カイエ(雑記帳)#3 『報恩謝徳』-あなたがいたから、生きてこられた
あの初詣から3か月たった、もうすぐ春がやってこようという2025年3月も終りの頃、私と夫は、初詣の日と同じ伊勢の松尾観音寺の境内に向かう石段を昇っていた。けれど、もうあのピンク色のバギーに彼女の姿はない。代わりに、小さなピンクの骨覆(こつおおい)に包まれたフジ子を胸にしっかりと抱いていた。

火葬までの5日間、千葉の実家で呆然とフジ子の亡骸を抱き続ける私に、母は「フジちゃんのお葬式はどうするの」と尋ねた。
フジ子がその生涯の大半を過ごした広島でもなく、仮の住まいである千葉の実家の近くでお寺を探すというのも、なんだか形ばかりのようで違う気がした。なんとしても、フジ子が生きた証に精一杯の気持ちを込めて弔い、見送りたかった。そうでなければ、フジ子の身体と魂を、次の世界へ送り出せない気がしたのだ。
そのとき、暗闇から抜け出し希望に胸を膨らませて東へと向かった元旦の日、「ようこそお参りくださいました」と温かく声をかけて下さった、松尾観音寺の和尚さんのお顔が真っ先に思い浮かんだ。
「フジちゃん、松尾観音寺さんで、お願いできないかな」
無理を承知の上だった。
松尾観音寺は、本山も末寺も檀家も持たずいずれの既成宗派にも属さない「単立祈願寺」という仏教の本来の祈りの形を1300年守り続けてきた独自の古刹だ。菩提寺(お墓を管理するお寺)ではなく祈祷寺であるため、通常は人間の葬儀さえ行わない。ましてや、我が家の愛犬の供養を、と言って引き受けてもらえるものだろうか。
不安を抱えながら電話をかけた夫に、和尚さんはフジ子と参拝したあの日のことをしっかりと覚えていてくださった。 「今まで例のないことですので」と少し戸惑いながらも、「何とかできる形を考えましょう」と温かい声で応じてくださった。
折り返しの電話で、和尚さんはこう言って快く引き受けてくださったのだ。 「『あなた(フジ子)がいてくれたから、私たち(私と夫)はやってこられたんだ』という感謝の気持ちを込めて、お葬式ではなく『報恩謝徳(ほうおんしゃとく)』という形の法要をいたしましょう」
2025年3月25日。フジ子の遺骨を抱き、肩を落として石段を昇る私たちを、和尚さんは温かく出迎えてくださった。
仏教の教えにおいて、動物は形の上では「畜生道(ちくしょうどう)」に分類される。お寺の長いしきたりゆえに、フジ子の遺骨をそのまま本堂に上げることは叶わなかった。しかし「遺骨を抱えて外で待ちます」という私に、和尚さんは自ら、本堂正面木戸を全開にし、お堂の真ん前に椅子を設えてくださったのだ。元旦の初詣でさえ閉まっていたその正面木戸を開け放つことが、どれほど破格の配慮であったか。その優しさと心遣いに、今も感謝の念でいっぱいになる。
ふと顔を上げると、開いた木戸の真向かいには、元旦に手を合わせた十一面観音菩薩が静かにこちらに手を差し伸べておられた。
代表で本堂に入った夫だけでなく、私とフジ子の遺骨のためにも、和尚さんはわざわざ上段から降りてきてくださり、丁寧に内陣と同じご祈祷を捧げてして下さった。
そして、こう法話を届けてくださったのだ。
「魂というのは、それぞれの生で修行の課題をもって生まれてきます。
この体を持った命は終わりますが、魂は何度も生まれ変わりを繰り返し、この世の修行を終えてあの世に戻るのです。そしてまだ足りないところがあれば、『また勉強し直そう』と、この世に生まれ直します。その時この世で出会う魂というのは、必ずご縁の深い魂なのです。
フジ子さんは、今生、犬として生まれ、言葉が話せないという大きなハンディを負って、ご縁あるあなた方の家族になりました。
辛いとき、楽しい時を一緒に過ごされたことでしょう。
一番あなた方が彼女を必要としていたときに、そばにいて力づけてくれたはずです。
今あなた方がここまで深く悲しんでおられるということは、彼女は言葉のハンディを乗り越え、確かにあなた方との家族の絆を結んで生を全うしたということ。つまりこの世の修行を立派にやり遂げたということです。
その魂は必ずしや良いところに行かれているでしょう。魂は必ず生まれ変わります。ご縁のある魂とは、必ず再び巡りあうものです。ただ、私たちがそれに気が付かないだけなのです。
フジ子さんが生きてあなた方に与えてくれたものを、あなた方がこれからを『生きる力』にすること。それこそが本当の報恩謝徳となりましょう。」
和尚さんのお姿に、「祈り人(いのりびと)」という言葉が心に浮かんだ。
古今東西、宗教を問わず、このような真摯な祈りを捧げ続けてきた「祈り人」が、連綿と繋いできた気の遠くなるような歳月というものがある。1300年もの間、人々のために代々祈りを守ってきたこのお寺には、長い年月の間、どれほどの膨大な祈りが捧げられてきたのだろう。だからこそ、その祈りを引き継ぐ「祈り人」である和尚さんの般若心経の祈りには、あれほどまでに魂を揺さぶる力があるのだろう。
あの時から、般若心経をお唱えするのが、私の日課になった。般若心経の音を発していると、不思議とあの日のあの空間に繋がれる気がするのだ。
マントラや祈りがもつ力というのは、人々の祈りの思いが「音」の力に封じ込められ、宇宙の巨大な貯蔵庫に蓄積されたものなのかもしれない。時代や場所を超えて、私たちがその祈りの「音」が唱えたとき、蓄えられたエネルギーと共振し、それまでに人々が込めてきた途方もない祈りの力が引き出されるからなのではないだろうか――そんな風に思うことがある。
和尚さんの背後には、「お前立(おまえだち)」である十一面観音様が、静かに微笑み手を差し伸べていた。そのさらに奥には、秘仏であるご本尊がいらっしゃるのだ。
それからも、大阪での眼の治療の機会があると、私たちは松尾観音寺に立ち寄りお参りさせていただいた。
そのたびに、和尚さんと大奥様(お母さま)は、いつも変わらない温かさで「遠くから、ようこそお参りくださいました。」と迎えてくださった。
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その松尾観音寺さんの、12年に一度の御開帳が、今年2026年の5月2日から5日までの間に執り行われた。フジ子が我が家にやってきたのも、ちょうど12年前の御開帳の午(うま)年だった。
初めてお目にかかるご本尊『十一面観世音菩薩』と、脇侍の『地蔵菩薩』『毘沙門天』。
1300年の間、12年に一度の午年の御開帳期間以外は、何があっても、たとえ住職であっても拝むことは許されない。仏具師の手によって頑丈に組み立てられた厨子(ずし)に納められたご三体の秘仏は、御開帳の前に何重もの厳重な錠前を外され、丁寧に厨子ごと解体されてようやくその姿を現す。そして期間が終われば、再び組み立てられ、厳重に施錠されて次の12年後まで深い眠りにつく。
初めてお会いした秘仏のご本尊は、あの龍神伝説にある通り、かつての火災をくぐり抜けたため、全身が黒いお姿をされていた。その圧倒的な静けさの中にある存在感には、とうてい言葉では言い表せない、この世のものではない神々しさが宿っていた。
なぜ「秘仏」というものが存在するのか、ずっと疑問だった。けれどあの日、言葉にならない答えを受け取った気がした。
仏とは本来「あの世(常世)」の存在であり、「この世」という物質世界に長く形を留め続けることは不可能なのだろう。あの3日間の御開帳とは、こちらの世界とあちらの世界の境界線が解かれ、この世の私たちが直接繋がることを許される、聖なる約束の時間だったのかもしれない。
和尚さんの渾身の般若心経が深く響き渡る中、私はいつの間にか、仏様の大きなお掌(てのひら)の上で安らいでいるような、不思議な安心感に包まれていた。気がつくと、フジ子のお弔いをしたあの日と同じように、膝の上に置いたフジ子の写真の上へ、涙がぽたぽたと落ちていた。
御祈祷のあと、和尚さんは参拝者を、普段は僧侶しか上がることが許されないご本尊のすぐ目の前、上段の内陣へと上げてくださった。
「12年に一度ですからね、しっかりとお目に焼き付けてお帰りください。そして、この鍵はご本尊をお納めする厨子の鍵でございます。御焼香のあと、ご本尊を守り続けてきたこの鍵に、どうぞ触れて帰られてください」
ご本尊の前に置かれた、金属と木で作られた頑丈な鍵。秘仏を守ってきた長い年月と、歴代の「祈り人」の凄まじい念が込められたその鍵は、ずっしりと重かった。 あの時和尚さんはその意味を詳しくはご説明されなかったけれど、私にはそれが、仏様の住む「あの世」との扉を繋ぐ鍵に触れさせていただいたということなのだと思われた。祈るとき、人はいつでもこの御前に帰ってこられるのだ、と。
「あの世とこの世は、思ったより近かったんですね」
妄想、と言われるかも知れない。けれど日本縦断の約束の旅の間、信じられないような奇跡が起こるたび、私の心の中のフジ子は、何度も何度も私が信じるまでそう囁き続けた。あのいつものご機嫌な、悪戯っ子のような表情を浮かべ、黒曜石のような目をキラキラさせながら。

一年前、キャンピングカーの旅がこれから始まるという矢先、あっけなく旅立ってしまったフジ子。足元が底から崩れ落ちるような絶望の中に突き落とされていた私にとって、 『あなた(フジ子)がいてくれたから、二人はやってこれた。だから、これはお葬式ではなく、報恩謝徳の法要にしましょう』という和尚さんの言葉は、あのとき、私にもう一度生き直すための決定的な光を与えてくれた。
フジ子は、今も私のそばにいる。今は「常世(とこよ)」と「現世(うつしよ)」を自由に行き来できる姿になって。
今なら確かにわかる。魂は、その姿でなければ支えられない「誰か」のために、寸分の狂いもないタイミングで、その命の形を選び取るのだということを。
そして、フジ子が身体を持って私と過ごしてくれた10年5か月という時間は、あの地獄のような暗闇から私を守るために、神様が遣わしてくれた贈り物の時間だったのだ。
フジ子が遺してくれたキャンピングカーの鍵を握りしめ、砂浜に残る連綿と続く命の「消えない足跡」に、物語を書きだす力をもらったように。この日触れた秘仏の厨子の鍵は、これから私が「本当の自分の魂」へと還る道を、迷わずに進んでいくための大きな力をくれた。
帰り際、十数年前に張り替えた本堂の床に、自然と浮き出てきたという「なで龍(女龍)」さんにお酒をお供えし、静かに手を合わせた。 見上げるその優しいお顔は、畏れ多いがなんだか少し、フジ子に似てらっしゃる気がした。
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この旅の物語が、どこに行き着くのかはわかりません。
けれど、この物語の中にあるたくさんの寄り道や迷い道が、すべて光にたどり着くための迷路であると信じて、私は書き続けようと思います。
時系列を分け、別マガジン「カイエ(心の雑記帳)」には、この迷い道の中での逡巡と、今まさに揺れ動く心の記録を、リアルタイムで残していこうと思います。
(次回『カイエ(心の雑記帳)』の記事は…
今年のゴールデンウィークに訪れたフジ子の弔いをして頂いた松尾観音寺での12年に一度の御開帳、般若心経の響き、帰路予定外に登拝した三輪山での不思議な再会、そして星が読み解いて教えてくれたこと……。立て続けに起こった出来事が、「自分の心にもう嘘はつけないのだ」と、一段深く真実をあぶり出し始めています。
過去のフジ子の物語と、今を生きる私のリアルな心の揺れ。その二つの軌跡を、ここから並行して綴っていきます。どうぞ、この新しい旅にもお付き合いいただけたら幸いです。
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