
ところで、先日、数ヶ月ぶりに辛坊治郎さんのズームに出た。さすが博覧強記。ただただ圧倒されました。また、よろしくお願いします。

2026年9月7日
2026年9月6日、バンドENDALLを観た。渋谷サイクロン。感動的だった。
ENDALL――メタルという娯楽の全史をまるごと引き受けようとしているかのようなこのバンドの演奏は、メタルそのものがまた一歩、進歩したかと感じさせる出来事だった。
ステージ上の全身をもって楽曲と触れ合い、そこで鳴らした細部という細部を、観る者の記憶にとどめさせる。一曲ごとに表情の異なる楽曲が次々と繰り出され、その豊かさは、単なる一夜のライブというより、ひとつのエンターテイメントショーをこの小さな肉体で丸ごと背負おうという意志の表明に見えた。
もちろん、その企ては完成しているわけではなく進歩の余地を感じさせる。だが、いま多くのバンドがクリックと整えられた音源という、ある意味で非ライブ的な媒介によって聴き手を説得するなかで、あくまでも目の前の観客と直接に触れ合おうとした点で、ENDALLは純粋にライブの時代のバンドだったのである。
しかも、そうやって全身で体現された楽曲を鳴らすとき、かれらの音はもちろん、表情や身振りのすべてが、メタルへの愛を、そして愛ゆえの厳しさを、実に雄弁に物語っていた。
そして、おそらくこの企ては、サトツさんのなかで始まったのだと思う。メタルを率いる者になる――それは一度の決意で終わるような過程ではなく、たえず振り出しに戻って苦しい戦いを繰り返さなければならないものだ。ステージでの圧倒的な爆発は、観る者を驚嘆させずにおかない。鮮烈なリフが、はたまた咆哮が、会場の隅々まで氾濫し、絢爛豪華な音の饗宴を繰り広げる。そう、引き受けるという覚悟ぎりぎりまで自らを追い込んだ者だけが、この音によってはじめて先頭に立つことができる。そして、かれらはなんと見事に立ってみせたことだろう!
入口ではCOCOBATのSEIKIさんが「今日は気合入っていますよ」と教えてくれた。たしかに、そして、私は気合以上のものを感じた。
繰り返そう。この夜は、ENDALLというバンドの、輝かしい出発の記念碑だった。

2026年9月6日
若い奴らを批判する人は、たぶんどうしようもない。
本日、高校の文化祭へ。感心した。
高校生のコミュニケーションがすごい。ちゃんと客引きもできるし、強引であっても、「来て下さ〜い」と誘導できる。
私が高校生のころ、こんなことできたかなあ。。。たぶん無理だ。
たとえば、私のクラスで「お化け屋敷」をすることになったとしよう。私は逃げ続けたと思う。客引きなんかしない。
それなのに、今日わたしが見た高校生は生き生きして、大声で呼び込みをしていた。すごいなあ。若い奴らは優秀だ。
考えてみれば、時代は進化しているのだから、若い奴らが凄いのは普通のこと。
じゃあ、上の世代は何をすればいいか? 簡単だ。金だけ払って、何もいわない。それしかないと思う。ロートルは酒でも飲んで静かにしておく。

2026年9月4日
好きな人は素敵な人です。
相当前のことなのだが、相当に印象に残った話がある。
おそらくフジテレビだったと思うが、ある番組を収録のとき、アイドルの方が好きな男性について聞かれていた。
そうすると「素敵な人」と言う。そりゃ素敵じゃない人を好きにならないだろうし、これは恐るべき答えだと思った。
もし「好きな人は苦しい人です」とか「好きな人はまずい人です」とか、そういう答えをしていたら、異常なほどシュールな答えだったと思う。
これから応用編を考えてみよう。
「好きな本はなんですか?」「面白い本です」。「好きな音楽はなんですか?」「素晴らしい音楽です」。このように何でも答えられてしまうのだ。これは恐るべき回答といってもいい。
おそらく論理的に破綻していながら、テレビという舞台装置では実効性があるのである。凄すぎると私は思った。
ここからもっと応用編を考えてみよう。例えば皆さんがコンサルタントだとする。「どのような分野のコンサルティングが得意ですか」と聞かれたときに、「儲かる分野のコンサルティングが得意です」と答えたとしよう。これはそこまでおかしくない答えかもしれない。というのも、儲かる分野に自分を突っ込むのが正しいからだ。
ここにはとても不思議なねじれがある。
「どんな本が好きですか」と聞かれ「面白い本です」と言うのは奇妙に聞こえる。しかし「どんなコンサルティングが得意ですか」と聞かれて「儲かる分野のコンサルティングです」と答えると、さほど変に感じない。ただ守銭奴ではあるが正直と思うはずだ。
これはおそらく仕事と趣味の対立軸があるのだろう。すなわち趣味と思われているものは純粋な志向とか純粋な好みが問われている。しかし仕事は純粋な好みとは聞かれておらず、儲けとかそういったものが前面に出て良いはずなのだ。これは極めて面白い対比ではないだろうか。
ところで、仕事で初めて会った人と様々な話をするかもしれない。そのときに自分の仕事以外の趣味とか好みを聞かれるかもしれない。
そのとき例えば「へー、そんなに映画が好きなんですか?
じゃあ、ところでどんな映画が好きなのか教えてください」と言われたときに、「面白い映画が好きです」と言ったら、頭が悪いか、自分と話したくないか、あるいは狂っていると思われるに違いない。
そのようなときは、できれば「そうですね、ヌーヴェルヴァーグ、特に『気狂いピエロ』とかが好きです」くらいに言っておいた方が無難だろう。相手は「なんですか?その映画?」と言うだろうが、それくらいがちょうどいい。
かくも人間の世界というのは人付き合いが難しい。

2026年9月3日
本日のことなんですが、あるファーストフード店に行って、1人しかいませんでした。その1人とは私です。
そしてテイクアウトで持ち帰ろうとしたときに、テイクアウトの番号を聞かれました。しかし1人しか待っていないわけですし、番号は不要なはずです。私以外の人がいる場合に番号の照合が必要でしょうが、1人しか待っていないですから、私に渡せばいいわけです。
しかしそれでも「ルールだから」といって番号確認をなさってきました。ただ、このような不合理、そして非情、さらには非効率的なことこそ社会の害悪ではないでしょうか。
わかりました。では「私は受け取らずに帰ります」と申し上げて店を出ました。そしてしばらくして信号待ちをしていると、「どうしても受け取ってください」と店員の方が持ってきました。これはどういうことなのでしょうか。
その次のことです。今日は夜に会食に行くことになって、食事を楽しみにしていました。しかしその会食はギリギリに決まったので、誰かが予約しているわけではありません。
そしてある店に行ったときに、店員から「人数は何人ですか」と聞かれました。そして「5人です」と答えると、「残念ながら満員で中に入ることができません」と言われました。
すると私はというと、「何人だったら入れるんですか」と聞きました。そうすると「今満員だから1人でも入れません」と言われました。
こういう場合、なぜ人数を聞く必要があるんでしょうか。これも店員に聞いてみると、何人かを聞くルールになっているそうです。全く意味のないルールですね。
こういうのをできるだけ排除できるように努めてまいります。
それにしても、画像の雑誌はひさびさに面白かったー!

2026年9月2日
好きなアルバムを10年前にあげた。なんかの雑誌の企画だったと思う。
しかし、いま見てびっくりした。そのとき、たぶん「マニアックすぎず、でも、メジャーすぎず、本当に好きなもの」と思ってあげた。
だけど、いまだったら、まったく変わっていると思う。「シングル・マン」はいいけれど、おなじRCサクセションなら「FEEL SO BAD」かなあ。
ビリー・ホリデイもいいけど、いまなら、ダイナ・ショアを選ぶかも。
サザンオールスターズはどうですかね。いまなら「人気者で行こう」かも。
スレイヤーなら、うーん。「Hell Awaits」かな。
それにしても、こういう写真が残っているといろいろ感慨深い。写真もビデオも残すほどいいかもしれない。
これは、昔にこだわる、というより、昔をきっかけに現在を考える、という意味で。

2026年8月28日
「あいつが、私の北海道チケット買ってくんねえかなあ」
先日、入ったバー。後ろの後ろの席で、おそらくキャバ嬢と思われる二人が話していた。
「うわー。出勤したくねー」
「この前、北海道に連れてってもらうっていってなかった?」
「そうそう。あのハゲでしょ。北海道のチケットだけ買ってくれて、別行動できないかなー」
「お願いしてみた?」
「しないよー。どうせ同じ部屋でしょ、うげー」
「なーんか、いいことないかなー」
「チャッピーに聞いてみたらー」
という会話だった。
私は、この内容について指摘したいわけじゃない。声がでかく、彼女らの精神構造を知りたい、とは思った。いや、そこまで知りたくもないか。
それより、彼女たちは、ずっとスマホを見ながら話していた。ジロジロみたわけじゃないけど、ほぼ、お互いを見ることすらなかった。
客と北海道に行っても、たぶんチャッピーの画面を見ている時間の方がながいだろう。

2026年8月25日
テレビでコメントすると、ひどい書き込みをもらう。たぶん、確率論と十分条件・必要条件って意味がわかっていないと思う。
たとえば「特定の国に一社購買で頼りきるのは危ない」と話す。すると「うちは何年も同じところから買っているが一度も止まったことはない」と返ってくる。止まっていないのは知っている。私が言ったのは、止まったときに代わりがない、という確率論の話だ。事故が起きていないことは、シートベルトが不要な理由にならない。
もう一つ多いのが、条件の向きを取り違えるやつだ。「分散していないと危ない」と言うと、「じゃあ分散すれば安全なんですね」と受け取られる。言っていない。必要条件を挙げただけで、十分条件を約束した覚えはない。分散した先が同じ港を使っていれば、地図の上で散っているだけの話になる。
条件の向きの話で、いちばん覚えているのがこれだ。
取適法の説明をしていたときのこと。振込手数料以上の費用をひいて問題になった、と話した。すると質疑で一人が挙手して、顔を赤くして言った。「銀行手数料を差し引くことが問題なんだ!」
私は、手数料を差し引くのは問題ない、とは言っていない。むしろ引いたらそれだけで問題だ。
でも、その説明は届かない。届かないというより、届く経路がない。論理の取り違えを本人に自覚させるには、本人が一度、自分の読み取り方を疑う必要がある。疑える人は、その前に怒らない。怒っている時点で、自分の読解は検算済みになっている。
だから、こういうときの正解は「たしかに、そこは誤解を招く言い方でした」と引き取ることらしい。私も何度かやった。場は収まる。ただ、そもそも論理的なヒアリングはできないかな、と思う。
と偉そうに書いたが、この二つを混ぜないで話すのは、けっこう難しい。テレビは尺が短い。「確率的には」と前置きを入れた瞬間、視聴者の耳は逃げていく。だから断定に寄せる。寄せた分だけ、正確さを削っている。削った断面を突かれているのだから、書き込みの何割かは、まあ、こちらの手落ちだ。
残りの何割かは違う。あれは反論の形をした感想で、読んでも学ぶところがない。
問題は、その二つが同じ画面に並んで届くことだ。全部無視すれば手落ちに気づけない。全部読めば消耗する。セミナーは時間で終わるが、持ち帰られた誤解には期限がない。どっちを取るべきなのか、いまだに決めきれていない。

2026年8月21日
これまで転職したり多くのプロジェクトを組んできた。はじめましての自己紹介のとき「サバサバした性格です」というひとは、サバサバしておらず、無遠慮でデリカシーがないだけだったり、しっかり根に持っていたりするパターンがあります。
また「人見知りなんです」というひとは、会話のパス回しをすべて相手に丸投げしてくるケースがほとんどでした。
あるいは「よく聞き上手って言われます」というケースは、相槌を打つだけで話の深掘りは一切しないひとでした。「怒ること滅多にないです」というひとは、寛容というよりも、不満をその場で言語化できないだけであることが多いかな。無言で突然に関係を遮断するケースがあります。くわえていえば、「嘘がつけない」とか「不器用な人間です」というひとは言葉を選ぶ配慮とか、相手への敬意を放棄している場合があって、失礼な物言いを「裏表のなさ」にすり替えているのかな。
あと、「フットワーク軽いです」というひとは、なぜか直前ドタキャンが多かったり、連絡が雑だったりするケースがあるかな。
はい、ということで福岡空港で出会った名言をどうぞ!

2026年8月19日
一気読み。
コンサルタントとか、企業経営者とか、関係者とか、お読みください。なんか、暗くなるくらい、世の中には詐欺師とか貪欲な奴らがいるとわかる傑作。
私、ダイヤモンドオンラインで連載してるんですが、片田江康男さんといつか仕事できれば幸い。私は佐賀県出身だし。
いや、ほんとに生きるって大変だなあ、としか思えない。

2026年8月16日
「あんた、臭いよ」と言われたらどうだろう。他人じゃなく、知り合いから。しかも、その知り合いは「まわり全員、だいぶ前から臭いと思ってるよ」と付け加える。
笑いながらではなく、見つめながら。
臭いと指摘されたひとは「えっ」とか「そんなことないだろ」と言い返すかもしれない。ただ、その瞬間からずっと気になって、気になってしかたない。かなりの確率でドラッグストアに行って、消臭剤とかボディソープを買うだろう。これだけ人間を消費に向かわせるのはたやすい。
もちろん実際に「あんた、臭いよ」といってはいけない。他人を傷つけてはいけない。あくまで消費に向かわせる極端なフレーズ例として書いた。
歴史的に「頭が臭い」「汗が臭い」という事態は「発見」された。メーカーのマーケティングだったが、人類はいちど気になると対策商品を買い続けるらしい。
以前、この手法を「恫喝と救済」とよぶひとがいた。すごいネーミング。恫喝して、だけど、この商品を買えば大丈夫だよ、と囁く。
そして世の中には「あんた、臭いよ」系のフレーズに溢れている。
どうすれば、この狂った世界で正気でいられるだろうか。下品でない手法で稼ぎたいものだ。もちろん、わたしもみなさんも、狂いから完全に回避はできないけれど。

2026年8月15日
先日、私の宛先が「坂口孝則」ではなく、「坂口考則」と間違えられた話を書いた。
すると、その方から連絡があった。しかも電話だった。私の知人はご存知のとおり、私は基本的に電話に出ない。しかしそのときは電話に出てしまった。
すみません、と開口一番。謝られた。
「大変、失礼なことをしてしまって。。。」といわれた。
私は「いや、大丈夫ですよ。これまでも失礼なことされてきましたから、失礼なことされるのに慣れてますから」と申し上げた。
ここから話が変わるようで、変わらない。
ただ、文章のつながりがわからない方は考えてほしい。
現代において、相手を傷つける方法は、きっと自分が傷つくことだと思う。殴られても、そのうち痛みはなくなる。でも「あなたのせいで傷つきました」といわれるほうが、はるかにダメージが大きい。おそらくニーチェのキリスト教への批判も同様な価値の転換を図った点にあったのだろう。
相手を責めるというよりも、ただただ「あなたのせいで傷つきました」という。

2026年8月13日
今日、朝から空手の試合で応援。小学生の大会。
到着すると……ちいさな男の子、たぶん3年だと思うんだけど、号泣していた。それで、おそらく指導の先生に問題点を指摘されていた。
ああ、と思う。
私が小学3年のころ、負けて悔しくて号泣するなんてことがなかった。そんなに熱中する対象がなかった。泣いている男の子には悪いんだけど、なんだかうらやましいっていうか、すごいなーと思っちゃう。
そして、あらゆるところで泣いている子たちがいた。
ややこしいことをいうと、優勝しても、その後の人生が楽勝かというとそんなことはなく、日本一は桎梏を背負う宿命すらある。
人生の喜びも、そして、それに釣り合わない何倍かの悩みや哀しみや不幸を味わうことになるけれど、それが人生なのかもしれない。
なお、この大会は、全国から選抜された選手が争う頂上戦だった。
後半、私は泣く息子を抱きしめていた。

2026年8月11日
少し前に、「口中を契る」という表現があった。わからなかった。
ああ、キスのことね、とわかった。それにしてもすごい表現だねえ。
先日「みぃちゃんと山田さん」「地元最高!」「タコピーの原罪」という大傑作マンガを論じた。
だけど、これらの主人公は「口中を契る」っていう表現は理解しないでしょ。だからどうか、というと、何でもない。まったく違うフィールドで生きている、ということだろうなあ。

2026年8月9日
芸能人の普段ってどうなんですか、とよく聞かれることがある。
特に仲良くなったような人と飲み会などに行くと、よく芸能人と共演してるけどどうなんだ、と言われる場合があるわけだ。
私の結論で言うと、1人の人はとても嫌だったが、その1人以外を除けば、嫌だった経験はない。
おそらく人間というのは複雑なので、完全に偽ることができないのだと思う。だから、画面ディスプレイで見ている人間とそのままの人が目の前にいる。
もしかすると、ディスプレイで見た感じと私が実際に会った感じが同じと思いながらも、本当は違う場合があるかもしれない。

2026年8月7日
知り合いのコメンテーターで、SNSで罵倒をくらうたびに「反応ありがとう! 頭が悪いひとには評判が悪いんだ、おれ(大意)」と返事しているひとがいる。
これは痛快だ。
私も真似してみよう! と思ったがやめた。生産的ではない。
思うに寂しいひとに「あなたは寂しいだろう」と指摘して何になるだろう。指摘されなければ気づかないとすれば、その価値がある。でも指摘するまでもなく自覚的ならば、なぜ指摘する必要があるだろうか。
たとえば「坂口は実はアメリカ人である」と書かれたとする。あまりにも事実と異なるので、怒るまでもない。だから、怒って返信をする場合はきっと当たっているということなんだろう。「お前は頭が悪い」と言われて怒って返事するなら、きっと頭が悪いと自覚しているからだろう。
でも、「お前は頭が悪い」と指摘する側も、一瞬だけスカッとしても、なんになるだろう。そのあいだに、なんか生産的なことやったほうがいいよね?
と思ってやめた。他者への悪口を書くのは、かわいそうなひと、と思うこともできる。ただ、正面から、リアルな場で悪口をぶつけるひとはいない。ということは、そこに人間の哀しみを見るべきではないだろうか。
なお、写真は佐賀の。物価やすいなー!

2026年8月6日
暑い。
ところで、先日「すごく最近テレビでお見かけします」といわれた。
事実は逆で、2年前より減っており、本業に費やし良い傾向だと思っている。たぶん、その方の見ている番組と合致しただけだろう。
それにテレビに出ているひとってわかる? 私は街中ですれ違ってもわからない。だから、認識するようになった、というだけではないかな。
それにしても、士業のかたから「どうやったらテレビに出られますか?」と訊かれる機会はなくなった。みんな宣伝媒体としては何を狙っているのだろう?
YouTubeか?しかし、ほとんど視聴回数まわってないもんなー。

2026年8月5日
1日前に品川で登壇の機会をいただいた。企業の調達業務でいかに生成AIとかAIエージェントを使うか、というセミナーだった。参加してくれた人も質が良かったのか、ものすごく盛り上がった。ほんとにありがたい限りだ。
主催してる企業の人たちも私にすごく親和性があって、よかったと思う。話す人は主催者からするとお金を払っているわけであって、後は勝手にやってくれという態度の人も結構いる。しかし主催者と共に同じ場を作り上げていくので、非常に盛り上がろうとしている場を作ろうとしているだけでありがたい。
ところで思ったことがあるので、語る。
あるシステムを導入するとすると、導入するためにいろんな比較が必要となる。しかし現在問題なのは、比較しようとしても技術の水準が似通っているので比較にならないのだということだ。ではどうやって企画で優位にするのか。それはもう直感的に、この会社と付き合ったほうが良いという判断に他ならない。すなわちこれまで厳密な定量化を経て、定量できないレベルの曖昧な領域にたどり着いたというわけだ。
これが良いかどうかはよくわからない。しかし現実で言うと、なんとなくこの人がいいと思ったから、なんとなくこの会社がいいと思ったから、なんとなくこの会社だと一緒にやれると思ったから、こういう風な判断軸に移っている。これは恐るべき変化だと思う。これはしかし、生成AIやAIエージェントが進化する時代では必然だと思う。技術レベルは一緒。しかし好きだと思うレベルは違う。これは極めて大きな問題であり、企業にとって大きな問いかけではないだろうか。

2026年8月3日
今日は名古屋で仕事。さまざまな方とお会いして会話。
2026年8月2日
特殊な学術動画を、60万字くらいを翻訳させて2,663円だった。写真がそれ。
API経由でやったやつなんだけれど、数年前だったら相当高かったのを覚えているけど、もうずいぶん金額が安くなった。しかも翻訳のレベルも上がっている。
ということは、ものすごくクオリティーを求めないのであれば、翻訳をプロに任せる人はどんどん少なくなっていくということが予想できる。
こういった地殻変動が、様々なところで起きてくる。おそらくコンサルティングなんてそうだろう。すぐにAIが取り返しのつかないところまで代替するに違いない。

2026年8月1日
麻布競馬場さんの小説を読んでいると、あまりにも皮肉が効きすぎている箇所で声を出して笑った。飛行機の搭乗口前だったので、周囲はひどく気持ち悪かったはずだ。
笑った箇所、写真を見てほしい。
これは明確に特定人物を想定している。悪趣味すぎて面白いなあ。
ところで、飛行機の搭乗口と書いた。このところ、飛行機の遅延についての理由が面白い。
「使用機の到着遅れ」なら誰も経験ある。しかし、以下はどうだろう。どちらも、JALの1155羽田発の福岡行きだった。
①書類の不備により、出発が遅れております。
え、書類? なんでも飛行関連書類を管制に出す必要があるらしい。しかし、その不備とは?? みんながざわめいていた。
結果、1時間の遅延。
②前のお客様が手荷物がひっかかって、開きません。
これ、座席の共用収納棚がありますよね。そこに、以前の飛行便のお客が荷物を入れてたらしいんだけど、ロックの部品に、内部の手荷物の紐がこんがらがって開かなくなったらしい!
これはJALのせいではない。ただ、55分の遅延。
それにしても、いまはみんな怒らなくなりました。私の子供時代、飛行機の遅れで大人たちがキレてたけど、いまは諦めた感じでみんな座っていましたねえ。

2026年7月30日(その2)
以前、ある出版社の方と書籍について相談があった。
簡単に言うと、本当は「収益」という言葉と「利益」という言葉は全く違うんだけれど、どうしても「収益」という言葉を使いたくないから「利益」という言葉を使いたい、という提案があった。
私は、それは明らかに会計的に間違いな使い方なので、「やめたほうがいいんじゃないですか」と言った。しかし出版社の人は、どうしても使いたいと言った。
そこで私は「わかりました。意向には従います。しかし、もし読者から質問があった場合は、私は反対したけど出版社の意向で採用されました・その記録も残っているはずです、と伝えます」と答えました。
その後、お返事は来なかったのですが、間違ったままのタイトルが採用されました。
ちょっとモヤモヤ感が残ってしまい、その本については私は宣伝することはありませんでした。これは多分よろしくない態度だと思います。しかし、返事ぐらいしてくれたらいいのになぁという思いは残りました。
もちろん、私が悪いのでしょう。
2026年7月30日
人生の先輩たちと食事をしていたんですが、私の目のクマが一番ひどいことが、ちょっと気になってしまいました。確かに寝てはいないんだけれど、これ、どうにかしたほうがいいですよね。やっぱり手術したほうがいいんでしょうか。誰か詳しい人、教えてください。
さらに、気になったことがあります。多くの方が50歳を起点に、これまでの人生とか、ビジネスとか、生き方を変えているんですよね。皆さんは50歳で変えたんでしょうか。あれは変えなかったでしょうか。
それと、さらに加えて、私はその時の食事会でどうしても気になったことがあるんですね。
「努力して人生が変わる人と変わらない人がいる」という話になりました。つまり、努力しても全く人生を好転できない人がいる一方で、人生を好転できる人がいる。この違いは何かという話になったわけです。
その時の会話の結論は語りません。
実はその時の話の結論とは違って、私なりの結論があります。
というのは、同じ努力をしても、自分を変えようとしない人と自分を変えようとする人によって結果が違うのではないかということです。つまり、同じ100の努力をしても、自分を変えずにそのまま頑張ろうとする人は結果があんまり出ない。ただ、自分を変えて頑張ろうとする、100の努力をする人は結果が出る。つまり、変わり続ければいいんじゃないかということなんですね。
これはあくまでも仮説です。
しかし、これまで努力はしてるけど結果が出ない人というのは、おそらく自分を変えようとしていないんではないか。もっと言うと、自分の今の仕事とか、自分の今のスタイルとか、自分の今のやり方を変えずに、何とか頑張ってやろうとしている。
それじゃあダメなんじゃないだろうか。やっぱり劇的に変化を求めるんだったら、自分がやっていることも変えないといけないんじゃないか。そんなことを考える飲み会でした。

2026年7月28日
本日、映画を観に行ったのだが、ビールを注文して15分も出てこない。
「品切れならキャンセルします」と言ったんだが、「樽がなくなって、いまセッティングしています」とひたすら待たされる。
結果、映画がはじまっていた。新宿ピカデリーがんばってよ、応援してるから。
ちなみに映画「マイケル」を観に行ったんだけど、隣の女性が「うわっ!」「ひゃっ!」「それ??」「あぎゃ」「うぬー」「うあえー」って繰り返していて、きわめて微笑ましかった。マイケルのファンなんだろうなー。

2026年7月26日
今日はライブハウスに、Indication を観に行きましたよ。最高。もう国宝認定でいいでしょ。
今日は日曜日なんだけど、こういうことがあった。ライブに行く前だから、多分15時くらいだと思う。
港区にあるテレビ局から連絡があって「こういうコメントが可能かどうか」と聞かれた。「それだったらずっと取材してますから大丈夫ですよ」と話をした。
だけど今からライブ見に行くんで、取材って言っても大丈夫かなぁと思った。でも、もしかするとライブハウスからちょっと抜けて答えることもできるかもしれないなぁと思ったんで、そんな話をした。
しばらくすると、その港区のテレビ局の女性から「私の前に声をかけていた人が突然、大丈夫になった。私としてはあなた(坂口)よりもその人がふさわしいと思うから、あなたの取材はもうやめたい」と連絡があった。
ものすごく素直といえる。
あまりにも素直すぎてちょっと驚いた。やはり今はこのように素直な態度が良いのだろう。素直すぎていろんな支障があるかもしれないが、ぜひお仕事を頑張ってほしい。
私もこのような態度に面食らってしまうのは、私の方が悪いのだと思う。

2026年7月22日
今日は、企画会議。某社におじゃま。
企画って事前に考えてもどうしようもなくて、やってみないと良し悪しがわからないケースが多い。だから、結局は「やってみよう」と決断を下して、異常なスピードでやるしかない。
この前、POPOPOのサービス中止が発表された。批判も多い。だけど、失敗してもいいんじゃないだろうか。こういう試行錯誤が重要であって、挑戦を揶揄するひとびとに恐懼する。
私も無数の挑戦と試行錯誤をやりたいと思う。
なお、本日、ある方から連絡をもらう。どうも共通の知人の命が長くないらしい。ああ、数年前まで、あんなに元気だったのに。まあ、そういうものだ、と思うしかない。
でも、方丈記は、ほんとうに正しいことを言っていた。行く川の流れは続き、もとの流れではない。もう同じ時間は止まらない。
なお、方丈記は読むとコミカルなエッセイだが、一部が叙情的である。悲しいくらいに。
悲しいくらいに。悲しいくらいに。この世は悲しいくらいにセンチメンタルである。

2026年7月19日
「もうやめます」
このところ、コンサルの廃業通知が相次いでいる。仕事がないのだ。私の周りだけかもしれない。ただ、少し前は、イラストレーターとか翻訳家の廃業が相次いでいた。だから、大企業の会社員よりもAIの影響を大きく感じている。
私は、といえば仕事が忙しくて大変。でも、この現実が一変するかもしれない、という危機感はもっておきたい。つまり、仕事が激減する可能性への危機感だ。
ただ、やっかいなのは、仲間のコーチやコンサルや、講師などといった仕事に解決策がない点だ。危機感をもっても、どうしようもない。だって、AIのほうがいいんだもん。
ちなみに、私は「ものすごく話し方がわざとらしい」といわれる。たぶんそうなんだろう。しかし、なんというか、極端なくらいAIが真似できない癖とか仕草とかバカさ加減とかくらいしか残らないんじゃないかな。
ところで、Tさんの話。いきなり話を変えるのだが、お許しいただきたい。
Tさんは、このところ私についてずっと周りのTさんの「信者」に批判を繰り返しているらしい。つまり、Tさんのまわりに私の悪口を言っている意味ね。
ただ、正直に言えば、もはや勝負はついていると思っている。
というのも、もう企業間の調達とかサプライチェーンで、あの人のことを相手にする人はいるだろうか。多分いないと思う。もっといえばTさんは馬鹿にされていると思う。
さらに、おそらくメディアとか企業の人に聞いてもらえばいいと思う。もはやあの人はもう終わった人なのだ。そして、私以外にサプライチェーンを正確に解説できる人材は多分いないと思う(というと反論されるだろうから、実績で見せつけてほしいと思う)。
もちろん、濡れ落ち葉も最後のお祭りで、昔取った杵柄で意見を聞いてくる人がいるだろうし、それだけのことだ。
しかし、これは私は異常に気にしとかないといけない。というのも、若い奴らが出てきて、自分がずっと昔の栄光にすがり、若い奴の悪口をいうようになったら、それは非常に悲しいことである。
なので、私の周りの人たちは、私が若い奴を批判をするようになったら、ぜひ教えて欲しいと思う。通常は若い人への批判というのは、うらやましいことがほとんどだと思う。

2026年7月18日
久々に衝撃的な小説だった。
特に安楽死をさせる二人組の小説があるんだけど、オチがすごかった。
この小説は短編集で、どれを切っても血しぶきが出るくらいのすごい密度で描かれている。
血しぶきと言ったが、血しぶきが出ないような、すごく低い血圧の物語がある。しかしその物語はいつの間にか自分たちの心に入り込んでいて、恐ろしい密度で自分たちに問いかけてくる。
自分の生き方をこのままでいいのか。そして自分の生き方がこのままで良いとしても、自分たちは明日、何をするのか。素晴らしい小説だった。特に短編でここまで感じさせるというのはすごいよなぁ。

2026年7月16日
本日はニチレイの物流問題について、さまざまなメディアから問い合わせを受けた。そして具体的に3のメディアからインタビューを受けて、実際に話した。
しかしこれが難しいのは、事例が具体的にどのようなサイバー攻撃を受けたかというのは公開されていない。さらには取材しているはずのメディア企業も把握していない。となると、完全に予想になってしまうわけである。
それを例えば、復旧までにどれぐらいかかるのかとか、新たなサイバー攻撃だったのかというのは、質問する側からするとそういうことを聞きたいだろうけれど、実際にはわからないので、予想の予想で話すしかない。
しかしその予想で話すと、なかなか意味がないことを話しているように思える。例えば「7月末まで、あるいは1ヵ月以上かかるかもしれませんね」などといった発言だ。しかしこれでも何とか相手を納得させなければいけない。
それにしても、このような話を私に聞いてくれるメディア企業には感謝しかない。ありがとうございます。

2026年7月14日
今日は素晴らしかった。
講演の途中でスマホを触っている人がいたので「どうしたんですか? なんか問題ありますか?」と質問して、しばらく黙っていた。
講演の主催者からするとすごく災難であって、なんか不穏な空気が流れていた。しかし主催者の方はほんとにすごく良かった。あとで、「あれくらいやんないとだめですよね」と、私の態度をすごく褒めてくれた。これは非常に良かった。
もちろん主催者が私の態度にほんとに賛成してくれてたかどうかわからないんだけど、緊張感を高めることでかなり空気がピリッとなって、寝る人もいなくなったのは事実だった。
主催者の人が「いや、ほんとですよね。あれくらい伝えた方がいいですね」と言ってくれて嬉しかった
「聞いてる人のことを考えて、ああいうことは言わないでください」と言われるんじゃないかと思ったけれど、ありがたかった。
そしてこれは静岡県の企業なのだが、ほんとに大好きになった。こういうところだったら非常に協力したいと思う。
ところで、人生でもっとも重要なのは時間と思う。講演を聞くときに、寝たりスマホをいじって他のことをやるくらいなら、会場を出たほうが効率的だと思う。なぜ効率的な方法をとらないのだろう。つい寝てしまうことはあると思う。その時点で講演者から指摘されたら、外のソファで寝た方が快復につながる。

2026年7月13日
びっくりしました! どういうこと? みなさんわかります?
近くの店が潰れたら、なぜか漢文が置かれていました。普通は、なんか次の店が商売繁盛するように何か意味があるのかなぁと思ったら、完全に宗教的な意味でした。1日1日を大切にして、1秒1秒を大切にしなきゃダメだというような内容でした。
しかし、それにしても考えてしまうのは、ある店が潰れてしまって、このような漢文を掲示するオーナーはどのような精神構造なのでしょうか。多分いろいろな思いがあってのことだと思います。ほんとに様々な人がいるんだろうと思います。
ところで話を変えるんですが、本日、神奈川県まで電車で行ってきました。そうすると、目の前の女が足を組んでいました。私その前には立っていました。
そうすると、女の靴が私の足に当たりました。もちろんその女性はわかっていたと思います。しかし、私を気にすることなくスマートフォンをずっといじっていました。ずっと当たって、私の足を攻撃し続けました。
私はちょっと面白いと思って、ずっと自分の足に彼女のスニーカーがぶつかって、すねをどんどんどんどんと叩かれていました。
逆の立場だったらどうするかなぁと思いましたが、私は想像がつきませんでした。まさにシュールな芸術作品とも言えるような感じでした。
電車が揺れる。そうすると、女性の足が脛に触れる。
そうすると、テクノあるいはレイブのように揺れて、ビートを刻み続けました。これは現代芸術、あるいはポストモダンアートかもしれません。
まさかマイルドヤンキーと私が新しい音楽を奏でると思ってもいませんでした。やはり人間は日々学習のようです。

2026年7月12日
以前のこと。「不倫しているんです」と打ち明けられた。
中目黒でのフレンチで「相談したいことがある」と相談を受けていた。その相談自体はすぐに終わって、次の話になった。それが、その不倫の話だった。
私に相談を持ちかけてきた男性は、いわゆる文化人。一緒になったアナウンサーだか、共演者だか忘れたが、その女性との不倫ということだった。私の知識不足ゆえ、その女性の名前を聞いても思いつかなかった。
そこから、どんな話をしたか覚えていない。
さらに、その相談を受けた男性とも、いまは連絡をとっていない。たぶん、その男性からしても、もう私に利用価値はないんだろうと思う。
で、私は「こういうことか」と思った。私はもちろん何もしない。でも、なかには、情報漏洩させる人もいるだろう。仲が悪くなったら、なんでもするひといるからね。内通者しかいないと思うし、それは人間関係の悪化ゆえかもしれない。
それにしても、こういうしょうもないルートから不倫とか外にバレるんだと思う。

2026年7月11日(その2)
私は今朝、J-WAVEでメタルの解説をしたといった。いわゆるヘヴィメタルというのはバンドであるからして、様々な人間関係と無縁ではない。このような仕事をしているから、ヘヴィメタルのバンドのメンバーの人とお友達になって、いろいろ話を聞くことがある。
そこで思うんだが、ほとんど「音楽性の違い」と言って解散したり、メンバーが抜けるが、多くの場合はメンバーの人間関係によって抜けるのがほとんどということだ。まぁ、あえて言うと、後はお金の関係かな。これは結構厳しい現実だと思う。というのが、これはなかなか夫婦関係や知人関係や会社関係と同じだから、明確に言う人は少ないけれども、ずっとそばにいると仲が悪くなって、ずっとそばにいると、人間関係が悪くなってしまうというのが現実であるということだ。
これは非常に言いづらいことだけれども、ずっと仲が良かった場合は、適当な距離を保っている。あるいは、ほとんど会わないということがほとんどだ。
もっと言いにくい話をすると、人間というのは相当な配慮がないと、自分と付き合う人たちと良い関係になることができないから、普通だったら、そのとんでもない配慮というのはできないわけだ。だから、ある特定の人と仲良くなろうと思えば、ずっと会わないとか、ほとんど会わないとか、たまにしか会わないとか、それこそそういう配慮が必要なんだと思う。全く夢も希望もない話だ。

2026年7月11日
今日は朝5時に起きて、J-WAVEでヘビーメタルの解説をしました。それにしても、私のような立場の人間がヘビーメタル解説をするとは、人生の数奇さというものを感じるところであります。
しかしながら、私のようにヘビーメタルが好きで、そして経済的なつながりを解説できる人間も少ないでしょうから、その意味では貴重だと言えるということでしょうか。
ところで、その数時間後には、また違うテレビ局でファミリーレストランの歴史と優位性、そしてこれからの懸念について解説しておりました。
ここで思い出したのですが、もし私のように解説をするようになる人についてのアドバイスがあります。
それは、30分前までギリギリまで何でもいいから調べなさい、ということです。調べているといろいろな事実があります。そして、そのいろいろな事実を把握して、なんとなくでもいいので記憶しておくのです。
しかし、これが30分前というのが肝で、残り30分の場合はもう調べるのをやめてリラックスするんです。そして、何か違うことを考えるとか、全く異なることを調べるとかでもいいでしょう。
なぜかよくわかりませんが、直前の30分まではめちゃくちゃ頑張って、その直前の30分になったら突然違うことをやる、というのがうまい具合に思考を巡らせ、そして発表する内容、説明する内容をうまくブレンドすることができるようになると感じています。

2026年7月7日(その2)
①みなさんに人生の疑問を相談したい。
今日の朝、電話がかかってくる。留守電で「〇〇と申します、また電話します」と伝言。ふたたび、電話がかかってくる。留守電で「〇〇と申します、また電話します」と伝言。
このようなひとたちは時間をどう考えているのだろう。このあいだに、メールで情報を伝達するとか、電話でも「〇〇の件で、こういう用事で、こういうことを伝えたい」とかいってくれれば、そのあいだに考えることもできる。多くの場合、このような電話をするひとは無能なケースが大半だ。
日本人の丁寧な仕事もいいけれど、ぱっと連絡事項を伝達する効率くらいは追求してもいい。
②本日、山手線に乗っていたら、5歳くらいの男の子と、その母親が座っていた。男の子の声はデカかった。
「ママこれなに?」
「運動するやつ買ったんだよ」
「だからなに?」
「走るズボンだよ」
「なんで走るの?」
「健康になるためかな」
「そうだよね、太っているもんね」
まわりは笑いをこらえていた。客観的に、そこまで太ってはいないように思えたが。
ところでこれを「子どもは純粋で素直だね」という結論ではない。私は、きっと、この男の子は意図的に話していると思った。子どもって、意外に残酷じゃないかな。
(追伸)村上春樹さんの新作です。いきなり、設定についていけない! これこそ村上文学!

2026年7月7日
今日、羽田空港の到着口で、こういうことがあった。
20代くらいの女性が出口で待っていて、そして同じく20代くらいの男性が出てきた。どちらも痩せていて、黒いTシャツにマスク、キャップ、そして黒のジャージだった(相談して服装をあわせたのだろうか)。
女性が「わー」って感じで抱きしめようとすると、男性側が「おいおい」ってな感じで女性をはねのけた。
と思ったら、男性がキャリーバッグからプレゼントを渡して、女性を抱きしめた。ツンデレなのかようわからんな。
話は変わる。
ところで、現在、大阪で一人食事しているのだが、となりの露骨なパパ活はすごいね。
「いまから。どうするー?」
「どうするってー?」
「予約はしてんだけど、このうえの、グランフロント」
「うーん」
だってさ。
なお、男は禿げてメガネで紺色のポロシャツ着てて、ようわからんけど、マスクを左手につけてた。女性はめちゃ小柄で、白いTシャツに黒いロングスカートで、芸能関係に行きたいとか話してた。
声、でかいよ。みんな、もっと、静かに話そうぜ。

2026年7月6日
今日は大阪で仕事。東京に戻って、明日もまた大阪に戻る。
ところで、私は残念ながらスナックとかキャバクラに一人で行く勇気がない。これは、ほんとうに人生の楽しみを喪失しているかもしれない。
ほら、地方出張のときに、ふらっとスナックに寄れるひとがいるでしょう? うらやましいなー。私は恥ずかしい、というか、行けない。
飲食店も一人で行けずに、コンビニで済ますほど。
ただ、代わりに各地方の美術館にはたいてい行った。これまで、大半の出張先の美術館での企画展に行ったんじゃないかな。
それで、多くの場合は非常に感動している。たぶん地方の美術館の学芸員の方だろうが、驚きを与えようと思って美術展を開催しているはず。私は、うわーこんなすごい展示会を、と驚いている。
私は、シュルレアリスムがなんたら、とかいう解説をしたい気にかられる。でもね、そんな難しい話じゃない。
地方に行くでしょう。それで、美術館に行って、絵を撮影して、AIに解説をお願いするの。そうしたら、「うわー私って何も知らないことばかりだったんだなー」と思う。やってみてください。
私は、生きるとは、おのれの可能性を探し続ける営みではないか、と思っている。

2026年7月3日(その2)
今日はたくさんの山崎パンをもらいました。

2026年7月3日
飛行機に乗っていたら、CAさんから「スッキリ見てました」と言われた。これはすごいと思う。番組がすごいのであって、私がすごいの意味ではない。
しかしそれにしても、私だったらテレビに出ている解説者・文化人・コメンテーターとすれ違ったとしても、絶対に気づかない。いや、わからない。覚えていないと思う。
しかしある種の人は、顔を覚える能力にたけているようだ。私だったら服装が違うだけでも、多分友達であってもわからない気がする。
2026年7月2日
本日、朝から日テレのZIP出演で向かう。7月からの値上げなどについて説明。
その後に急いでオフィスでオンラインセミナー。さらに、対談の仕事。
夜は、ある音楽関係でお会いした方と会食。それがすげー面白い。さらに、会話の内容がITシステムの現在地について。なんと想像もしない世界で盛り上がっているんだろう。
これも人生の醍醐味。
2026年7月1日
今日は新しいAIの、ClaudeのSonnet 5を試行錯誤。これ、すごいんだけど、もうここまでくると、Opus 4.8との違いもようわからん。
それにしても、もうなんでもやってくれるし、仕事の棚卸しができる人はAIに任せられる。だけど、自分の仕事を定型的にぶった斬ることができなければ、ずっと自分でやるしかなくて非効率的になっちゃう。
たとえば、調達業務があるとして、交渉力よりも、「これはAIに任せられるのでは?」と妄想する力が必要ではないか?
なお、もうAIに人格を感じるのは当然であるが、AIのエージェントに名前つけてキャラにすると、ほぼ仲間みたいになっていく。数年で、たぶん既存の仕事は壊れるだろう。

2026年6月30日
今年のフジテレビの株主優待はガチャピンなのね。。。。
ところで、本日、ある車のセールス日本一と食事したんだけど、少しでも時間あったらずーっとセールスメールしているんですよ。すげーなー。
つねにメールして、営業したり、販売のメールしてんの。すげーよ。やっぱり、売る人は、なんでもやるんだよなー。私も頑張らなきゃなーと思います。
売ろうと思えば、全力でやりゃいいよね。

2026年6月29日
本日は朝からトレーニングで、昼にランチ、そして資料作成デイでした。
それにしても、今日、パソコンを見るために、某家電量販店に行きました。すると驚くことがあって。
質問したら「このパソコン、なんで並んでいるんだろ」って店員が言って。それで「待ってください」とお願いされました。
「は?」と思ったんですが、延々と待たされて「これ、もう販売していいようです」と言ってました。
「は?ってこっちですよ。そっちの販売の都合なんて知りませんよ」と伝えて去りました。
たぶん、このような無能がたくさん職場を混乱させていると思います。この店員はドヤ顔で「はい、売ってやるよ」という雰囲気でした。
職場でハラスメント、ハラスメント、と言われて、このような無能を放置せねばならない上司に心より同情します。

2026年6月28日
今日は群馬でした。バスが1時間半待ち!とは、つかれました!
ところで、本日、スポーツの同伴だったんですが、当たり前だけどナパーム・デスのTシャツ着てるお父さんなんて誰もいなくて完全なるアウェイ。
それにしても、世界の分断は凄いですね。
たとえば、三宅香帆さんの炎上なんて誰も知らないしなあ。だから、何にも気にする必要ないかもね。

2026年6月27日(その2)
今日、びっくりしたのは、地下鉄で前の方がPASMOかSuicaをタッチしたら二十万円と表示されたこと。うそー、なんでそんな高額をー?と思って調べたら、二万円が上限らしい。でも、間違いなく二十万円だったんですが。。。こんなことありますか?
なお、その後に、新幹線に乗ったんですが、後ろの席では10年目くらいの社員が、二年目くらいの社員に夢を語っていて、とても微笑ましかった。
というのも、この時代に夢を語る先輩なんて、めちゃくちゃいいじゃん。
夢をもとう。青臭い夢を。

2026年6月27日
群馬の奥地に向かって、バスに乗っていた。すると前方の右から、ほんとうに危ない、自動車がバスをカットインして入ってきた。
私は、もうちょっとで接触事故になるんじゃないかと思った。
そのときだ。運転手が
「のっ!」
と叫んだ。
たとえば、
「おいっ!」とか
「おっ!」とか
「うわっ」とか
「えー」とか
それだったら、想像がつく。
でも、「のっ!」というのは予想外で、私に余韻を残した。「のっ!」って何だったんだろう。
「ノってるね、あんた」なわけないし。
「のんけだよ、ぼくは」なはずないし。。。
運転手さんに、それだけは聞けなかった。
この一言が気になった。

2026年6月25日
飛行機に相当に乗っている私にだが、この数日で「飛行機初体験」を三つ経験した。
一つ目。
北海道に行ったときのことだ。機長からのアナウンスがあった。なんというのか、話しはじめた瞬間に、品の良さ、そして若さが伝わってきた。
機長は「ところで、個人的な話ではあるのですが」と切り出した。え、なに、なに?と思ったら「このフライトは、私が機長になって初のフライトです」と初フライトにたいする想いを語っていた。感動的なスピーチだった。
なお、エア・ドゥだった。
二つ目。
あるテレビ番組に出演するために飛行機に乗ったのだが、遅延に遅延を重ねて、めちゃくちゃギリギリだった。
その遅延理由が「飛行書類の不備」だった。なにそれ? 使用飛行機の遅延とかじゃないの? びっくり。書類不備ってなによ。
とプロデューサーに話したら笑っていた。なんか、稀にあるらしい。
三つ目。
ある中部地方での空港からのフライトでのこと。
隣の女性が頻繁にトイレにいくのね。それで、あからさまにタバコ、たぶん電子の臭いがする。紙巻きはさすがに吸わないにしても、電子を吸ってんだなー。
なんか反社みたいな女性だったが、フライト止めないよう気をつけてほしい。
だいぶ前は飛行機でタバコ吸えたが、いまは令和。もう、こそっとタバコはやめたほうがいい。

2026年6月24日
半導体某社に行ってまいりました。とにかく大きい。これまで見た工場のなかでも、めちゃくちゃでかい! 自動車の工場もこれに勝てるかどうか。。。
もう興奮してしまいました。
あれだけ微細な工程の前工程だけじゃなく後工程もやるっていうんでしょ。すげーなー。もう、狂気ですよ。日本として、もっというと日本人として応援したいなー。
それにしても、こういう場所にお呼びいただけて感謝。
現場にはすべてがあって、そこで感じる驚きが勉強になります。ものすごい。おそらく2ナノの半導体を作って、歩留を上げるなんて前人未到。
関係者も狂気だよなー。

2026年6月23日(その2)
スープストックに行ったら、女性の店員のネームプレートがイニシャルになっていた。
イニシャルで文字2文字、とても清々しい感じがして良いと思った。
そもそも名前をお客さんに伝える必要はなく、変に伝えると、ストーカーの恐れがあったり、住所が特定されたりするのは以前から言われていたことだ。それをイニシャルというのは、とても良い気がする。
ところで、本日はオンラインのセミナーが2回もあったので、さすがに話し疲れました。
明日は北海道なんですが、なんか忙しいなと思っていますけど、忙しい方が華であるということも言えますよね。

2026年6月23日
当たり前なのですが、再読してみると、ものすごく面白い本とか、なぜこの面白さを自分がわからなかったんだろうという本がたくさんありますよね。
実際に柄谷行人さんの本を読んでも全く興味がわかなかった。ところが、人生の重なりによって突然わかった気がしました。もちろん文字の意味ということはわかっていたのですが、本当の深いところまでわかっていなかったというか、そういうことがあると思うんです。
また話が変わるようなんですけども、先日、永井均さんの『マンガは哲学する』という本を再読したんですね。その時に、業田良家さんの漫画(『自虐の詩』)についてちょっと評価が厳しいんじゃないかなと思ったんですが、やっとその意味がわかりました。永井先生にむしろありがとうと言いたいと思います。

2026年6月20日(その3)
このところ、ずっと肌と頭皮を気にしている。タクシーに乗っていたときだが、MEGUMIさんが「乾燥はすべての敵だ」とおっしゃっていて、そのときから、肌をベタベタにしている。そして頭皮も薄毛にならないようにがんばろうと思う。
もしかすると、加齢に誰も抗えないかもしれないが、私だけでも抗い続けよう!
ビタブリッドジャパンの商品がいい。なお、この投稿はPRではないのでハッシュタグはつけない。


2026年6月20日(その2)
ちゃんみなさんが「1組で6曲同時ランクイン」ですよ。
このグラフは、2025年6月11日付のBillboard JAPAN 総合ソング・チャート「JAPAN Hot 100」(集計期間6月2日〜6月8日)で、ちゃんみなさんの楽曲が同時に何曲ランクインしたかを示したものです。棒の高さは曲数です。左がちゃんみなさんで6曲、右が比較対象の「一般的なアーティスト」で1曲です。
Hot 100は、ストリーミング、ダウンロード、CD、動画再生など複数の指標を合算した、日本の全楽曲が対象の総合ランキングです。100の枠を大勢のアーティストが分け合うため、ランクインできても1曲どまりというのが大多数です。比較に置いた「1曲」は、その週にランクインしたアーティストの最頻値(いちばん多いケース)を表しています。
その中で、ちゃんみなさんは「SAD SONG」を筆頭に、THE FIRST TAKEバージョン、「I hate this love song」「ハレンチ」「Never Grow Up」「B級」の6曲を同時に送り込みました。1曲のヒットが突出しているのではなく、複数の楽曲がそろってチャートに残っている点が、この数字の意味するところです。単発の当たりではなく、面で支持されている状態だと読み取れます。

2026年6月20日
今日、郵便局に行くと、ものすごく怒ったおじさんがいた。
本日は土曜日だから、土曜日に開いている窓口に郵便の受け取りを取りに来たのだ。
これは明らかにハラスメントである。「なんでこの郵便を持ち帰ったのか、この配達員を呼んでこい」とか、ずっと怒鳴っていた。窓口の人も困っていた。
そのおじさんはずっと叫び続けて、怒鳴り続けた。私はこういうところに入っていくのが得意なので、隣でわざとらしくずっとこの話を聞いていた。
これはハラスメントである。それは間違いない。しかしながら事実だけを書く。
どうやらそのおじさんは、金曜日の夜に再配達を依頼しているようだった。そしてその再配達のものは、昨日の時点で持っていないと、とてつもなく損失を被るものだったらしい。土曜日に受け取ったらかなりの損失が出たということだった。
その損失が出る理由がいまいちわからなかったが、何らかの議決権の行使なのか、あるいはそれを昨日中に入力しないと取引が成立せずに大きな損害をもたらすものだったようだ。
そしてそのおじさん曰く、配達員が勝手に持ち帰ってしまったと言う。
なぜならばそこには表札がないから。しかしおじさん曰く、最近は表札を出すと危ないので、そこに誰が住んでいるかは表札を出さなくなっている。さらに重要なことに、これまでの郵便物はここに自分が住んでいるということを知らせていたから、ちゃんと届いていた。
「なぜ今回だけが、表札がなく名前を確認できなかったので持ち帰ったのだ」ということを怒っていたようだった。
そして、ものすごい損害が出たから、これはどうするのだと。そしてそのおじさんは、「窓口の人に言っても仕方ないのはわかるが、この損害とあまりにもショックで怒ってしまう」ということを言っていた。
繰り返しハラスメントである。ただ事情を書いた。
そうそう。話変わるが、台湾の技報で書籍が参考にされました。

2026年6月19日
昨日、講演でクリッカーを借りたら、なんとUSBをつけっぱなしで帰宅!! 失礼しましたー!
今日は日テレ「every.」の取材からはじまって、福岡放送「めんたいワイド」に出演してまいりましたー。
思ったことなんですけれども、自分がそうなんですが、仕事を依頼する際には、「こういう結果をくれるはず」という方が対象になります。だから、どうしても以前に仕事を依頼した方になるんですね。
だから、新規の取引先はかなり不利ですよね。当たり前の話だが。メディアもコメントを求めるのは、どうしても、これまでのお付き合いのある文化人になりますよね。

2026年6月18日
栃木でのことなんですが。
セミナーの交流会で「私、坂口さんのこと知らなかったんですが、有名なんですねー」といわれました。
私は「いやー。私もあなたのこと知りませんでしたよー」といったんですね。
すると「私は一般人ですよ」といわれました。
私は「いやいや、私も一般人ですよ」といったのですが。。。なかなか伝わらず。。。。
で、私が「でも、私はあなたのこと知らないし、あなたは無名ですけれど、そんなこと、あえていわないですよ」というと、なんか嫌な雰囲気になりました。
以前なんですが、「このひとテレビに出ています。知ってますか?」と紹介されて「知りません。だれ?」といわれて、苦痛を受けたケースが何度もありました。こういう紹介はやめたほうがいいですよ。。。。と思うのですが、今日も傷つくひとがいるんでしょうね。

2026年6月17日
本日は、MicrosoftのCopilotを使った調達とか購買業務の改善を行うセミナーを行いました。
しかしびっくりしたのが、開催の12時間前にCopilotの新しいプランの発表があったことです。当然、資料が間に合いませんでした。Copilotがこれまでと違ってアプリとの連携をするとか、まぁいわゆるClaudeのCoworkのような機能ができるということです。
ほんとにそれにしても、AIと関係のあるセミナーをやってる人はびっくりしてるでしょうね。というのも、本を出そうとしても数ヶ月後には全く違うことになっています。さらにセミナーをやろうと思っても、当日に全く違う変更が入るわけですから、これは出版社とかセミナー会社泣かせといえますね。
しかし何とかやり切りました。それにしてもこれからは最先端のトピックにずっと追随する必要があるので、かなり厳しい時代になりそうですね。これからもがんばります。

2026年6月16日
もっちゅりん、なるドーナツです。
人気らしいのですが、私には味の違いはわかりませんでした!しかし、売れているのはうらやましい!
ところで、本日は朝から晩まで仕事でした。なんか、もっと説明がうまくなりたいなー

2026年6月15日
私は楳図かずおさんのファンなんですが、このところこのアクセサリーをずっとバッグにつけています。そうするとあまりにもおかしいのか注視される方がたくさんいます。そんなにおかしいでしょうか。
ところで本日は静岡に行きましてテレビに出ました。テレビに出るときに、あまりにも日焼けがひどかったらしくて濃厚にメイクをされました。どうなんでしょうか。
もう40代なので誰も私を気にする人はいないと思うのですが。。。
メイクはやってもらうと言う矛盾に付き合う今日この頃です。

2026年6月14日
本日は、恵比寿にCOCOBATを観に来て、SEIKIさんのギター、ならびに掟ポルシェさんのDJを堪能。
それにしてもS.O.Bは私が10代から観ているから、この活動歴の長さは、まじですごい。
おなじく、TAKE-SHITさんのスラップを真似たのが高校のころだから。。。全員が恐るべき活動ということか。。。

2026年6月13日
田村淳さんの番組に出ました。なんだか、ものすごくスタッフの皆様から優しくしてもらっています。
それにしても、毎週テレビ番組のコメンテーターやってましたが、それでも、手短にコメントまとめるのは精進せねばなりませんね。
コメンテーターのみなさんは頭いいんだろうなー。がんばりますー

2026年6月12日
今日は朝から会議で、そのまま福岡へ。「めんたいワイド」に出て、日帰り。大変だが、このあいだ、相当な量の読書ができる。今日は、6冊くらいは読んだ。それにしても、ずっーと、咳している人はどうしたのか。休めよ。
夜はSpaceXの上場ですか。激上がりするのか楽しみ。
ところで、弊社の新たなロゴ。デスメタルがモチーフだが。。。。大丈夫かな。

2026年6月11日(その3)
オリコンの歴史は約60年。その間、デビュー曲から初週30万枚超えを続けられた最長記録は12作でした。
King & Princeはこの壁を突き抜け、18作連続。史上初の領域を、いまも一人で走り続けています。なお私がキンプリの記事を書きました。いまだに応援しています!
#キンプリ
#King &Prince

2026年6月11日(その2)
白金高輪の小道で朝9時のことですが、信号待ちをしていると、20代後半くらいの女性が私の左から右に通り過ぎました。綺麗な黒髪の女性。
すると、入れ替わりで、右から左に、50代くらいの女性が通りすぎました。同じく黒髪でしたが化粧はなさっておらず、口を開けながら歩いていました。
なぜ記憶に残ったかというと、そのお二人の女性が似ていて、もっといえば、前者の将来はこんな感じになるのかな、と思わせるような雰囲気でした。
ひとは誰もが加齢します。
ただそれだけなのですが、なんとなく感慨ぶかい私でした。
2026年6月11日
このところ銀行とか空港で話しかけられることが多い。まぁ銀行はほとんど行かなくなったけど、税金を払うときは行かなければいけない。それでクレジットカードとか何かのサービスとかを紹介されるんだけど、ほとんど加入したいものがないし、これ以上カードを増やす気もないし、いろいろ困る。
その時に「いりません」と言うのも困るだろうし、どうしようかなぁと思っていたときに良い断り方を見つけた。「今お時間よろしいでしょうか」と言われた瞬間に、私は「私は、お役に立てることはなさそうですが、お仕事頑張ってください」と言うのだ。そうすると僕の経験では100%の確率でにこっと笑顔を返してくれて、すぐ立ち去ってくれる。
ところで、本日は静岡のテレビに出ていたが、私の知り合いのレジリアの調査が引用されていた。まぁいろんなところで頑張ってる人がいるんだよなぁ。私も頑張らなければいけないと思いました。静岡を後にします。

2026年6月9日(その2)
こんなメールがきた。すごい。こういう文章をくれるなんて、さすが我が友人。
どうやったらこんな文章が書けるだろう。だって15年後だよ。私も、こういう文章を書いて感銘を与えたい。

2026年6月9日
臼井孝さんと、音楽談話。きわめて面白かったので、ぜひお聴きください。サザンのファンにも面白いはずですね。80年代のアイドルから縦横無尽にサザンのマーケティングまで!
2026年6月7日(その3)
BE:FIRSTの凄さを調査したいと思って、分析しグラフ化をしました。 BE:FIRST の凄みは1位を積み上げる「速さ」にあります。オリコン週間デジタルシングルランキングで、2026年3月に通算22作目の1位を獲得し、歴代単独トップに立ちました。
ただ、数だけでは比較になりません。そこで、同じ指標の歴代上位アーティストについて、それぞれの「初の1位」から何年で何作積み上げたかを平均し、同じ物差しで並べました。初1位から4年半の時点で、上位勢の平均は12作。BE:FIRSTは22作です。歴代でもっとも速かった人たちの、さらに約2倍のペースということになります。
デビュー前の楽曲で初の1位を取り、そのまま走り続けた4年半でした。記録はいまも更新中です。

2026年6月7日(その2)
本日子供の用事で南青山に行きました。
そうすると南青山で30分ほど時間があったので喫茶店に入りました。カフェと言うよりも喫茶店と言う名称がぴったりの場所でした。
そうすると隣の机だったんですが、金髪で異常に髪の毛が長い女性と、若ハゲなんで全身をブランド物で固めたような男性が話していました。
すると、女性が、マンジャロがもうこれから処方されなくなったから、どうしようかとか言いながら、女性が突然泣き始めたんですよね。もうお客いないわーとか、もう体型がなんたら、とか。
「普通に不摂生すんなよ」と、わたしを含めた客が思っていたんじゃないか、と。
ところで、女性って、そんなに痩せてるのが重要?普通でよくない? やせるのはいいけど、やせすぎは、そこまで必要?
なんてことは言えない世の中なんで、みんな痩せたがる、ということかなあ。

2026年6月7日
このところスピッツの曲の長さを調べている。図でいうと、オレンジ色がスピッツで、青色が世間のヒット曲だ。現在は、曲のはじめっからサビで飽きさせない構成が求められる。サブスクだから、すぐに飛ばされてしまうからだ。だから次々に曲を展開するバンドもある。
ただスピッツは世の中の流行がどうであれ、自分たちのスタイルを守っているといえよう。そしてスピッツは迎合する必要がない、ともいえるだろう。私のスピッツにたいする考えは下記に書いてある。
https://natalie.mu/music/column/338810/page/2

2026年6月6日
股間を触る70代の夫婦。
本日、次男と綾部駅近くの「すき家」に入る。すると、70代の夫婦が大声で話している。息子夫婦がどうだ、とか。ちかくの知人が不倫したとか、なんだかんだ。
下品を人間にしたみたいな感じ。
「この下品さが人間だなあ」としみじみ感じていた。しかし、ちょっと気になったのが、奥様が、話すとき、なんだかドラムのバスドラをキックするように旦那氏の股間を叩いていたこと。
どん、どん、どん。
しかも旦那氏は当然のように、叩かれながら牛丼くってた。シュールでアートのようだった。下品でなんだか大衆芸術のようだった。
なんだか、私は四人囃子の佐久間さんのベースを思い出して、次男にお詫びして自分だけ聴いて悦に入った。

2026年6月5日
青森にある寺山修司の美術館なんですが、高校から読んできた私にとったらほんとうに感慨深いんですね。
大学の頃なんですが、ある女性と原一男さんのドキュメンタリー映画「ゆきゆきて、神軍」のリバイバルを観に行ったことがあります。彼女は精神分析の観点から「ゆきゆきて」の奥崎謙三さんを見ていました。ただ、私は原さんのドキュメンタリー的ヤラセ(ほめ言葉です)に圧倒されました。
その後、私は阪大だったのですが、図書館で奥崎謙三関連リサーチをしていたら、文学部の男性から話しかけられ「私は卒論で奥崎謙三論を書いている」といわれました。そして、その後に浅田彰さんが奥崎謙三について書いた文章について話したのでした。
その後、大学内の演劇サークルに顔を出したら、寺山修司の話になって、たしか書籍「何もない空間」だったと思いますが、演劇論と演技論(メソッド、などの話です)を議論していました。
いま考えると、現在の私はもはや調達なる領域で演劇をしているようなものかもしれません。

2026年6月4日(その2)
大森元貴さん(Mrs. GREEN APPLE)の歌詞世界について考えています。なんつーか、『僕のこと』を聴いたときに、うわっとおもって。
「自分の心だけが確かで、他人の心は確かめられない」という独我論・他我問題の視点でありつつ、「僕と君」の違いへの怯えは、他者も自分と同じ心を持つのかという疑いだと読めるんですね。「狭い広い世界」はカント的な主観と客観のねじれを表しているとしか思えないし、世界は頭の中にしかないからこそ無限にも広がる、と捉えられます。私はそうとしか読めない。
さらに「奇跡は死んでいる」と安易な救いを退けつつ、歩んできた日々=「軌跡」を絶対的に肯定する転換がある、これはもしかすると、大森さんのなかにはヘーゲル的な『アウフヘーベン』の弁証法があったのかな。
孤独な主観の檻から出発し、意図的に逆転させながら世界を肯定する。こういう歌詞を書けるひとは、J-POPシーンでいなかったんじゃないかな、と思います。大森さんの歌が孤独に寄り添う理由はここにあるんでしょう。

2026年6月4日
このところ、公的な仕事を受けると、現場での志の高さに驚く。私はナショナリストではない。しかし、他国と比べて真面目さと優秀さがちがうのだ。
なぜこんな真面目な人たちばかりなのに日本は稼げないんだろうなあ。経営が変われば、きっと躍進すると確信している。

2026年6月2日
以前、私が日本テレビ「スッキリ」に出ていた時に、櫻井翔さんとご一緒したことがありました。何も記憶がないのですが、何かの話題を振られた時に私が櫻井さんの隣にいて緊張して答えられなかったことがあります。その時に私は「櫻井さんがかっこよくて緊張して答えられません」と言ってしまいました(なぜかウケていました)。
というのも、実は私は櫻井さんに、それ以前から音楽の観点でずっと注目してきたのでした。
櫻井翔さんがヒップホップカルチャーと深い繋がりを持つに至った背景には、90年代中葉の日本語ラップ黄金期との幸福な遭遇があります。彼が本格的にラップに傾倒したのは中学3年生の時期で、その決定的な原体験となったのが、1996年7月7日に日比谷野外音楽堂で開催された伝説的イベント「さんピンCAMP」でした。このイベントは、当時の日本のアンダーグラウンド・ヒップホップシーンを牽引していたアーティストが一堂に会した、日本語ラップの金字塔ともいえる出来事です。櫻井さん自身、この「さんピン世代」のアーティストたちを自身の「青春」として挙げており、その深い造詣が「サクラップ」の血脈を形成しています。
櫻井さんのラップは、昨今流行している徹底的にアメリカナイズされた洋楽的なトラップスタイルとは一線を画しています。日本語を比較的明瞭に発音し、まるで伝統的な俳句のように音節(シラブル)を当てはめていくアプローチは、この90年代日本語ラップ黄金期のエッセンスを忠実に継承し、磨き上げた結果といえるでしょう。
日本語ラップの歴史において、日本語という言語そのものが抱える構造的課題は、常にラッパーたちを悩ませてきました。英語が比較的ライムしやすいのに対し、日本語は文末に動詞や助動詞が配置される言語構造を持つため、自然に押韻を繰り返そうとすると倒置法を多用せざるを得ず、不自然な文脈になりやすい。また、子音と母音が常に結合した音節構造(または母音のみの構成)を持つため、安易な韻は単調に響きやすく、高度な韻としての効果を得るためには、長めに凝った韻(マルチライム)を慎重に設計する必要があります。
櫻井さんは、このような日本語の音楽的・言語学的制約に対して、論理的かつ誠実な手法でアプローチを試みました。トリッキーな早口やフロウの崩しに逃げることなく、母音の響きを正確に合わせることで堅実に韻を踏み、同時に高い「聞き取りやすさ」と「メッセージ性」を確保しています。
さらに、櫻井さんが試みた大胆な変革は、ヒップホップにおける二人称および呼びかけのドメインを「アイドルの文脈」へと精緻に翻訳したことです。ストリートのヒップホップでは他者や聴き手に対して「お前」という荒々しい二人称が一般的に使用されますが、これはポップシーンにおける聴き手との距離を隔てる要因にもなりかねません。櫻井さんは、自身のラップにおいて「君」「あなた」「貴方/貴女」といった丁寧で紳士的な二人称を、楽曲の成熟度やテーマに応じて使い分けました。こうした言語学的配慮はライブパフォーマンスにおける「煽り」にも一貫していて、Put your hands up! のような定番フレーズに並んで、「日本全国、ご唱和ください!」「お手を拝借!」といった丁寧な日本語の語彙を動員し、東京ドームをはじめとする巨大なドーム会場の全観客を一人残らずエンターテインメントの渦に巻き込む独自の手法を確立しました。
櫻井翔さんのラップキャリアは、その洗練された現代のパブリックイメージからは想像もつかないほどの「反逆心」と「ストリートへの憧憬」から始まっています。ジュニア時代、櫻井さんは派手な金髪を立てた髪型にへそピアスを開けるなど、当時のストリートカルチャーやヒップホップの攻撃的な記号を身にまとっていました。彼を慕うKAT-TUNの上田竜也さんが当時の櫻井さんを「KAT-TUNの中で“悪のカリスマ”」と回想するように、彼の初期衝動はまさに既存の体制に対するオルタナティブな抵抗そのものでした。この反骨精神は、彼がm-floのVERBALさんから「櫻井くんなんで自分でラップ書かないの?」と促され、当時のジャニーズ事務所としては極めて異例であった自作リリックの執筆を志したことによって、音楽的な実践へと昇華されます。
櫻井翔さんのヒップホップへのアプローチにおいて、批評的に価値が高いのが「Hip Pop Boogie」に込められたマニフェストです。この楽曲の中で櫻井さんは、「罵り合い大会なんて僕らは見たくないんだい」と述べ、従来のヒップホップにおける負のインフラであるビーフ(個人間の罵り合い)や対立構造を明確に否定します。そして、アンダーグラウンドのラッパーから向けられるであろう「温室育ちのアイドル」という冷ややかな視線を逆手に取り、「温室の雑草がマイク持つRAP SONG」というアイロニカルで強固なボースト(自己誇示)へと反転させました。この「温室の雑草」という表現には、過酷な芸能界という特殊な環境(温室)において、偏見を浴びながらも雑草のごとくタフに生き抜いてきた自負が込められています。櫻井さんは、ストリートの過酷さだけがラップのリアルではないことを自らのペン("mic and pen")で証明しました。慶應義塾大学卒業というインテリジェンスを武器に「大卒のアイドルがタイトルを奪い取る」と宣言する彼の姿は、従来のラッパーたちが依存していた「フッド(地元)や貧困からの成り上がり」というリアルとは別の次元に存在する、全く新しい形態の「リアリティ」を提示したのです。
この「アイドルのほうが逆にリアリティを獲得してしまった」という歴史的反転は、日本の音楽文化において意義深いものでした。アンダーグラウンドの表現に敬意を払い、その様式を真摯に学習しながらも、決して己の置かれた状況から逃げることなく、メインストリームという巨大な舞台で「MY LIFE IS MY MESSAGE」を貫徹したこと。これこそが、櫻井翔さんが他の誰よりも深くヒップホップを理解し、その精神において「リアル」たり得た本質的理由ではないでしょうか。
櫻井さんが四半世紀にわたって耕し、種を撒いてきた「メインストリームにおける本格的なラップ」という表現領域は、現在の日本の音楽シーンにおいて豊かな実を結んでいます。今日のダンス&ボーカルグループやK-POPグループ、ひいては国内のアイドルグループにおいて、本格的なラップスキルを備えたメンバーを擁することはグローバルな標準(スタンダード)となっていますが、この地平の先駆者が櫻井さんであったことは歴史的事実といえるでしょう。
この系譜は、2024年に行われた象徴的なコラボレーションにおいて完璧な形で提示されました。『THE MUSIC DAY 2024』では、まずELLY、田中樹、RYOKIの3人がエミネム「Lose Yourself」を披露し、総合司会である櫻井さんはピアノのイントロを奏でて幕を開けました。続くラップメドレーではNiziUのMAYUKA、RIMAも加わり、計5人による「Pump It」の中で、サプライズで櫻井さん自らもラップに加わりました。この一連の演出は、日本の音楽史における「開拓者から次世代への魂の継承」を可視化したものでした。また、同年冬の『ベストアーティスト2024』において、かつて自身に自作リリックの執筆を促した恩師・VERBALさん(m-flo)と同じステージに立ち、書き下ろしのコラボパフォーマンスを行ったことも、彼がラップという文化への愛を絶やすことなく持ち続けていることの何よりの証明です。これらの出来事は、櫻井翔さんが単なる「過去のブームの立役者」ではなく、今なお日本のラップミュージックの文脈において、シーンを繋ぐ重要なハブとして機能し続けていることを示しています。
最後に……。なぜ嵐は嵐のように過ぎ去ってしまったのでしょうか。いや、おそらく、日本が戦後に成立させた奇跡のようなものだったに違いありません。

2026年6月1日
クレジットカードの不正利用が疑われるということで緊急のメールが来た。しかし緊急のメールを開くとメンテナンス中で開けないと言う。なかなか面白い事象ではある。

2026年5月31日(その3)
ドン・キホーテに「白黒ビール」を買いに行く。最大コストが7%下がるよう。さすが商売人。
さらに「シャインマスカットボンボン」が600円で売られていた。かつては数千円していた。なんということだろう。ドン・キホーテはすごいなあ。

2026年5月31日(その2)
書道展に行ってきた。ばっちり私が写っている。これは「無」である。なぜ無、か。調べてみた。どうも、無とは、「舞う」からきているらしい。心を消して踊り、いまに集中すること。なるほど、だから無なんだよねえ。まさに仏教的です。何がある、ということは、突き詰めると何が無い境地にいたる。なるほど。。。

2026年5月31日
あまりにもヘビーメタルという音楽が好きすぎてメタルスキルと呼んでしまった。これは渋谷の本屋だ。
ところで渋谷の本屋でしばらく見ていたが、面白そうな本があまりにもなかった。これは本屋のせいというよりもどうしてもネットで探したほうがいいということになるのだろう。
このところスポーツの動画分析をプログラミングで行うという本をたくさん読んでいる。そしてあるいはランキング分析とか、そして体の姿勢分析といったものをいかにプログラミングでするかというのを読んでいる。しかしそれらをほとんど一般的な本屋で売っておらず、英語の専門書をAmazon経由で買うということになる。日本語の訳のものは面白いものもある。けれども、やはり絶対数が足りない。こうなると日本の本屋に行っても意味がないわけであり、ネット本屋に頼ることになる。
その他サプライチェーンのディープティア分析をプログラミングでやろうとした時も日本語ではなかった。そこでやはり英語の本しかない。日本語の本は生き残るのだろうか。

2026年5月30日(その3)
このところ信じられないほどテレビのインタビューを受けている。具体的にはナフサ不足でどうなるかという話だ。ナフサといっても、おそらく2ヶ月ほど前の方々としては1度も聞いたことがなかったに違いない。私のように自動車とか電気とかでナフサ連動の価格を交渉していた人であれば、日常的だろうが、一般的な人はそんなはずないはずだ。おそらくナフサというのは流行語大賞になるだろう。

2026年5月30日(その2)
丸山さんからもらったこのメッセージだが、ほとんどシュールで現代アートといってもいいかもしれない。いや、あまりにもシュールすぎて、シュールリアリズムすらも超えてしまっているようだ。

2026年5月30日
それにしても、このところジムに通っているのだが、びっくりするのがその人数だ。結構な人数がやってきているし、やはりジムをやっている人は健康意識が高いのか分からないけれども、健康的な方が多いように感じる。
2026年5月29日
本日は加藤浩次さんの番組である。TBSのがっちりマンデーの収録に参加した。それにしてもいつも思うんだけども、この番組はすごくスタッフを抱えていて、ものすごく丁寧な番組作りをしている。やはりテレビというものは生き残ろうと思ったらこれぐらい丁寧な仕事をしなければいけないのだろうか。それにしても、もっとびっくりするのは、この番組にかけるスタッフの方々の情熱だけではなく、この番組に商品を捧げる企業の人達についてだ。やっぱりこの番組に取り上げられるとすごいのだろうか、すごく皆さんが真剣に取り合っているのがわかる。すごいよなぁ。それにしても今日は丸山さんからまた写真の通りお菓子をもらったのだが、ほとんど一言も意味がわからない。これもやっぱり才能というものだろうか。それにしてもこれくらいぶっ飛んでいないと現代社会では目指さないという意味なのかもしれない。そしてもほんとに丸山さんすごい、これはほんとにどう言ってわかるかわからないけどほんとにすごい。そしてその後私は福岡FBSの「めんたいワイド」にリモート出演をした。この番組もすごく熱意がこもっていて、スタッフの方の熱情がよくわかる。いつもありがとう。
2026年5月28日(その3)
今日、久々にある人から電話があったというのが、共通の知人が死んだらしい。47歳、大腸癌だったそうだ。大腸癌というのは、50歳とか60歳とか70歳で死ぬものだと思っていた。しかし、大腸癌で死ぬこともあるんだなとびっくりした。相当なポリープがあったようだ。だけど、そういうのってわからないもんだろうか。やっぱり内視鏡検査というのは重要だ。これは40歳と50歳になったら。同年代が集まったら、健康ネタばかり話すとよく言うけど、やっぱり死んでしまうからだろうか。よくわかった。
2026年5月28日(その2)
本日健康診断だったんだけども、エレベーターに乗るときに、ものすごくしかめっ面する人がいた。たくさんの人が乗ってきていて、その人が一番エレベーターのボタンの近くにいたのに、開くボタンを押さなかった。そうすると途中で80歳ぐらいの男性がエレベーターに。ドアにぶつかっていた。そうすると、その人は笑っていた。多分、この人は本当に意地悪なんだろう。そして、その人が呼ばれていたんだけど、相当な病気のようだ、この人は。意地悪だからその病気になったとは言わないが、多分そこに関係があるんじゃないだろうか。
2026年5月28日
やばっ!高校のときのやつじゃん!
