令和八年 三月【月鏡】土師 花はさくなり
三月一日(正月十三日)
新暦お朔日
土日に重なり、早朝から賑わい。




小豆粥をたべた。
七生さんに会えそうな気がした。と仰って。
神馬牽参で、今週もう三度目のお二人に遭遇した👀
マンションの隣人には一年に三度も会わない。
神との対話は一対一だけれど、誰かと一緒の奉拝もすき。
あぁ、あの時ここであの方とご一緒したなぁ。
あの時、こう仰っていたなぁ。
こんなハプニングがあったなぁ。
人の温度感が一緒に記憶に残る。
旧暦

子どもの頃、母が島にお盆のお供えを送るのに
いつも旧暦を調べていた。
あっちは旧暦やから。とだけきいていて
子ども心に、地域によって慣習がちがうんやなぁ。くらいに思っていた。
確かに慣習といえば慣習だけれども
常に旧暦と月齢の記されたカレンダーで過ごすのには
脈々と続く拝みが根底にあることを知らなかった。
のろの神屋に行った時、壁に貼られたカレンダーをみて懐かしく思った。
旧暦大晦日は、方言でトゥシヌユールと書かれたりするが片仮名だとなんだかわからない。
「年の夜」だ。
おおきなもの
諸事情あり、三月頭は、伊勢と東京を行ったりきたり。
家にいると何か気配があるようだ。
大きな大きな何者かが、何故か私と伊勢に行きたいらしい。
一体どなたなのですか。
神さまですか人ですか。
何があったのですか。
朝、列車の中で酒を呑んでほしいらしい。
朝っぱらからですか⁉︎
仕方がないからコンビニで小さな日本酒を買う。
始発前のコンビニで夜明け前、ひとり日本酒だけを買う女。どうかしてる。
新幹線で酒を鞄から出しただけで、大層およろこび。
そもそもお連れして大丈夫なのか。
着いたら伊勢で何とかしてくれるのだという。
何とかとは何か?
千と千尋のお腐れさまを思い出した。
よきかなぁ?にがよもぎないです。
もしかして、上巳の節句だからなのか!👀
湯屋ならあります。
薬湯にお入りいただけますか。
一緒に宇治橋を渡るのですか。
一体どなたなのですか。


母は、蓬がすきで蓬餅ばかりたべていた。
島でも、蓬の餅をつくる。クマタケランの葉に包む。
朝から雨の中、内宮参拝でびしょ濡れ。
ついてこられた大きな何者かについて、瀧祭神にご相談した。よきにはからっていただけますよう。
大切な御役目がおありかもしれません。
Tさんと参拝をご一緒したら、いつもの衛士さんに遭遇した。なかよしの人は、大体共通の人となかよしなのはご縁なのだろう。
翌日は、忌火が産まれる瞬間を拝みにいく。
忌火
忌火が産まれる瞬間をみに。
間近にみられるのは三月ですよ。と何度もお話を伺っていたし、宿にも偶然空き部屋がでた。






早朝6時半のバスに乗る予定だったけれど、お友だちが自分も奉拝したいから一緒に行くと言って、朝から迎えにきてくれた。
渡りに船
数名が朝から固唾をのんで、忌火が産まれる瞬間を見守る。お産のようだ。
ご近所の方が、赤ちゃんを抱いていらしていて
ずっとすやすや眠っているおとなしいお子さんだったけれど、忌火が産まれるほんの一瞬だけ、声をあげた。
わかるんやなぁ👶
停電
初日は、竈門の火が安定するまで1.5〜2時間がかかると仰っていたので、その間、内宮に参拝に。
戻る形になるが、友人は毎朝参拝していて、きょうは忌火のために先にこちらに来た形だったので同行した。
すると、路の信号もコンビニもすべて電気が消えている。
伊勢市全域停電。三重広域。


御塩殿の中では、忌火に集中していて全く気づかず。
おはらいまちは店も開けられず。
炭火焼きで、現金決済の店だけが真っ暗な中、何かを焼いていた。火は尊い。
内宮を参拝し終わり、宇治橋を渡った所で復旧。
神宮の中はいつも通り。祈りには影響なし。
(ただし、トイレは利用不可…)
不思議な時間だった。
電気もまた尊いのだ。
宇治橋で、天長祭でお会いした衛士さんにも再会できたので、御礼を申し上げた。
御塩焼き固め
御塩殿へ戻る途中、停電騒ぎで時間がかかってしまった。
朝、お会いしたカメラマンの方が帰られる所で、すれ違いざまに手を振って下さった。
まずい。終わってしまうかも!急ぐ!
御塩殿に戻ると、きのう宿で居合わせたばかりの女性が私に手を振っていた👀
ぎりぎり最後に、間に合った。
彼女は、御塩をみるため連泊にしたのだと仰る。
昨日お帰りになったのかとおもっていた!



御塩焼き固めを一緒に拝見し、たくさん貴重なお話しを伺い、二人で御礼を申し上げ駅まで歩いた。
二見の赤福でお茶をご一緒した🍵
昨夜は、夕方私とばったり会ったのは、後から考えたら、あぁ、昨日の時点でご縁のセッティングだったのだなぁ。と気付く。


明治天皇
行ったりきたりの旅程が終わり東京へ。
元の三月の参拝予定は月末。また参ります。

書き記さないが、とても大切なキッカケがあった。
大切であればある程、胸のうちに留めおくことになる。
そういう出来事が増えた。
新幹線の車内で明治天皇のこと、御遷宮のことを考えながらの帰路となる。
近世に至るまで伊勢の神宮に参った天皇はいらっしゃらなかった。剣璽同座の意味。御神楽が奏上されるに至るまでの様々な経緯。
明治天皇の御心、神宮の神職さんたちの御心。
その他にもたくさんの人々のいろいろなおもいが渾然一体となり、今がある。
正倉院の筆

攀桂堂さんの雀頭筆を日本画家のAさんが買われ、それが正倉院の筆と同じ製法であったという話から、盛り上がり、その筆について國學院大学で講義があると教えて下さった。
宮内庁正倉院事務所長、前事務所長、天平筆を作られている攀桂堂第十五代藤野雲平氏をはじめ、正倉院の筆の研究に携わられた有識者の方々の登壇。
朝晩仕事をすることにして、日中足を運ぶ。
「筆」という字は「聿」が元になっている。
講義の間中、筆の役割りについて考えてしまった。
「筆」「律」「書」「津」「建」
筆の中に螺旋状に紙を巻く
インクタンクのような役割をして、非常に墨もちがよいというけれど、それ以外の意味もあるような気がしてならない。
日本画家のAさん大学教授のYさん、おふたりは眼をきらきらさせながら國學院へいらした👀✨
尊敬する大好きなおふたり。
立派な方なのに、何モノでもない私にも垣根なく接して下さる。
講義のあと三人でお食事を。
雀頭筆を見せていただきながら、大興奮。
こんなご縁も、篆刻家の先生のおかげ。



勅封
その日の朝、拝所の夢をみた。
講義の前、國學院大学博物館をひとり拝観。
入口には石棺。
三輪山の祭祀に関して、臼玉の展示があった。

先週、斎宮で皇大神宮境内から出土したものを拝見したばかりだ。玉にばかり注力していたが、はっとした。
すべてではないが糸が朱い。



一月「糸をどのようにすればよいですか」とお尋ねした私の問いに、夢で「あかね」という啓示があった。
やはり日本茜なのだろうか。
日本茜は、日の丸の日をあかく染めた。
三輪山の祭祀に関するもの
伊勢の神宮に関するもの
大嘗祭に関するもの
賀茂御祖神社の祓具に関するもの
すべての展示物が一気に押し寄せてくるような感覚で、展示室で動けなくなってしまった。
私が、正倉院の筆が気になった理由は「勅封」
扉の鑰を閉め麻縄をかける。
天皇の御親署を捧げ持ち、麻縄に巻く。
その上から竹の皮をさらに巻き、包む。
その上に勅使の方が署名された紙を挟み、麻紐で結ぶ。
最後に割印のように上から墨で印を入れる。
そこに筆が登場する。
巻くことにも、結びにも、必然があるのですよね。きっと。
奉る
ランチを買いに外に出た時
今朝夢に現れた男性は一体何者かについてぼんやり考えていた。
神籬のようにものの前に、炎がみえた。
何かの儀式にみえる。
はじめて見る御顔。
坊主頭に一重の離れた眼。
顔にはもののけ姫のような入墨。正直言って強面。無言。
どなたか心あたりはない。
後ろから声がした。
「奉る」という箇所を探した。
全てのページを探したけれど、この前のページにも、その前のページにも。「奉る」とある。
え。思わず振り返ってしまった。
制服のお若い学生さん。おそらく國學院の方であろう💭
朝の男性はどなたか分からずじまい。
休息
歯が欠ける
貧血
心臓
各所ガタがきて、放置していた検診に。
ボーっとしたり息が切れたりしませんか!?と女医さんが大層驚かれたが、すみません、常にボーっとしております🙃
鉄剤を飲んで、泥のように眠る。
ズタボロで不運が重なるようにみえる時は、何か大きなことがやってくる予兆。身も心も安心して委ねる。
今朝の夢はかなり強烈で起き上がれない。
見知らぬおじいちゃんが、私の腕にそっと触れて号泣し
便を漏らし続ける…。古事記の埴安のようだ。
干潟の遠浅の浜に木の枝のようなもので橋が描いてあった。ニライカナイの橋だ。
私は何故か海の向こうから干潟の橋を通り、浜に渡った。
橋の中間地点、傍に祓い具。
私の来た道。海のど真ん中に白髪のおばぁが立っている。おじぃにもみえる。白い衣を着ていた。
これは、儀式ですか?
浜にいた女性に尋ねたら、そうだ。という。
あの方はどなたなのですか?
と尋ねると
あの方は立派な方だ。◯◯様と◯◯様からたのまれ
あそこに居らっしゃるのだ。という。
男女の名だったが、忘れてしまった…。
頭に「思」がつくお名前だ。
伊弉諾伊奘冉の二神が脳裏に浮かぶ。
気づいたら、大きな白銀の光と小さな白銀の光が
砂浜の上の空に燦々と光っていた。
うつくしい。
太陽と太陽なのか。
何故二つあるのか。
何故一つは小さいのか。
太陽と月なのか。
何故縦に並んでいるのか。
思

昨日の夢で、「思」ではじまる名前の方々。という話がでてきたので調べたところ、思わぬことを知る。
琉球王といえば、「尚」氏。
第二王朝の尚円王はクーデター政権なので「尚」は後付けだが、第一王朝は元々「尚」という氏なのだと思っていた。
が…第一尚氏である尚思紹の本名は思紹で、尚姓は後に送られたものであるという。
「思」という氏は、琉球および、大島郡喜界町に存在し、琉球・奄美の言葉で「愛しい」や「慕う」を意味する。とあり驚いた。
かつてはその地において王族や支配階級の男性名や女性名に付けられる接頭辞・接尾辞であったそうだ。
喜界島は琉球王朝(中山)の支配下にあった歴史や文化的な交流(奄美方言)が深く、伝統的な「思」を含む呼称が土地の言葉や伝承、姓の一部として残っている可能性があるとのことだった。
知らないことだらけだ。
三月十五日(正月二十七日)
榊種蒔
春になったので、実から取り出した種子を植えた。
健やかに育ちますように🌱
本体の榊は、弱り気味ながら
まだ生きている。
一歩一歩。
誰ガ為


お世話になっている篆刻家の先生が落款を刻まれた仏師の加藤巍山氏が国際フォーラムで展示をされるということで、お誘いをいただき足を運んだ。
展示を拝見し驚く。
十種神宝が記されており、十体のニホンオオカミの骨を模した透明な作品が並んでいた。「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」の文字…。
石上だ。
三日前、きっかけがあり、とある神社から送っていただいたものの中に、十種神宝が記されていた。
昨日、偶然石上神宮の宮司さんの十種神宝に関する記事を目にしたばかり。
石上の倉にかつて収蔵された御神宝は、それぞれの氏族を制圧した証、いわば人質だ。御神宝には御魂が宿る。
それをひとつひとつ元あるべき場所に返した。
唯一返還できなかったのが七支刀であるという。
返したいと思った時、その国はもうなくなっていた。
十種神宝の印を、まさかきょうここでも見ようとは思っても見なかった。頻繁に目にするようなものでもない。
しかも、加藤巍山さんといえば大甕神社の御神体を製作されるという話を先日目にしたばかり。
天津甕星、カガセオは、石上で祀られるフツヌシと、武甕槌が迫り来る中、ただ一人最後まで抵抗した神である。
並んだオオカミの骨。
そこに「誰ガ為」
たまらなくて泣いてしまった。
我を捨てる必要があるとひしひしと感じた。
それは捨てようとしてどうにかなるものではなく
心が体感した時に、ふっと消えるものだろう。
「誰ガ為」
自我
お誘いくださったSさんを、東京駅までお見送りがてら一杯ご一緒させていただいた。
実は以前からご紹介したい人がいると仰って下さっている。いろいろと精力的に活動をされている方でYouTubeを拝見したのだけど、私自身がどうも気後れしてしまい
足を運べなかった。
その日も、その方のお店での昼食を誘って下さったのだが、正直に心の内を申し上げた。
理由は分からないし、その方のせいでもないのですが
どうにも足を運ぶ気持ちになれず、タイミングがあるのかもしれないので、お待ちいただけませんでしょうか。
とお伝えした。
Sさんは、もちろんと快諾して下さった。
個展の後、ふと思いだし、そういえば昼食はいかがでしたか?とお尋ねしたら、実は急遽臨時休業で閉まっていたのだと仰る。二人で大笑いした。
学びの多い衝撃的な半日だった。
酒品
能楽師友枝昭世先生のDVDセットが発売された。
三輪がある。


小冊子に友枝昭世先生のこれまでの軌跡が記されている。
お若い頃のお写真が見開きに。
やわらかく透明。
「酒品」という言葉について書かれていた。
お酒を飲む時の位、品格のこと。
先輩から教わり、いつも心の隅にとめていらっしゃるそうだ。能楽師の方は、よく飲まれる。
元は中国語。
能の舞台では、その人の人間性のようなものが透けてみえる。と書かれていた。ほんとうにそう思う。
能に限らない。
透明な美しさ。
それは、酒の席でも同じであり、昭世先生が憧れの観世寿夫先生と幾度か酒席でご一緒された際に、お舞台と同じ凛とした佇まいで、それこそが「酒品」であると感じ入った。と書かれていた。
酒席でも、うつくしく透明な方を知っている💭
心から尊敬しています。
土師

土師器 土師氏がもうずっと気になっている。
道真さんの生誕地の話を伺う
(土師氏の家系)
相撲の話を何度も何度もされる
(土師氏の家系)
偶然目にする土師器、土師氏の雑誌記事
狙った訳でもないのに、相撲にかかる旅程での参拝
見るもの聞くものが、土師に繋がっていく…。
一体何なのか?
養蚕と糸と日本茜
以前、何故か行きがかり上、武蔵御嶽神社で大祓をした友人と久しぶりに出かける約束をした。
行先は決まっていなかったが、養蚕農家さんで餅つきのイベント開催の告知をみた。
目を見開いたが山梨だった。友人を誘うにはあまりに遠く流石に断念したのだが、絹をみていたら、日本茜に再度行き着いた。
その中で、とある方の記事を目にする。
正倉院の裂の復元にお勤め先が携わることになり、日本茜が皇居内に自生し小石丸に染めると知り、脳裏から離れなくなった。という方のインタビュー記事だった。
様々な経緯があり、後先考えず、人のために会社を辞められた。
日本茜が頭から離れず、まずは…。と体力作りに近江富士を百回登られたそうだ。常軌を逸している。
三上山だ。たくさんの銅鐸がでた場所。
下鴨神社の御蔭と同じ意である。
河川敷で自生する日本茜を、どうしてもこの目でみつけたい。と探し回られて、ついに見つけベランダ栽培をはじめられた。後に庭にたくさん植えられるご実家に転居、普及のため団体を立ち上げられたそうだ。
読んで居ても立っても居られなくなり
昨年、俳句会澤の先輩に連れて行っていただいた古裂屋さんに行かなくては。という気持ちになった。
営業日と私のスケジュールをみると、行けるのは今日だけ。
次回も先輩と一緒に。と思っていたから、急で恐縮なのですが今から古裂屋さんに行ってまいります。事前にお誘いできず申し訳ありません。とご連絡すると
今、私は奈良のみやこだよ〜〜。店主によろしくお伝えください。とかえってきた。🌸
ひとり夕方の古裂屋さんに急ぐ。店に着くと店主が茜染めと思われる裂と、正倉院の組紐の本を出して下さった👀
また、武蔵御嶽神社の鎧に使われている茜色の紐がとても好きだというお話をきかせてくださった。
記事で読んだ方は武蔵御嶽神社の鎧の紐の復元のための糸を日本茜で染めた方であった。
前方後円墳
古裂屋さんで、様々な資料を見せていただいた中にたまたま前方後円墳の記事が。箸墓古墳の壺が掲載されており、土師氏について書かれていた。
記事を執筆された方は、前方後円墳は鍵穴のような形で撮影されることが多いが、丸の部分は下であり、あれは壺である。と書かれていた。
中に水を入れれば水瓶に。
灰を入れれば骨壷だと仰る。
生と死だ。
春鹿
古裂屋さんに居る間、ひとりの女性と一緒になった。
店内でも店主と共にたくさんお話をして、閉店間際お名刺を下さり、わたしの連絡先を知りたいと仰って下さった。
そこには玉造の地名が…。
おもわず、「たまつくり…」と声にでてしまった。
店を一緒にでて話ながら歩く。
彼女は、にこやかに話されながら、実は春日大社で巫女としてご奉仕、奉職をされていた。と仰った。
驚いた。
この店に初めて連れられて来ることになったきっかけは、靖国神社の能舞台だった。能舞台の前で出逢った方と若宮おん祭で再度出逢う。また春日さんなのか。
琴の話、神楽の話をきかせて下さった。
今も大切な若宮おん祭に毎年行かれるそうだ。
透明感のある、柔らかくすてきなひとだ。
またお会いしたい。
榊の種蒔
植えました。
芽がでますよう。

春分の日
鶴岡八幡宮に行かねばならない。
祖霊社祭がある。
その日、もう何度も自然と足を運ぶことになっていた場所だ。さすがに自覚をしたから、自ら参る。
源氏のみたま、かつての宮司さんをはじめ無数の御柱がいらっしゃる祖霊社だ。
神社の関係者の方や、地元の氏子の方など、奉賛されている方々が参列される。私は直接奉賛している訳ではないから、祭の時間を外し手を合わせたい。と思っていた。
祭のことは話さなかったが、珍しく家人が同行するという。出発時刻もお任せした。鎌倉までは少し時間がかかる。朝食をたべてから出るのか、着いてから食べるのか。
朝からでる。という。
外は肌寒く、駅に着いたから、コーヒーでも。と言うと
「まず、捧げよ」と言う…。
家人の口から出るのは祖霊のことばなのか。
仰せのとうり、神社へ…。
うすうす気づいていたが、この時間はおそらく祖霊社の祭の時間だ。手水舎の前で受付をしていた。
見てみぬふりはできず…
神職さんに関係者ではないのですが奉拝は可能なのでしょうか。とお尋ねしたら、お写真などは撮れませんがよろしいでしょうかと仰り(もちろんです。手を合わせに参りました。)見学者として、最後列に入れて下さることになった。
何故、関係者でもない人が奉拝したいのだろうかと不可思議に思われたかもしれないが、どうぞと仰って下さって、感謝しております。
手を合わせる。大変厳かなお祭りだった。

出逢いと別れ
三月末といえば出逢いと別れの季節。
花が散りゆく。
世間では年度末。
私自身はこの時期いつも平常運行で、いつも見送る側。
あたり前のように会えて、たわいもない話をして一緒に笑えていた時が、花が散るようにはらりと消えてしまうこの季節。
あと何回こうしていられるだろうか。
と、一日一日をおもう。
そうしてかつて見送った友人と、先日一緒に羊を食べて、鯛焼を頬張った。
その後も繋がっている。
年老いた未来のその人がみえる時がある。
みえる人とみえない人がいる。
みえる人とは、きっとこの先も繋がっている。

月末の伊勢に着いた。
どなたに会えるだろうか。
偶然に任せることにする。
着いてすぐ、何人もご挨拶をした。
約束をせず、お会いしたかった人にばったり出会えた時
一際うれしい。
千田
久しぶりに千田の御池へ。
前には気付かなかったことが沢山あった。
登美家の香りがする。
椿が咲くのだ。
ここは龍宮にかかわる地でもある。
落椿をみて、ぼたぼた涙がでた。
祭祀の前に禊をした場所は今も凛とした気配だった。








シマ
この日の晩、身体中に墨の入った男性の夢をみる。
あれは海人族だ。
ふと、何故志摩というのだろう。
と思った。
シマは、シナである。という説がありそれは風に繋がる。
シナツヒコ、シナトベ。考えたこともなかった。
事実かは分からない。





あの男性はその前にも夢でみた。
どなたなのか。
まだ分からない。
オオシマザクラ
友人のTさんが、きょうは休みだからと千田の前に、天の岩戸に連れてきてくれた。オオシマザクラ。








地面の下の根の気配が壮大。
かつては、田があったらしい。
「木」に触る人のことをどう思われますか?
と内宮で尋ねられた。
「木」とひとくくりにされるとむずかしい。と申し上げた。
人と同じで、赤ちゃんなのか、老人なのか、弱っているのか、健康なのか、触れられてうれしい人もいれば、触って欲しくない人もいる。
人であれば、本人の意思とは別に、保護者や管理者、親族のお気持ち、色々な要素がある。
神宮さんの境内の「木」のように保護され巻かれている「木」は、たくさんの人に触れられ傷んでしまうから。参拝者がみだりに触れてよい存在ではないとおもう。参拝者は星の数ほどいる。
とはいえ、子どもの頃、よく公園の「木」に登っていた。
夜道で、そっと触れることもある。
「木」は大好きだし、絶対に触れてはならないものだとはおもわない。けれど、「木」に限らず思いやる心がすべてなのかなとおもう。
アメノホヒ
鶴と稲と蚕と土師に一貫性を見出せずにいたけれど
ある時、ふとアメノホヒではないか??という気持ちが生じた。
すべてに関わる神さま。
お目にかかりたいとおもい祀られている場所を探したが、行動圏内にない。三重は松阪や津になら合祀されている社があったが、主祭神に近い祀られ方の社がない。
伊勢市においては、僅か二社程しか足を運べそうな社は見当たらなかった。既にすっかりその事を忘れていたのだけど、伊雑宮に連れて行ってもらう道すがら、ふと友人が須原大社の話をした。
あ👀!そこにはアメノホヒが!お会いしたかった!と言うと驚いて案内してくれた。
三つのお社があり、うちひとつは「遥拝所」と書いてある。何処を遥拝しているのか分からなかった。
稲荷社も扉が閉まっていた。
翌日、ひとりで前を通った。
やはり気になり参拝する。
稲荷社も、授与所も開いていた。
遥拝所について伺うと「皇居」を遥拝していると仰る。
御礼を申し上げ、お社を出てすぐ隣の月夜見宮へ向かう路すがら、何故か泣いてしまった。
えもいえぬ感情が湧く。
これが何なのか全く分からない。
ずっと湧き上がる。
アメノホヒは、出雲に降りたち大国主さんに文字通り惚れ込み、最終は、大国主さんの祭祀を司ることになる。
松江の神魂神社を創建したと言われている。
神魂神社の御祭神は、伊弉諾さん伊奘冉さんであり、月夜見宮と同じ。偶然にはおもえない。






縁
あした帰るので、会いたい方々の顔が浮かんだ。
迷ったが、ぐっと堪えてご連絡をしなかった。
一人の時を過ごすのか
会いたい人に会えるのか
見知らぬ誰かに出会うのか
私が決めるべきでもない気がした。
天に委ねる。
今回も、到着してからずっと人に会っている。
いくらなんでも、もう誰にも会わないだろう。と思っていた。
アメノホヒのことを考えながら、外宮の参道を歩く。
上御井神社の遥拝からの戻り路。
数人の方が木の前で立っていて、誰かがあっ!っと声をあげた。逆光で見えなかったが、月次祭の御卜からのお友だち。Hさん。
二人でよろこびハグをした。
一月以来。
とその横で、あっ!っと声があがる。
隣にいた方をみると、日没の時に内宮であったUさん。
え? 二人はお知り合いなのですか!?とお尋ねすると
今、そこで会ったばかりだと仰る。
もう一人、透明感ある白髪の女性。
人生初の伊勢神宮参拝。
すぐそこでHさんが声をかけたそう。
それぞれ見知らぬ三人が集まり木の前で立っていた。
Hさんは、声をかけた女性の案内に。
Uさんは、きょうも日没の頃内宮へ。
Hさんはその後、私用があるので
私はUさんと一緒に内宮へ行くことに。
夕方まで時間があるから、行きたい所に連れて行く。と仰る。
過去と未来

古殿地の前に立ち、Uさんがぽつりと
ここは「過去」と「未来」の空間やと感じる。
だからここが好きで祈るんさー。
と仰った。
社殿がある方が「現在」
二見
古殿地から振り返ると、昼間の月がみえた。
浜参宮の人々が歩いている。
昨日、猿田彦さんからの出逢いのHさんにばったり会って、明日は浜参宮だと仰っていた。

二見に行きたいなぁと思っていたので
Uさんとは内宮の前に二見に行くことになる。
二見は浜参宮一色。
海外に立つとおびただしい鳥が。
あまりの数に、ぽかん。

初めてみる光景だった。
鵜らしい。
賓日館の前を通ると放出が。
傘がうつくしい。
たくさんの人が、ここでさされた傘。
きょうの記念に一本いただいた。


傘は、この後内宮の参拝後、Uさんの車に忘れてきた。
連絡先は知らない。
きっとまたお会いするのでしょう。
夕食、うどん屋さんに誘ってくださって
とても食べたかったのだけど、お昼ごはんがまだまだお腹に残っていてた。誘って下さったご本人も、まだ満腹らしい。また次回。




御神託

春風の 吹けば おのずと 山かげの
梅も桜も 花はさくなり
昨日、内宮でおみくじを拾った。
神宮さんにおみくじはない。
どなたかの手をはなれた。
阿波一宮大麻比古神社。鳴門にあるらしい。
御祭神は、大麻比古大神、猿田彦大神。
大麻比古大神は、通称「大麻さん」と呼ばれる、阿波国・淡路国両国の総鎮守だそうだ。
昨日から、大麻用材伐始祭と蚕糸祭の話をしていた。
神事の日どうにかしてお参りしたいけれどむずかしいかもしれない。日帰りなら…。という話をしていたばかり。
おみくじはひらかず、持ったまま宇治橋を渡った。
友人が、きっとうまいこといくんちゃうかなぁ。とおもいますよ。とだけ言った。
橋を渡り、おみくじをひらいておどろく。
春のうた。
花はさくなり。
翌日は、ついに奉納相撲。
五十鈴ヶ丘



早朝、内宮に向かっていたのに、私は何故ここにいるのでしょうか?私が行くべきは、五十鈴川…。
この先は、二見か松下…💭
電車を間違えた。
慌てて乗り込んだのだ。何もない駅で朝焼けをみて鳥の鳴き声をききながら、途方に暮れていた。
40分近く戻る電車も来ない。朝8時には内宮に居たかった。
焦って、もうタクシーを呼ぶしかないかも…。と思ったが深呼吸して落ちつく。
そういう問題ではないのだろう。
腰を据え、祖霊、神を心から信じていれば、どんな些細なことも理不尽なことも必要な出来事なのだ。焦って細々考えるのはやめよう。
鳥もいい声だ。と、ベンチに座った瞬間。
奉納相撲の手数入をみる予定と言っていた友人Tさんから、もう内宮ですか?と連絡が入る。
今、何故か五十鈴ヶ丘駅にいます…。間違えました。
と返すと、朝日の中、すぐに友人が現れた。
救済者!
後光が差してみえる…👀
きのう、ひとつだけ買った焼き菓子を御礼に差し上げる。ありがとうしかない。そもそも自分用ではなかったのかもしれない。
一路内宮へ。

神宮奉納相撲


ほんとうに八時に着いた。
場所取りしないと前で見られず、その前にゆっくり参拝をしたい。となると八時になる。
衛士さんたちは早朝から総出で準備されている。
五十鈴ヶ丘に着いたという話で大笑いされた。
相撲に競技として特段の興味を持ったことはなかったが
土師氏の祖先であること、出雲に由縁があることなど
複数気になる点があり、神事として奉拝したいとおもった。
横綱のしめ縄が気になる。
雲龍型、不知火型というそうだ…。
着いてすぐ、観る場所を探していたら、ひとりの澄んだ気配の青年が
「一番前に来られませんか?隣にどうぞ。ここが見やすいです。」と手招きする。初めましてだ。
御礼を申し上げ、お隣に座ると、彼が話はじめた。
まだお若いのに、相撲が大好きで奉納の相撲ばかり観ている。という。
伊勢神宮、熱田神宮、明治神宮、住吉大社。回っておられる。競技より、奉納の相撲だそうだ。
今朝は、三時半に起きて一時間歩いて並ぶつもりが、偶然タクシーがいて乗せて行ってあげる。と言われた。とのこと。
友人が目を丸くした。
伊勢で早朝にタクシーはまず捕まえられない。
相撲をみる席も何故かよく一番前の席を、誰かが取っておいてくれるのだ。と仰る。不思議な人だ。
何故、隣に入れてくれたのだろう。
動画を腰のあたりで撮るが、神事は必ずこの目でみる。
画面は見ない。という。すごくよく分かる。
どんどん混んできてものすごい人になった時、その青年が何処からともなく子どもを二人連れてきた。
子どもは一番前でみてほしい。詰めれば自分の前に入れる。とあっさり場所を譲っているのをみて、周りの人々が全員笑顔になった。
代わりに私の場所は、青年にお譲りした。後ろにずれて地面ぎりぎりの場所で構わない。元は、彼がこの場所に招いてくれたのだ。
しかし、何だか渋り気味。彼には私はあの子どもと同じ扱いなのだろうか。
結局、子どもと謎の青年と友人と並んで出数入をみた。
お世話になっている方々が参進される様子もみれた。
終わって、青年がまた来年もここでお会いしましょう!と仰った。またお会いしたい。
ご出身は淡路島と仰っていた。
ハッとする。
阿波一宮のおみくじを拾い上げたことが、頭の片隅に甦る。淡路島の鎮守の神だ。
帰る前、猿田彦神社、月読宮でご縁に御礼を申し上げた。
小笠原流百々手式奉納
相撲と同日、弓の奉納があった。小笠原流だ。
こちらも、目にすることができた。
立つ坐るの所作がほんとうにうつくしく心に残る。
無風の中煙が空に立ち上るよう、立つ
水の中に石が沈むがごとく、坐る

財布を忘れたり
携帯を見失ったり
傘を忘れたり
五十鈴ヶ丘に到着したり
前代未聞のハプニングだらけの旅だった。
たくさんの人が助けてくれて
たくさんの人に偶然会え、すべてがよい方向に運ぶ。
拾い上げたおみくじの、一時の不運にまよいさまようてはいけません。の文を噛み締める。
花はさくなり。
それは、自らの力ではなく
見守ってくださる祖霊、神々への感謝に他ならない。
櫻樂
東京に戻り、仕事の合間半休にて靖国神社の櫻樂に。

偶然か必然か
靖国神社の能舞台をきっかけにお会いした人が
きょうも能舞台を前に三人揃った。
若宮おん祭で会ったんでしょ?
そんなことある?と言われた。
そんな話をしていたら、若宮おん祭でお会いした金春流の能楽師さんも櫻樂にいらっしゃり勢揃い。
そういえば、ここでおふたりに初めてお会いした日
連れて行っていただいた古裂屋さんで、春日大社で巫女をされていた方に偶然お会いしました。
と言うと。
ふつう、そんな人に偶然合わないでしょう。
そんなことある?とおふたりが目を見合わせた。
ひとりが、もう色々おかしいから記念写真を撮ろう。
と、写真を撮った。
俳句会「澤」の先輩に
きっと古くからの縁があるのであろう。
おぬしらバンドを組め。と言われるの巻。
満開。
花はさくなり。
月

天を仰ぎ
日を拝みて
月で心を洗ふ
月は鏡なり
外宮で再会したUさんが、参拝しながらそう仰った翌日
偶然にまた、鏡は月なのかもしれない。という話を聴いた。
連日だった。
月をみるたび思い出す。
三月が終わった。
御木曳が近い。








