ラジオからの想い
あの夜、ラジオは僕の恋を知っていた
深夜のラジオが好きだった。
部屋の電気を消して、布団に入り、ラジオだけをつける。
昼間なら気にも留めないような小さな音まで聞こえる、静かな夜。
そこにラジオから流れてくる声があった。
顔も知らないパーソナリティなのに、深夜になると、まるで自分だけに話しかけてくれているように感じた。
そして、僕が楽しみにしていた時間があった。
リスナーから届いたメッセージが読まれる時間だ。
その中でも、なぜか心に残っているのが、好きな人の名前をイニシャルにして告白するメッセージ。
「僕は、M・Sさんのことが好きです」
「いつも話しかけてくれるK・T君へ。ずっと好きでした」
本当の名前は言わない。
学校名も、詳しいことも言わない。
たった二文字のイニシャル。
それなのに、ラジオの向こうから聞こえてくる告白は、妙にリアルだった。
誰だろう。
どんな人だろう。
相手も今、このラジオを聴いているのだろうか。
そして、何よりドキドキしたのが、自分の好きな人と同じイニシャルが読まれた夜だった。
「えっ……」
思わずラジオの音を大きくする。
もちろん、自分への告白ではない。
そんなはずはない。
住んでいる場所も違うかもしれない。
まったく知らない人のメッセージだ。
それでも、「もしかして……」
なんて考えてしまう。
今なら笑ってしまう。
でも、あの頃の僕は本気だった。
純情だった。
好きな人の名前と同じイニシャルがラジオから聞こえてきただけで、胸が高鳴った。
そして、知らない誰かの告白を聴きながら、僕も自分の好きな人を思い浮かべていた。
「自分も送ってみようかな」
そう思う。
でも、送れない。
もし読まれたらどうしよう。
本人が聴いていたらどうしよう。
友達に気づかれたらどうしよう。
そもそも、僕だとわかってもらえるのだろうか。
いろんなことを考えて、結局何もしない。
「好きです」
たったそれだけの言葉が言えなかった。
今のように、いつでもスマホからメッセージを送れる時代ではない。
だからこそ、ラジオから流れる告白には特別なものがあった。
顔も見えない。
名前もわからない。
聞こえるのは、パーソナリティが読み上げる誰かの想いだけ。
なのに、不思議なくらい心に届いた。
「好きな人がいます」
その一言を聴くたび、僕は知らない誰かの恋に、自分の恋を重ねていた。
頑張れ。
伝わるといいな。
そう思いながら聴いていた。
でも今になって思う。
あのとき僕が応援していたのは、知らないリスナーだけではなかった。
本当は、自分自身を応援していたのだ。
「お前も言えばいいじゃないか」
「好きなら、好きって伝えればいいじゃないか」
ラジオの向こうの誰かには簡単に言えるのに、自分にはできなかった。
そんな自分が、今では少し愛おしい。
あれから、ずいぶん時間がたった。
大人になった。
仕事をするようになった。
いろいろな人と出会い、いろいろな別れも経験した。
若い頃には想像もしなかったことが、人生にはたくさん起きることも知った。
大人になると、もっと上手に生きられると思っていた。
でも、そうでもなかった。
大切なことほど言えなかったり、言わなくても伝わるだろうと思ったり、あとになって、「あのとき、ちゃんと言っておけばよかった」と思ったりする。
だから、ときどき思い出す。
深夜の部屋。
枕元のラジオ。
そして、「僕は、○○さんが好きです」
と、イニシャルで読まれる誰かの告白。
たった二文字に、日本のどこかにいる誰かの恋が詰まっていた。
そして僕も、その二文字に自分の恋を重ねていた。
あの頃は、純情だった。
本当に純情だった。
好きな人を思うだけで一日が楽しくなった。
少し話せただけでうれしかった。
目が合っただけで、
「ひょっとして」
なんて考えた。
ラジオから同じイニシャルが聞こえれば、
「まさか」と胸が高鳴った。
今なら笑える。
でも、笑ってしまうようなあの時間こそ、僕にとって大切な青春だったのだと思う。
ラジオは、一方通行のようで、一方通行ではなかった。
誰かが送った一通のメッセージが、パーソナリティの声になって、
夜の空気を通って、僕の部屋に届く。
そして、その言葉を受け取った僕の中で、知らない誰かの恋が、僕自身の恋に変わっていく。
ラジオには、そんな不思議な力があった。
もし今、あの頃の僕に会えるなら、「勇気を出して告白しろ」
とは言わないと思う。
恋が叶うかどうかなんて、わからない。
ただ、一つだけ言いたい。
その時間を、大切にしろよ。
好きな人のことを考えて眠れなかった夜も。
ラジオから流れるイニシャルにドキッとした夜も。
自分もメッセージを送りたいのに送れなかった夜も。
全部、大切にしろ。
いつか、それを懐かしく思う日が来るから。
そしてもう一つ。
純情な自分を、恥ずかしがるなよ。
誰かを好きになることに一生懸命だった。
たった一文字のイニシャルに心を動かされた。
知らない人の告白を、本気で応援できた。
それはきっと、心がまっすぐだった証拠だ。
今でも、ときどき考える。
あの夜、ラジオで告白した人たちは、その後どうなったのだろう。
想いは届いたのだろうか。
相手はラジオを聴いていたのだろうか。
「これ、私のことかも」
そう思った人もいたのだろうか。
確認することはできない。
でも、それでいい。
答えがわからないまま残っているからこそ、あの夜の恋は、今も僕の記憶の中で生きている。
深夜のラジオ。
誰かの声。
そして、
好きな人のイニシャル。
たった一文字で胸が高鳴った、あの頃の僕。
時間は戻らない。
でも、ラジオを思い出せば、あの頃の自分には、いつでも会える。
純情だった時間。
純情だった自分。
そして、言えなかった「好き」の一言。
あの深夜のラジオは、今も僕の心の中で、あの日の続きを流している。
📝作者 深野剛(ふかのたかし)
一般社団法人くおん 代表理事
皆さんも、きっと思い出のラジオがあるとおもいます

