見出し画像

はじめに

この物語は、私の魂を救いに来てくれた愛犬フジ子への感謝の記です。
​保護犬だったフジ子との出会いと別れ、そして彼女が遺したキャンピングカーでの一年に及ぶ日本縦断の約束、そこで起きた奇跡の実話です。

​喪失を経験した全ての人の痛みの先に、光が届きますように。願いを込めて綴ります。 

(物語中の人名や地名は、所々プライバシー保護のため仮名となっている箇所もあります。どうかご了承ください。)


あらすじ 

物語の幕開けは、2014年10月。秋の気配が深まり始めたある日、岡山県の保健所の冷たい檻の中から、一匹のコーギーが救い出された。推定3歳、当時の彼女は驚くほどに「やせっぽち」。おまけに頭を剃られて「はげちょびん」。しかしその瞳には、保護犬特有の不安だけではない、決して消えることのない強い生命の光が宿っていた。


保護された頃、体重8.2kg。



不屈のピアニスト、フジ子・ヘミングさんにちなみ「フジ子」と名付けられた彼女は、広島で「第二の犬生」をスタートさせる。 捨てられた記憶からか、一時間たりとも「お留守番」ができず、鳴くことさえできなかったフジ子。彼女を守る覚悟を決めたさゆり(筆者)は、フジ子との絆の中で、徐々に自分自身の強さを取り戻していく。

「ここが、だいすき♡」
ソファーの上で満面の笑みのフジ子



やがてフジ子は持ち前の明るさと「上機嫌」で、日々の暮らしに数えきれないほどの癒やしと笑顔をもたらすようになる。初めて犬と暮らすことになったさゆり夫婦にとって、それは喜びと戸惑いが交錯する試行錯誤の連続だった。けれどフジ子は、飼い主のぎこちなさを、天真爛漫な明るさでするりと解きほぐしていった。 かつて保健所で震えていた小さなコーギーは、いつしか家族の真ん中で一番の輝きを放つ、かけがえのない存在へと変わっていく。


振り向くと、よく一人でヘソ天をしては、じっとこちらを見ていた


真夏の灼熱の荒地から救い出された命。「不死身であれ」という強い祈りを込めた名前。しかし穏やかだった歳月は、静かに、けれど逃れようのない試練の季節へと色を変えていった。フジ子の小さな体には、足に、そして胸に、次々と腫瘍が影を落とす。生涯で三度もの大手術を経験したが、彼女は麻酔から覚めるたび、体に刻まれた傷跡を抱えながらも、自ら幸せを見つける力を決して失わなかった。


獣看護師さんがびっくりするほど
我慢強く、いつでもゴキゲンだった


やがて、自力で歩く自由を奪われても、フジ子の魂は立ち止まらなかった。車椅子の練習に励み、再び地面を蹴り、風を感じる喜びを諦めなかった。それはまるで、人生の岐路に打ちひしがれ、希望を失いかけていたさゆりたち夫婦に対し、無言の勇気を与え続けようとする「戦士」の姿のようでもあった。


旅先の阿蘇にて
 これが車いすで歩いた最後となった。


すべてを毅然と受け入れ、最後までおむつを拒み、自力排泄することへの矜持を守り抜いたフジ子。彼女が命を燃やしてやり遂げようとした「最期の役割」——それは、さゆりたちを広島から連れ出し、「安住の地」へ送り届けるための先導者(パイロット)となることだった。


最後まで鼻鳴きでトイレを知らせ、
少し誇らしげにベッドに戻ってくるフジ子


物語後半、フジ子の遺骨を抱いたさゆりと夫は、「フジ子号」と名付けたキャンピングカーとともに一年間の旅に出る。 九州・高千穂から北海道・知床、そして再び、かつてフジ子の昇天を見送った富士山へ。


「約束の旅」を果たす道中で出会う、説明のつかないタイミングや偶然の再会。それはまるで、フジ子が神様と相談して遺してくれた「愛のプレゼント」を、一つひとつ拾い集めるような旅だった。

フジ子が、その死のあとに残そうとしたものは、一体何だったのか。


-----------------------------------

私を救いにきてくれたあの子は、今も、私のすぐ隣にいる。

​パンドラの箱の最後に残ったのは、「希望」だった。
まるで、私の人生のようだ。

フジ子が残していった玉手箱を開けるような、そんな旅の物語を、これから少しずつ綴って行きます。

​同じように大切な誰かを、何かを失った人の心に、小さな灯が届きますように。

どうぞ私たちの旅に、気長におつきあいください。

-----------------------------------


フジ子、旅立った日の朝の笑顔


#保護犬 #コーギー #ごきげんフジコーギー #ペットロス #キャンピングカーの旅 #魂の約束 #グリーフケア #書くことは生きること


いいなと思ったら応援しよう!

ごきげん♡フジコーギー よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!