お金についての感覚が変わった。と改めて思った。
こんにちわ、Kaloです。
今日は、みんな大好き(笑)お金の話について。
みなさんは「お金」に対してどんな感覚を持っていますか?
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私は、うちの金庫番をしてくれている(と勝手に思っている(笑))証券会社の人が、たまに彼の支店でおこなわれるセミナーにお誘いしてくれるのですが、年に1〜2回くらい、時間が合えば行くようにしていまして。
おつきあいもあるのですが、ニュースもほとんど見ない生活なので、世の中の流れを知るのにいいなぁ。と思っているのと、実際、証券のこととかよくわからないので勉強も兼ねて。
で、先日も1時間ほどの資産運用セミナーみたいなものに行ってきました。
そのセミナーの会場で座ってはじまるのを待っている時に、なんだか、ふと、「お金に対する感覚が全然変わった。」って、しみじみ感じたんです。
(セミナーの内容とはまったく関係ないです(笑)。)
私は、以前は「お金」に対して
仕事を一生懸命した結果、手に入れる、手に入るモノみたいな感覚でした。
そしてそれは「心や生活の安定、安心」「自由を与えてくれるもの」「なければ生きていけないモノ」。
つまり、生きていく上で、一二を争うとっても大事で必須なモノだった。
そして、その大事なお金を稼ぐには、自分の能力と時間を最大限使って
努力して手に入れなければいけない。という縛りがガッチリあったんです。
等価交換的な。
だから宝くじも買わないし、もちろん金融投資みたいなこともまったく興味がなくて。一発当てるなんて発想もない。
むしろそんなことで、いわゆる働かずしてお金を手に入れるなんて、
「邪道だろ」くらいに思っていたタイプでした。
つまりは自分の人生(生命)と交換するに値するものが「お金」みたいな。
でも昭和生まれの世代って、新しいモノ見たことのないモノがどんどん輸入されて、どんどんモノを買うことがステイタスで、モノを買うことで満たされていた時代を謳歌していたから。時代的に多かれ少なかれ、みんな拝金主義的な感覚だったと思うんですよね。
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私が最初に「お金」に対しての認識が、少しだけ変わったのは、
バシャールとか精神世界の本を読み出した30代の頃で。
その頃に、あ、お金=エネルギーなんだな。ってはじめて思って。
エネルギーなのだから、自分が使うお金に対して、どこにそのエネルギーを手渡すのか、って考え始めたのがその頃でした。
応援したい企業、お店にお金を使う。=エネルギーを「手渡す。」って、その頃に決めたし、その数年後、フリーランスになった時には、自分が稼いだお金の数%は、地球環境や社会貢献をしているNPOなど寄付にまわす。ということも長らくしていました。
でもそれは、やっぱり、自分が一生懸命働いて得たお金だから、とても大切なもので、自分の生命でもある。という感覚のままでした。
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前職の広告関連のアートディレクターは、フリーランスで20年ほどやっていたのですが、自分でギャラの交渉もしていました。この20年の間では世間一般的に企業が広告費の削減をする、みたいな時期もあってギャラが安くなっていった時期もありましたが、それでも頑固に、昔ながらのきちんとしたお値段をいただいていた方だと思います。
アートディレクターは大好きな仕事だったし、仕事が入っていない時間も、自分の目にする情報のすべてが仕事に直結していたので、脳内にオンオフみたいな感覚もなかった。仕事=人生そのもの、みたいなところがあって。
だから値引きもしないし、自分の人生の価値をお金に換金していたのだと、
今考えたら思うのです。
それと当時は夢中で仕事をしていても、心のどこかでは、このままずっとアートディレクターの仕事をしているとは限らないよなぁ。とも思っていて。
仕事がなくなる恐れもあるし、自分の気分だっていつ変わるかわからないから、ある日突然、全部放り投げて「やーめた」ってなる可能性が大いにある。だから2年くらいは働かなくても生きていけるだけのお金が必要だし
猫を飼っているので、もし猫たちが病気になった時に、躊躇なく治療にお金が使えるような蓄えも必要。って思っていたから、その分も鑑みて、稼げる時にちゃんと稼ごう!みたいなことを常にベースで考えていて(笑)。
こうした将来への不安のための備え、「心の安定」として「お金」は必須だしなければ困る。と感じていました。
とはいえ、
仕事をすること自体の目的は「お金のために働く」という感覚が筆頭に上がってくることはなくて、ひたすら自分の中にある表現したいモノを外に出してそれを世界に放ちたい、社会に認めてもらいたい、という社会への承認欲求の方が常に上でした。
これ、当時はまったく気づいていませんでしたが、今考えれば、ギャラはそうした承認欲求の一部を支えているものだったんだ。と。
やっぱり「その仕事でちゃんと稼いでいる」「食べていける」っていうことが、ステイタスみたいな?
社会的に「承認される」ということにも、お金は直結していたと思います。
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そしてその後、自らの予想どうり、コロナ蔓延後期の2022年に、前職を「やーーーめた」と言ってやめたんですが。
ちょうどこの頃って個人投資がブームになり始めていた頃で。
たしかスマホで、数円から株式投資ができるようになって、これまでそうしたことに関心がなかった仕事仲間のデザイナーの子も「証券口座を作ってみましたー」と言い始めた頃だったんです。
そのちょっと前には仮想通貨が、良くも悪くもニュースになったり話題になっていた頃で、確かその少し前には電子マネーが登場していたかな?
なんとなく、お金に対する認識みたいなものが、少しずつ変化してきた時代に、ここらあたりで入ってきていたような気がします。
私もそれまでのギャラがある程度銀行にあったので、外貨預金とかにしておこうかな?と思っていた頃に、銀行の人から「投資信託しませんか」と連絡が来たので、一度話を聞きに行ったんです。
そうしたら、その銀行の担当が、なんだかとってもかわいい、性格のいい、そしてシゴデキな女子で。
その女子に惚れて(笑)、外貨預金とNISAを始めることにしたのですが。
当時はコロナで株価もかなり下がっていて、さらに彼女のおすすめのまま、短期投資で株を買ったら、あっという間に数十万増えたりして、私は「え?こんな簡単に増えるの?」って、この時に目から鱗が落ちました(笑)。
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私自身は、前職をやめる少し前からクリスタルボウルをはじめていて、
スピリチュアル系にもどっぷりハマっている頃でした。
クリスタルボウルを始めた頃、「あ、これは私の生業だな」って感じたんです。でも「生業」って調べると、いわゆるそれで食べていけるだけのお金を稼いでいること。みたいに出てくるんですよね。
そこになんだか、違和感があって。
これだけで生活していけるように…みたいに、お金をここに絡めていくと、妙に「商売」みたいになる。
自分の中では「生業」って、なにか、もともと生まれる前から、これをやると決めてきた約束事のような、神聖なもののような感覚だったから、これで稼ぐとか食べていくとかっていう次元とはなにか違うんだよなぁ…。
と思う一方、
だけど、ただ自分の中だけで楽しめばたらいい、という、自己満足や趣味みたいな位置ともあきらかに違うわけで。
じゃあ、私のやっていることは、なんなんだろう?って、
よくわからないままの時期もあり。
特に前職では、けっこうちゃんとギャラ交渉までやっていて、がっつり稼いでいたけれど、その時とその後のお金の流れの、この違いはなんなのか?を、意識レベルの部分で考えてみたりしていて。でも結局、実際には
BtoBの仕事のお金の流れと、BtoCとの量的な違いなだけだったと思うのですが、それが自分にはよく整理できていなかっただけ。と思います。
ただそこで、先の投資信託のこともあって、お金に対する認識、感覚が少しずつ変わってきていた頃だったから、「別にひとつのことだけで食べていくって決めなくてもいいんだよね?」って思いはじめたんですよね。
それに加えて、自分の内側の意識もどんどん変化してきて。
何者かにならなければいけない、とか、がんばらなくちゃいけない、っていう、それまでの世界線から抜けたので、意識が緩んで。
そもそも初めから自分の中に「安心、安全な場所」があって、常にそこに戻れるようになってきて。
あらゆるすべては、必要な時に現れる。とリアルにわかるようになってきたら、それまで気づきもしていなかったけれど、普通に持っていたお金に対する意識、お金があるとかないとかに気持ちが必要以上に揺らいだり、左右されたり、お金を頼ったり依存したり執着したり、ということが、いつのまにか、がくんと減った。と感じたんです。
もう自分の価値と結びつけて、承認欲求としてお金に支えてもらう必要もなくなったし、それに、安心、安全はすでにもう自分の内側にあるから、お金から安心を得る必要性も薄くなった。
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そうした意識変化の流れがあって、今はセッション料と証券投資の分配金なんかで暮らしていて、仕事でがんばってお金を稼がなくてもいい。どこからお金が入ってきても可ですよ。っていう気持ちになったんです。
で、最初に書いた「お金に対する認識が全然変わったんだ。」に
つながるんですが。
私はずっと手元で、お金を使う、お金を稼ぐ、と、
すごーく近い距離でお金を見て、お金と接してきていたけれど、
投資信託きっかけで、「お金にも働いてもらおう。」って思い始めてから
しばらく使わないだろうというお金を証券にまわし始めたら、動いていなかったお金自体が自由な場所に出て、もっと広い場所でめぐって循環していくサイクルに入ったように感じて。
「自分のお金」という感覚から、もうすこしパブリックな、流動的なお金に広がったような。そんな感覚をふと感じたんです。
それに、今現在のように、多くの人が個人で金融投資をはじめたことで、お金はこれまでよりもずっと遠くまでぐるぐるとまわりはじめた。
これまでにはなかったエネルギーの流れ、渦、みたいなものがはじまっていて、つまりはこれって世界全体のエネルギーの流れが大きく回るようになったんじゃないの?って、すごーく楽観的に、そう感じました。
そもそも急速に電子マネーが増えてきていて、現金を持ち歩かなくてもなんとかなるよね、みたいな世界にすでに変貌している時点で、紙幣やコインという「物質」が、「情報」とか「数字」とかっていう質量のないものに置き換わってきているので、よりエネルギーという感覚に近いモノになってきているわけで。
考えてみれば、
人はずっとお金に依存し、お金に人生やエネルギーを奪われてきて
国も人もお金のためなら人殺せます、って世の中で、
「お金」が世界を、生命を、ずっと支配していたんですよね。
もちろん、まだそれは続いているけれど。
そして具体的にこの先どうなるのか、とか、よくわからないけれど。
でも、その「支配は終わる」。
なんだかわからないけれど、
もう終わりはじめているかも?というような、これまで感じたことがなかった「気配」を、今回、ふっと感じたんです。
この先、お金への精神的な依存や囲い込みみたいなものがうすまって
パブリックになっていってエネルギーはもっと広がって自由に豊かになる。
うまく説明できませんが、もうそういう時代に入っていっているような気がしています。
あ。
だから金融投資しよう、お金回そう、っていう話ではありませんし
金融投資がお金の支配から自由になる方法だということを言っているのでもないので、くれぐれも誤解なきよう、お願いします。
ではでは、また。
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So beautiful world
by kalo
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