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クイザ湖の夜明け    第3話:黒い祭壇



“人の願いが強すぎると、神でさえ引き返せない。”



【1】戻れない者たち

ヴェロ島から戻った翌朝。
私は、34人の失踪者の中にいたはずのネメク・ソルダが、“今もログイン状態にある”という事実に混乱していた。

なぜ消えたはずの彼が、今も仮想空間に存在しているのか?
他の33人と何が違うのか?
……そして、私がログインしたあの瞬間、なぜ彼と“つながった”のか?

スマホを見つめたまま、私はひとつの仮説に行き着いた。

「ネメクは、ログアウトできなかったんじゃない。
……ログアウトしなかったんだ」



【2】消された証言

午後、エリ・トーニャが手に入れたという映像を見せてくれた。
それは失踪の3日前、ネメクが地元の市場で誰かと話している様子を隠し撮りした映像だった。

音声は聞き取れなかった。
だが、相手の男が明らかに異様だった。
白いシャツ、顔はカメラに映らない角度。ずっと笑っているように見える。

ネメクは、その男から何かの端末を受け取っていた。

「これ……スマートグラスじゃない?」

「普通のじゃない。**e-ARENAで一般配布されていない“特別型”**の端末だと思う」

つまり、ネメクは最初から“何か別のモード”でログインしていた。

そして、他の33人よりも深い層に入った——
現実に戻ることさえ、望まなかったのかもしれない。



【3】不正アカウント「Z34」

その夜、私は古い友人に連絡をとった。
元サイバー捜査官のラミル・ハーン。今は隠れてハッキングの仕事をしている男だ。

「ログイン履歴の解析はできるが、面白いもんが引っかかったぞ」

ラミルが見せてきた画面には、公式記録には存在しないアカウントが並んでいた。
その中に、一つだけ赤く強調された名前があった。

Z34

「ゼット・サーティーフォー?」

「他のログと動きが違う。ログイン・ログアウトを繰り返してる。
 しかも、**“他のログイン者の記録を上書きしてる”**ような動きがある」

「つまり、Z34が他の33人のアカウントを“吸い込んでいる”?」

「そう。言い方を変えれば、“融合”だな。
 このアカウントには、34人分の痕跡が入ってる」

それはつまり、失踪した彼らの“何か”が、今もどこかに生きているということだ。



【4】再ログイン

私は再び、e-ARENAにログインする決意をした。
例の黒い台座が、何かの“入り口”になっていると確信していた。

今度は一人ではなかった。
エリが端末越しに私のログをモニタリングし、何かあればすぐに“強制切断”してくれる手筈だ。

「何か異常があったら、すぐ引き戻すから」
「頼む」

深呼吸をひとつ。
スマートグラスの電源を入れ、アプリを起動する。
画面の中央に浮かぶ、“ENTER”の表示。
私は、ためらわずにタップした。



—その瞬間——

目の前の世界が、静かに壊れた。

最初は、視界の隅がチリチリと震えるような違和感だった。
空気がガラスのように、ひと皮ずつ剥がれていく。

耳鳴りが始まり、高周波のような音が脳に直接響く。
白と黒のフラッシュが交互に走り、空間の奥行きがなくなる。

——重力が反転した。

足元が沈み、地面が消える。
身体がなくなり、意識だけが落ちていく。
どこまでも深く、冷たい井戸に引きずり込まれる感覚。

そして、着地音のない落下の果てに、私はそこにいた。



【5】“祭壇”という存在

気づけば、私は黒い石畳の上に立っていた。

空はなく、光源もないのに、目は見えていた。
空間そのものが、ほんのりと鈍く光を発していた。

中央には、あの黒い台座。
ただし、前回よりも色が濃くなり、質感がざらついていた。
生きているように、“かすかに呼吸している”ようだった。

足元の石畳には、放射状に伸びる33本の線。
すべてが、台座の中心へと向かって集まっている。

その中心に、新しい手形の跡が刻まれていた。
まるで、誰かが“ここにいた”という証を刻んでいったように。

私は小さく呟いた。

「……Z34は、“祭壇そのもの”かもしれない」



【6】声と影

また、あの声が響いた。

「ログは受け取った。君も、その一人だ」

「何が目的だ。なぜ、彼らを……!」

「彼らが望んだ。“存在の拡張”を」

「それは……“死”じゃないのか?」

「ここにいる。彼らは、今も」

黒い影が、台座の周りに浮かび上がった。
形のない“人の残像”。
笑い声、怒声、祈り、泣き声。
それぞれの感情が、渦のように混じり合っている。

そしてその中心に、ひとつだけはっきりとした影が立っていた。

——ネメク・ソルダ。



【7】ネメクの言葉

ネメクは、私をまっすぐ見つめた。

声ではなく、思考そのものが伝わってくる。

「戻るな、ケイ。ここには“死”がない」
「苦しみも痛みもない。存在は、ここに残る」

「そんなの……生きてるとは言えない」

「だが、お前の妹は泣かずに済む。
君も、ルオに会える。彼は、ここにいる」

その言葉に、私は一瞬、揺れた。
けれど、すぐに理解した。

ここは、人間の後悔と欲望を“永遠の記録”にして閉じ込める空間だ。
希望のふりをした牢獄だ。

「俺は帰る。ルオも、リアも、“生きて”取り戻す!」

その瞬間、空間が赤く点滅し、警告が表示された。

切断まで10秒——
9、8、7……

黒い影が伸びてきた。
私はチョーカーを握りしめ、震える声で言った。

「リアのところへ……戻る!」

3、2、1——



【8】現実へ

目が覚めると、私は自宅の床に倒れていた。
頭が重い。意識がまだ深い水の底にあるようだった。

エリが涙を浮かべて、私の顔をのぞきこんでいた。

「生きてる……戻ってきた……!」

私はゆっくり起き上がり、モニターに目を向けた。

そこには、こう表示されていた。

【Z34:現在オフライン】

画面には最後に、台座の中央の画像が一瞬だけ残っていた。
その石の表面に、十字の印が、うっすらと浮かび上がっていた——



【つづく】

第4話「記録されなかった夜」へ
(消された記録、隠された運営者、そして“Z35”の影)

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