AI時代に求められるのは「答え」ではなく、「考える力」なのかもしれない 【2026/07/17】
1.教員になって15年、感じる学生の変化
大学で教え始めて、今年で15年目になった。
この15年間で、学生たちは少しずつ変化してきたように感じる。
もちろん、偏差値だけで学力は測れないし、「昔の学生の方が優秀だった」と言いたいわけでもない。
私が感じるのは、「勉強してきた量」と「勉強との向き合い方」の違いである。
推薦入試や総合型選抜で入学してくる学生には、毎日コツコツ努力を積み重ねるタイプが多い。授業にも集中し、小テストも着実に点数を取る。そうした学生が増えたことも事実だ。
一方で、大学が多様な学生を受け入れるようになったことで、学習習慣そのものが十分に身についていない学生に出会う機会も増えた。
授業では理解できても、自宅で復習する習慣がない。
ノートを見れば答えられるけれど、何も見ずには思い出せない。
そんな場面に出会うたび、「何を教えるべきなのだろう」と考えることが増えた。
2.ある出来事が考えさせてくれたこと
期末試験を終えたあと、学生とのやり取りの中で、少し驚くような言葉を耳にした。
本人にとっては軽い冗談だったのかもしれない。
悪気もなかったのだろう。
しかし、その何気ない一言が、私の心には思いのほか残った。
もちろん、大学教員をしていれば、「単位をください」と言われることは珍しくない。
学生は焦り、不安になり、つい口にしてしまうこともある。
それでも、その出来事を通して私が考えたのは、成績のことではなかった。
「努力する前に、別の方法で解決できないか」と考えてしまう感覚が、少しずつ当たり前になっているのではないか。
そんなことを考え始めたのである。
3.AI時代だからこそ、基礎学習の価値
今は、わからないことがあれば検索すればよい。
AIに質問すれば、答えも文章もすぐに返ってくる。
私自身も仕事や学習でAIを活用しており、その便利さを日々実感している。
だからAIを否定したいわけではない。
むしろ、基礎が身についた人にとって、AIはこれ以上ない学習のパートナーになる。
外国語学習でも同じである。
発音を確認する。
作文を添削してもらう。
自然な表現を教えてもらう。
どれも非常に効果的だ。
しかし、その前提となる基礎は、自分で積み重ねなければならない。
例えば、フランス語なら動詞活用を覚えること。
何度も声に出し、何度も書く。
漢字を覚えるのと同じように、地道な反復は今も変わらず必要だと思う。
AIは、その土台の上では大きな力になる。
けれど、土台そのものを代わりに作ってくれるわけではない。
4.娘の世代に残したいもの
今回の出来事をきっかけに、教育について改めて考えた。
これからの時代、本当に必要なのは何だろう。
知識だろうか。
AIを使いこなす力だろうか。
もちろん、それらも重要である。
しかし、その前に必要なのは、「考える習慣」なのではないかと思う。
だから私は、家では娘にYouTubeを自由には見せず、中学生まではスマートフォンも持たせないと決めている。
わからないことは学校のタブレットで調べてもいい。
でも、まずは「一緒に考えてみよう」と声をかけている。
答えを知ることは大切だ。
けれど、それ以上に大切なのは、答えにたどり着くまで考え続ける力ではないだろうか。
教員になって15年。
学生たちとの日々は、教えるだけではなく、私自身が教育について学び続ける時間でもある。
あの日の何気ない一言は、一人の学生の話ではなく、AIとともに生きる時代の「学ぶ」ということを、改めて考えさせてくれた出来事だった。
今日のタロット
今日のカードは、「愚者(The Fool)」の正位置だった。

愚者は、何も考えていない人ではない。
先入観に縛られず、新しい世界へ一歩踏み出す勇気と、未知の世界を楽しむ純粋な心を象徴するカードである。
今日の私は、学生との出来事をきっかけに、「これからの教育とは何か」「AI時代に本当に必要な力とは何か」と考え続けていた。
答えはまだ見つからない。
けれど、それでいいのかもしれない。
教育に絶対の正解はない。
AIが急速に進化する今だからこそ、私たち大人も、「昔はこうだった」と立ち止まるのではなく、新しい時代を学び続ける姿勢が求められているのだろう。
娘が大人になる頃、教育は今とはまったく違う形になっているかもしれない。
だからこそ、答えを与えることよりも、自分で考え続ける力を育てたい。
そして私自身も、一人の教育者として、固定観念にとらわれず学び続ける「愚者」でありたいと思う。
