🌾ウメさんと喜三郎の縁側シリーズ『はずみ車の合図』26/08/15
朝顔の花が、昼を待たずにしぼんでいた。
蝉の声に、つくつく法師が混じり始めている。
夏のいちばん濃いところが、そろそろ薄くなってきた。
ちゃぶ台には、みたらし団子が三本。
たれが、皿の上でとろりと光っている。
ウメが一本つまむと、串の先が指の腹に食い込んだ。
噛むと、餅がむにりと歯を押し返す。
醤油と砂糖の焦げた匂いが、鼻の奥へ抜けていった。
「奥のミシンな、油ば差してやらんといかんね」
ウメが、団子を飲み込んで言った。
喜三郎は、串を皿に置いて、指のたれを舐めている。
「まだ、動くとか」
「動くばい。
足で踏めば、ちゃんとカタカタ言うとよ」
ウメは、指先で空に小さな輪を描いてみせた。
「座ったらね、まず、はずみ車ばくるりと手前に送るとよ。
それから、足を踏み込む」
「なんでや」
「せんと、逆に回るとよ。
糸の絡んでしもうて、大ごとになるけん」
喜三郎が、ふんと鼻を鳴らした。
「難儀な機械やな。
挨拶せんと動かんとか」
「そうたい、挨拶ばい。
おはようございます、って」
ウメが、けらけらと笑った。
庭で、風がひとつ抜けて、干していた手拭いがはたはたと鳴る。
「そげん言うたら、あんたも似たようなもんやろ」
「なにがや」
「朝起きて、まず庭ば睨むやないの。
あれ、なんの儀式ね」
「儀式やない。
敵情視察たい」
「敵て、誰ね」
「……草たい」
ウメが、団子を落としそうになって、慌てて串を握り直した。
「草相手に、そげん構えんでよか」
「油断すると、こっちが負けるとぞ」
ウメは、まだ笑っている。
喜三郎は、団子をもう一本取って、むすりと噛んだ。
母も、そうしていた。
ミシンの前に座って、まず、くるり。
あれは手順というより、合図だった。
これから縫うぞ、という、心の構え。
「おっ母さんの、あの指の動きだけはなぁ。
今でも、目に浮かぶとよ」
喜三郎は、何も言わなかった。
ただ、庭のほうへ顔を向けて、団子を噛み続けている。
つくつく法師が、遠くで鳴いていた。
ウメは、それでよかった。
始める前の、ほんの一押し。
たったそれだけのことが、その日の仕事ば整えてくれとったとよ。
あんたにも、あるやろう。
深呼吸ひとつ。
湯呑みば置く場所。
小さかことでよかとよ。
ほら、団子のもう一本、残っとるばい。
その一押しが、あんたを、ちゃんと前に回してくれるけんね。
最後まで読んでくれてありがとうね。
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いつでもここ(縁側)で待っとるけんね。
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