第17回:琴音先生の“四字熟語 ひもとき塾” 『温厚篤実』(おんこうとくじつ)
—— やさしさは、ほんまに“弱さ”なんやろか?
◆ ある日の放課後、教室で
「……なんか、損してる気がするんです、自分だけ」
穏やかな夕陽が差しこむ教室の片隅で、川原くんがポツリとつぶやきました。
彼は、いつも誰にでも笑顔で、トゲのない言葉を使う子。でも最近、周りの友だちに「お前って、はっきり言わへんな」と言われたのが気になっていたようです。
「本音を隠してるわけちゃうんです。ただ……ぶつかりたくないだけで」
消え入りそうな声に、私はそっと目を細めました。
「今日の言葉はね、『温厚篤実』。川原くんみたいな人に、ぴったりの言葉やわ」
◆ 「温厚篤実」の意味とは
“温厚”は、あたたかくて、おだやかなこと。
“篤実”は、まごころがあって、誠実なこと。
つまり、『温厚篤実』とは、やさしくて誠実で、信頼できる人柄をあらわす四字熟語どすえ。
ちょっと控えめやけど、芯がある。
そんな人のことを、日本では昔から「立派な人や」と讃えてきました。
◆ 出典・背景
この言葉は、漢籍ではなく、日本独自の道徳や教育思想のなかで育まれてきた言葉やの。
たとえば、江戸時代の儒学者たちは、為政者や教師にとってもっとも大切な資質として「温厚篤実」を挙げとりました。
相手をねじ伏せる強さやのうて、信頼で人を導く力──それこそが、ほんまの“強さ”やという考え方どす。
◆ 一つの物語──やさしさが信頼へと変わるとき
昔、会津藩に「山川浩(やまかわ・ひろし)」という人物がおりました。
彼は武士の家に生まれながら、いつも物腰やわらかで、誰にでも礼を尽くす人やったそうです。
少年時代、剣術の稽古場では、荒々しい者たちが力で相手をねじ伏せるのを見て、「ほんまにそれが武士の道なんやろか……」と疑問を持ち続けていたと言います。
幕末──時代が大きく揺れるなか、彼は会津戦争においても“無駄な血を流さぬように”と何度も奔走しました。
戦場でも、敵兵に対しても礼節を忘れず、捕虜を丁寧にもてなし、名を問われても「ただの会津の一武士どす」としか名乗らへんかった。
ある新政府軍の将校は、その姿に感銘を受け、のちにこう書き残してます。
「真の強さとは、怒りを抑え、相手を思いやる心に宿るのだと、会津の男に教えられた」
その後、山川は教育者として明治政府に迎えられ、東大の前身となる学校でも教壇に立ちました。
誠実なやさしさは、やがて国の未来を育てる力となったんどすえ。
◆ 今につながるまなざし
「川原くん、“強さ”って、どういう姿やと思う?」
彼は、しばらく考えてから答えました。
「うーん……人を、ねじ伏せるんじゃなくて……守れる人?」
私はうなずいて笑いました。
「せやな。“強さ”と“やさしさ”は、両立するんどすえ。
せやから、やさしい言葉が“弱さ”やなんて、思わんでええ。
ほんまの信頼は、静かなあたたかさの中に宿るもんやからなあ」
──心に、静かな変化が訪れて
川原くんは、少し照れたように笑って、
「……なんや、もうちょい自分を好きになれそうな気がしてきました」
と、机の角に手を置きました。
教室には、もうすっかり夕暮れの気配。
でもその言葉は、明日へ続く灯火のように、あたたかく残っていました。
フォロースキのお願い
ことばの奥に物語がある。
そんな世界が好きな方、フォローやスキで応援していただけたらうれしいです。
いいなと思ったら応援しよう!
🌿チップでの応援、ほんの少しでも嬉しいです。いただいたご支援は、新しい記事づくりの糧にします。