🎐ウメさんと喜三郎の縁側シリーズ『紙一枚の勝負』26/08/12
日が落ちても、地面はまだ昼の熱を抱えていた。
遠くから、太鼓の音が風に乗ってくる。
どん、どん、と腹の底に響く低い音。
ちゃぶ台には、井戸で冷やした西瓜が二切れ。
ウメが包丁を入れると、しゃりっと涼しい音がした。
皮の緑と、身の赤の境目が、電灯の下でくっきりと光る。
塩をひとつまみ振って、かぶりつく。
冷たい汁が顎を伝って、慌てて手拭いで押さえた。
「祭りの音のするばい」
ウメが、耳を澄ませて言った。
喜三郎は、種を皿の端に出しながらうなずく。
「今日やったな、あそこの宮さんの」
「そうたい。
子どもらが、また金魚すくいで泣きよるやろね」
風が、庭の草をさらりと撫でていった。
蚊遣りの煙が、そのたびに横へ流れる。
ウメは、あの薄い紙を思い出していた。
水に浸せば、たちまち弱ってしまう、頼りない一枚。
「あればっかりは、どうにもならんとよ。
そっと掬わんと、すぐ破れる」
「そら、欲張るけんたい」
喜三郎が、ぴしゃりと言った。
「三匹も四匹も追いかけるけん、破けるとやろ。
一匹に絞らんかい」
「あんたも、よう破っとったろうもん」
「知らん」
ウメは、けらけらと笑った。
喜三郎は、西瓜を口に押し込んで、種をぷっと庭へ飛ばした。
「あれはな、正面から突っ込んだらいかんとよ。
金魚の背中に回り込んで、下から持ち上げるとが道理たい」
「まあ、しっかり覚えとるやないの」
「……戦のいろはやろが」
「金魚相手に、戦て」
ウメが、また声を立てて笑った。
軒の風鈴が、その笑い声に合わせて鳴る。
破れるとわかっている。
それでも、子どもらは何度でも並んだ。
紙一枚のために、息を止めて、水面を睨む。
掬えても、掬えなくても、次の年もまた並ぶ。
「面白かとやろね、あれが」
ウメが、しみじみと言った。
「うまいこといかんとが、面白かとよ」
「泣いとる子には、そげん言えんばい」
喜三郎が、ぼそりと返す。
「そりゃそうやね」
ウメは、素直にうなずいた。
そして、西瓜の最後の一口を、大事そうに口へ運ぶ。
「ばってん、泣いた子が、また来年並ぶとよ。
そこがなぁ、いっとうよかとこたい」
喜三郎は、何も言わなかった。
湯呑みを持ち上げて、ぬるくなった茶をひとくち飲む。
そのまま、庭のほうへ顔を向けた。
太鼓が、また鳴っている。
破れたっちゃ、よかとよ。
うまくいかんと分かっとって、それでも手ば伸ばす。
その気持ちのほうが、掬えた金魚より、よっぽど値打ちのあるとよ。
ほら、西瓜のもう一切れ、切ってあるけん。
あんたの手は、まだ濡れとるだけたい。
最後まで読んでくれてありがとうね。
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いつでもここ(縁側)で待っとるけんね。
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