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こども性暴力防止法について

はじめに

日本では、子どもに対する性的暴力の根絶が重要な社会課題となっています。

こうした問題に対応するため、「こども性暴力防止法」(正式名称:「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」)が2024年6月に成立しました。

この法律は障害福祉の現場でも適用されますので、障害福祉事業者の皆様も理解しておきましょう。

本稿では、この法律の背景と概要、2025年前後の法改正や議論の動向、教育・福祉現場での対応、捜査や司法手続きの変化、被害者支援策と課題、加害者対策や再犯防止策、そして社会的反応について、順を追って解説いたします。

1.法律の概要と背景

こども性暴力防止法は、子どもと接する仕事に就く人について性犯罪歴の有無を確認する仕組み、いわゆる「日本版DBS(Disclosure and Barring Service)」の導入を柱としています。

これは、英国で2012年から運用されているDBS制度(性犯罪歴のある者が子どもに関わる職に就けないよう確認・制限する仕組み)をモデルにしたもので、米国・フランス・ドイツなど各国で導入されている子どもの保護策にならったものです。

日本でも長年、子どもへの性的虐待や搾取の深刻さが指摘され、こうした国際的な流れや国内外の要請を受けて法整備が進められてきました。特に欧州評議会が策定した包括的条約「子どもの性的搾取及び性的虐待からの保護に関する条約(ランサローテ条約)」への参加も求められており、日本政府には子どもの権利と安全を守るため更なる対応が期待されています。

子どもの性被害の現状と深刻さ

日本では毎年多くの児童・生徒が性犯罪の被害に遭っています。

警察庁統計によれば、2022年に認知された被害者が20歳未満の性犯罪(強制性交等罪や強制わいせつ罪)は2,776件に上りました。

これは氷山の一角であり、実際には報告されない被害がもっと存在すると考えられます。内閣府の調査では、若年層(16~24歳)の半数以上が誰にも相談していないとの結果もあり、性的被害は隠されがちな傾向があります。

また、手口が暴力や脅迫に限らない言葉巧みな性暴力や、インターネットを悪用した性的搾取も含めると、若年層全体の約26.4%が何らかの性被害を経験しているとの調査もあります。

こうした被害は被害者の心に深刻な傷を残し、「異性と会うのが怖い」「誰も信じられない」「夜眠れない」「自己肯定感が低下した」といった長期的な影響を及ぼします。子どもの心身に与える被害の重大性から、被害を未然に防ぐ対策は喫緊の課題となっています。

法整備に至る経緯と過去の事件

こども性暴力防止法の成立には、過去の痛ましい事件や制度の不備が背景にあります。教育現場では、教員による児童生徒へのわいせつ事件が後を絶たず、懲戒処分を受けた教員が数年後に再び教壇に立つことが可能だったため、再犯による被害拡大が問題視されてきました。

文部科学省の調査でも、2018年度に懲戒処分となった教員282人のうち、自校の児童生徒が被害者となったケースが124人(約44%)にも上っています。

こうした状況から「性暴力を行った教員を二度と教壇に立たせるな」という保護者や世論の声が強まり、2021年6月には「教員による児童生徒性暴力防止法」(教員等による性的行為は子どもの同意の有無に関わらず「性暴力」と明確化し、わいせつ行為で免許失効した教員の再免許取得を制限する法律)が成立・2022年4月施行に至りました。

この法律により、免許失効処分を受けた教員の氏名や免許番号がデータベース登録され、学校や教育委員会が採用時に検索することが義務付けられています。しかし適用範囲が学校内に限られていたため、免許を失った元教員が塾や児童養護施設など学校外で子どもと接する職に就くことは防げないという抜け穴が残っていました。

一方、保育の現場でも、性虐待で登録抹消処分となった保育士が別の施設で再就職する恐れが指摘され、児童福祉法を2022年に改正して保育士についても教員と同様の再登録制限やデータベース整備が行われました。

しかしこちらも対象は認可保育所など限られ、民間の無認可施設や習い事教室などは網がかかっていない状況でした。

こうした省庁ごと・業種ごとの縦割り対応では、「子どもを守る」という本来の目的に十分応えられないという問題意識が高まりました。例えば、わいせつ行為で免許を失った元教員が、学校外の場で子どもと接する職に就けば再び被害を起こす危険があります。このため「所管の違いによる隙間をなくし、包括的に子どもを守る制度が必要だ」との議論が起こったのです。

また、近年では学校・保育分野以外にも、芸能界での未成年への性加害問題(2023年に発覚した大手芸能事務所前社長による長年の性的虐待では、10代少年を中心に被害申告者が1,000人を超えたとされます)や、スポーツ指導の場、地域の子ども会活動など、様々な領域で子どもの安全を脅かす事件が明るみに出ました。こうした事例も社会に衝撃を与え、「特定の業種に限らず子どもを守る仕組みが必要だ」という認識を広めました。さらに、国際的にも子どもの性的搾取根絶は重要課題であり、2017年には政府が「児童の性的搾取等対策の基本計画(子どもの性被害防止プラン)」を策定、2020年には「性犯罪・性暴力対策の更なる強化の方針」を打ち出すなど、国を挙げた対策強化が進められてきました。しかし当時は各省庁が所管分野ごとに施策を講じていたため、抜本的な制度には至っていませんでした。

以上のような背景から、子ども家庭庁(2023年4月創設)の主導で、既存の縦割りを超えた包括的な子ども保護制度として「日本版DBS」の検討が本格化しました。2024年6月、超党派の賛成(全会一致)により「こども性暴力防止法」が成立し、日本は子どもへの性暴力防止策の大きな一歩を踏み出したのです。

2.2025年時点での法改正・新たな政策の議論

2024年に成立したこども性暴力防止法は、成立後も具体的な運用方法や関連制度について議論・整備が続けられています。

同法は公布から2年半以内(2026年12月25日まで)に施行される予定であり、それまでに詳細な実施体制やガイドラインを整えなければなりません。2025年には、この新制度の円滑な導入に向けて以下のような動きや議論が進行しています。

こども性暴力防止法施行に向けた準備

子ども家庭庁は2025年4月、法律の運用指針を検討するための「こども性暴力防止法施行準備検討会」(有識者検討会)を設置し、初会合が開かれました。

この検討会には法学者や弁護士、保育団体関係者、保護者代表、自治体担当者など16名が参加しており、座長には東京大学名誉教授の内田貴氏(民法学者)が就任しています。

議論の論点は、

(1) 性犯罪歴確認の対象となる事業・職種の範囲
(2) 万一性犯罪歴が判明した場合の具体的措置(配置転換や解雇勧告など)の内容
(3) 任意の認定制度とする民間事業者への対応

など多岐にわたります。

例えば、小中高の学校や幼稚園、認可保育所、児童養護施設、障害児入所施設などは法律上性犯罪歴確認が義務付けられる対象ですが、学習塾や無認可の習い事教室・保育施設など民間事業者は義務ではなく任意参加の認定制度となる予定です。

このため、認定制度の参加対象をどこまで広げるか、また職種についても教員や保育士だけでなく調理員・事務員・送迎バス運転手など子どもと接する機会のある職員を含めるかといった点が議論されています。

検討会では、例えばベビーシッターのマッチングサイト運営者(無認可ベビーシッター事業)も認定制度の対象に含める案などが示されました。

2025年秋頃までに中間取りまとめを行い、同年末までにガイドライン策定を目指すスケジュールで議論が進められています。

さらに、政府内の省庁間調整も進んでいます。

2025年6月には、関係各省庁の局長級職員で構成する「施行準備委員会」が発足し、こども家庭庁や内閣府、警察庁、個人情報保護委員会、デジタル庁、法務省、文部科学省、厚生労働省などが参加して法律施行に向けた協議を開始しました。

この委員会では施行日やシステム運用開始日の設定(こども家庭庁案では2026年12月25日施行・運用開始とされています)、各機関の役割分担、情報連携の方法、個人情報保護への配慮などが協議されています。

子ども政策担当相の三原じゅん子大臣は「有識者会議の検討と並行して、政府として万全の態勢を構築する」旨を述べており、法施行に向けて官民両面で準備が着実に進められている状況です。

刑法改正など性犯罪全体の法制度強化

こども性暴力防止法と前後して、日本では性犯罪に関する刑法の大幅改正も行われました。特に2023年7月には、長年批判の声が上がっていた性犯罪規定の見直しが実現し、以下のような重要な変更が施行されています。

  • 性交同意年齢(性的同意年齢)の引き上げ: これまで刑法上「13歳以上」であれば明示的な暴行・脅迫が無い性的行為は処罰されませんでしたが、2023年改正で性的同意年齢が16歳未満に引き上げられました。ただし13歳以上16歳未満の場合は、加害者が被害者より5歳以上年長である場合に処罰対象となるという一定の条件(いわゆる「5歳差要件」)が設けられています。これにより、例えば18歳の高校生同士の合意の性交が直ちに犯罪になることは避けつつ、明らかに大人が中学生・高校生年代を性対象にした場合は処罰できるようになりました。「13歳」という世界的にも低すぎる同意年齢を日本は長らく維持してきましたが、ようやく主要国並みの水準(16歳)に引き上げられた形です。

  • 「不同意性交等罪」の新設: 従来、強姦罪に相当する罪は「強制性交等罪」という名称で、暴行・脅迫によって反抗を著しく困難にさせた場合などに成立する規定でした。しかし被害実態に鑑み、「暴行や脅迫がなくとも本人の同意がない性行為は処罰されるべき」という考えから、改正刑法では名称を「不同意性交等罪」に改め、被害者が明確な拒絶の意思を示せない状況(泥酔・薬物影響下や心理的支配関係下など)も処罰対象として明文化されました。これにより、「抵抗しなかった=同意した」と見なされ無罪となるような不当判決を防ぎ、被害者の置かれた状況を考慮した判断が可能になっています。

  • 監護者わいせつ・性交等罪の創設: 親や親代わりの立場にある者、教育・指導等で監督下にいる者が18歳未満の子どもに性的行為をした場合、「監護者性交等罪」「監護者わいせつ罪」として処罰できるようになりました。従来はこうしたケースでも子どもが13歳以上だと「同意があれば合法」と扱われかねませんでしたが、支配的な関係性下での性行為は同意が真に自由意思ではないとして新たに独立の罪名が設けられたのです。例えばコーチと教え子、継父母と子ども、学校の先輩と後輩など、影響力のある立場を利用した性加害がこれに該当します。これも、実際に起きた事件で処罰が困難だった事例を踏まえた改正です。

  • その他の新規定: 16歳未満の者への性的意図での接触要求を処罰する「性交目的誘引罪」(いわゆるグルーミング行為への対処)や、盗撮行為を処罰する新法(2023年制定の「性的姿態撮影等処罰法」)も整備されました。これらはインターネット交流サイト等で子どもを言葉巧みに誘い出す犯罪への対策や、盗撮被害の深刻化に対応したものです。

  • 公訴時効の延長: 性犯罪の公訴時効(事件後に起訴できる期間)が延長されました。特に被害者が18歳未満の場合、心身の未熟さや被害申告の難しさを踏まえ、不同意性交等罪の公訴時効を15年、不同意わいせつ罪を12年に延長するなど、以前より長く起訴が可能となっています。子どもの頃受けた性的虐待を、大人になってからようやく訴え出るケースも多いため、被害者が適切に司法救済を受けられるよう配慮された改正です。

これら刑法の改正は、2019年頃から被害者や市民による声が高まったことが契機でした。象徴的なのは、2019年4月から始まった「フラワーデモ」と呼ばれる毎月の抗議集会です。

強姦罪の無罪判決が相次いだことに異議を唱える形で東京から始まったこの運動は全国47都道府県に広がり、「もう黙っていられない」「被害を次世代に繰り返させない」と多くの女性たち(男性被害者も含む)が声を上げました。

また「#MeToo」「#WithYou」などSNS上の告発・連帯の広がりも後押しとなり、政府は有識者会議を設置して刑法見直しの検討に着手、2023年の改正成立に至ったのです。こども性暴力防止法も、こうした世論の後押しの中で成立した重要な法律であり、2025年現在、その具体化に向けたステップを着実に踏んでいる状況です。

さらに2025年には、新たな課題に対応する動きも見られます。

その一つがAI技術の悪用による「児童の性的イメージのディープフェイク」問題です。卒業アルバムの写真など実在する子どもの顔をもとに、AIで性的な合成画像を作り出しインターネット上に拡散するといった被害が現実化しつつあります。この問題は「卒アル問題」とも呼ばれ、誰もが加害者にも被害者にもなり得る新たなリスクとして社会で認識が高まりました。

2023年には世界的にも注目された事案であり、日本政府も対応を検討しています。2025年の通常国会では、AI分野の新法の附帯決議において「児童の性的ディープフェイク」への厳正な取締りと対策強化が求められ、子ども家庭庁の三原大臣は「法制上の対応の必要性も含めて司令塔として取り組む」と表明しました。現在、関係省庁や有識者によるワーキンググループで議論が進められており、必要に応じて法整備も検討される見通しです。これは従来の刑法や児童ポルノ禁止法では直接取り締まれない新手法の犯罪に対処するもので、今後の重要な政策課題となっています。

以上のように、2025年時点ではこども性暴力防止法の円滑な施行準備と、関連する刑法等の制度強化、新たなリスクへの対策が並行して進められている状況です。政府与党内でも「子どもへの性暴力根絶」に向けた議論が活発化しており、法制度面・政策面の両方から子どもの安全を守る枠組みが整いつつあります。

3.教育現場や福祉機関での対応・指針

子どもへの性暴力を防ぐためには、法律だけでなく教育・福祉の現場での具体的な対策と指針が不可欠です。学校、保育所、児童養護施設など子どもが生活する現場では、職員による性加害の防止策や、子ども自身が被害を訴えやすい環境づくりなど、多方面の取り組みが求められています。

学校における取り組み

学校現場では前述の通り、教員による性暴力防止法(2021年成立)が施行され、教員免許の管理強化が図られました。

具体的には、わいせつ行為等で免許を失効した元教員の情報がデータベース化され、採用時のチェックが義務付けられています。これにより、過去に不祥事を起こした人物が他県で教員として再雇用されるといった事態を防ぐ効果が期待されています。また文部科学省は同法の趣旨を踏まえ、教員免許再交付の厳格化に関する運用指針を策定し、性犯罪で免許失効となった者が再び教職に就くハードルを大幅に上げました。例えば懲戒免職処分から3年経過すれば再取得できた従来制度を見直し、性加害歴がある場合には第三者委員会の審査を経ること、事実上再交付しない運用とすることなどが示されています。

さらに学校では、教職員への研修・啓発も強化されています。児童生徒との関係における適切な接し方や境界線(ボーダー)の教育、万一不適切行為を見聞きした際の通報義務の徹底などが指導されています。また、生徒に対しても性暴力の防止教育が試みられています。例えば高校の「保健」や中学校の「体育」の授業で、望まない性的接触を拒む意思表示(性的同意の概念)や、困った時の相談先について教える教材を用いる自治体も出てきました。内閣府は毎年4月を「若年層の性暴力被害予防月間」と定め、「同意のない性行為は性暴力」「一人で抱え込まず相談を」といったメッセージを盛り込んだ啓発ポスターや動画を学校に提供しています。

2025年度にはタレントのバービーさんらを起用した教育動画も制作され、生徒が性暴力について学び考える機会を作っています。こうした教育啓発により、子どもたち自身が「おかしい」と感じた時に声を上げやすくするとともに、加害行為に走らない意識づけ(子どもが加害者にも傍観者にもならないための教育)を推進しています。

学校での相談体制の拡充も図られています。スクールカウンセラーや養護教諭の役割が強調され、児童生徒が性被害を打ち明けやすい信頼できる大人として機能できるよう研修が行われています。また、教育委員会や学校から警察への通報・連携も迅速になりつつあります。以前は学校内の不祥事として隠蔽されがちだった性被害も、現在では警察庁と文科省の通達により必ず警察に届けることが求められています。これは先述の「性犯罪・性暴力対策の強化方針」(2020年)で確認されたもので、被害届の遺漏なく提出するよう全国の教育委員会に指示が出されています。こうした連携強化によって、加害教員の処分逃れや事件の闇化を防ぎ、被害児童を保護する手立てが早期に取られるようになっています。

福祉・保育の現場での取り組み

児童養護施設、里親委託、障害児施設、保育園・幼稚園など福祉・保育の現場でも、子どもへの性的虐待を防ぐための対応が進んでいます。児童福祉法の改正(2022年・2025年)により、児童相談所(児相)や福祉施設での虐待対応が強化されました。特に2025年4月に成立した改正児童福祉法では、虐待の早期発見と対応強化が柱とされ、性的虐待の兆候を見逃さないための職員研修や、関係機関との情報共有の徹底が盛り込まれています(例えば、転居しても児相間で過去の虐待情報を引き継ぐ仕組みなど)。また施設職員による不適切行為への監督責任が明確化され、指針違反があれば行政処分を下すことも可能となりました。これらにより、子どもを預かる施設内での加害行為を抑止し、問題発生時には迅速に対処する体制が強化されています。

こども性暴力防止法が本格施行されれば、福祉分野でも職員採用時の性犯罪歴確認が制度化されます。児童養護施設や障害児施設は法律上の義務対象ですので、新規採用・配置転換の際に子ども家庭庁を通じて法務省の前科照会を行うことになります。保育士についても、認可保育所・認定こども園は義務対象、無認可の施設は任意認定の枠でカバーされる見込みです。すでに2022年改正児童福祉法で保育士登録取消者のデータベースが整備されています、こども性暴力防止法により保育の現場全般で網羅的なチェックが行われるようになります。

また福祉の現場では、子どものケアにあたる職員の意識向上も図られています。虐待防止マニュアルには性的虐待への注意事項が明記され、例えば子どもの体に不自然な傷や性的な知識・振る舞いが見られた場合には速やかに児相へ相談する、とのルールがあります。職員が抱える悩み相談窓口も設置され、万一同僚に不審な言動がある場合に匿名で報告できる仕組みも作られています。里親家庭に対しても研修で「性的虐待の兆候」「適切な距離感」を教えるなど、予防策を講じています。さらに一部の自治体では、子ども自らSOSを発しやすくする工夫として、施設内や学校内に意見箱・ホットラインを設ける試みもあります。信頼できる第三者機関(例えば弁護士や児童福祉司OB)が子どもの訴えを直接受け付ける仕組みを作り、施設内の隠れた虐待を早期に発見しようという取り組みです。

教育・福祉現場で共通する課題は、人員や資金の不足です。性暴力防止には手間と専門知識が必要ですが、現場の忙しさや人手不足から対策が後回しになる恐れも指摘されています。そのため国は、地方自治体向け補助金で虐待防止対策の予算措置を進めています。例えば施設職員の研修費用、外部専門家の招聘費、子どもへの啓発教材費などに充当できる交付金を増額し、現場が取り組みやすい環境を整えつつあります。また児童相談所の増員やスーパーバイザー配置なども進められており、性的虐待を含む虐待対応全般の充実が図られています。

4.捜査・司法手続きの変化

子どもが性犯罪の被害に遭った場合、捜査や司法の手続きも被害者に配慮した形に変化しつつあります。従来、子どもにとって警察への被害申告や裁判で証言すること自体が大きな負担となっていました。近年は、こうした負担を軽減しつつ適正な捜査・処罰を行うための仕組みが拡充されています。

捜査段階での配慮

警察では、性犯罪被害者に対する対応マニュアルを整備し、女性警察官や専門の相談員を配置するなどの措置を取っています。被害届の受理時にはプライバシーに配慮した専用相談室で話を聞き、子どもが話しやすい雰囲気を作るよう努めています。児童への聞き取りは、心的外傷を避けるため原則として一度に集中して行い、必要以上に繰り返さないようにしています。また、ビデオ録画による供述調書の作成も行われる場合があります。これにより、後の公判で証言を繰り返さなくても済むように配慮することができます。警察庁も都道府県警察に対し、児童への聞き取りには児童心理の専門家の助言を受けることや、必要に応じて児童相談所と連携することなど指導しています。

インターネットを介した犯罪に対しては、サイバー捜査の強化が図られています。子どもを性的に狙う「オンライン・グルーミング」(SNS等で言葉巧みに誘い出す行為)に警察は警戒を強め、サイバーパトロールや囮捜査的手法も活用して摘発に努めています。また児童ポルノに関しては、警察庁がハッシュ値(画像データの識別子)による検知システムを導入し、インターネット上で児童虐待画像・動画が出回らないようプロバイダ等と協力しています。被害児童が特定できた場合は、その子の保護やケアに直ちに繋げる体制もとられています。

司法・裁判での配慮

児童が被害者となった事件では、公判での証言方法にも特別の配慮が認められます。例えば、裁判所は被害児童が加害者と顔を合わせずに証言できるよう、ビデオリンク方式(別室からテレビ会議のように証言)やついたての設置を許可することがあります。また、法廷で証言する際には心理カウンセラー等の信頼できる大人が同席して精神的サポートを行う「付添人制度」も活用されています。この付添人は検察官とは別に被害者側の立場に立って子どもの緊張を和らげ、必要なら証言の補助的な質問をすることもできます。さらに、性犯罪裁判では被害者参加制度により被害者(またはその法定代理人)は公判に出席して意見を述べたり、量刑について求刑意見を出すことも認められています。子どもの場合、代理人として保護者や弁護士が代弁し、子どもの心情や被害の実態を裁判所に伝えることができます。

検察・警察においても、二次被害防止の観点からの改善が見られます。取り調べや検証を必要最小限に留め、被害内容を思い出させるような不適切な質問をしないよう訓練されています。また、性的被害の証拠収集に当たっては、ワンストップ支援センター(後述)と連携して早期に医師による検査・証拠採取を行い、被害者の身体的・精神的負担を軽減する努力もなされています。

2023年の刑法改正では、不起訴となった性犯罪事件でも一定の場合に再捜査・起訴が可能となる制度も検討されました(現時点では見送り)。しかし捜査段階で明らかな証拠不足や被害者の事情で告訴を取り下げた場合など、泣き寝入りとなった事件の救済も課題に挙がっています。今後、時効の更なる延長や起訴の柔軟化など、被害者が成長してからでも司法の扉を叩けるような制度の検討が続く見通しです。

総じて、子どもが性被害に遭った際には「被害者の心情に最大限配慮しつつ、加害者を適正に罰する」というバランスを図りながら、警察・司法手続きが改善されてきています。これは被害当事者や支援者の長年の訴えが実を結びつつある面でもあり、今後も子どもの視点に立った制度運用が求められるでしょう。

5.被害者支援の制度と課題

性暴力の被害に遭った子どもを支える被害者支援制度も、この数年で拡充されています。特に注目されるのが、「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」(通称:ワンストップセンター)の整備です。これは性被害に遭った方が、医療・警察・相談支援を一箇所で受けられるようにする窓口で、心身のケアと証拠保全を迅速に行う目的で全国に設置が進められてきました。

ワンストップ支援センターの拡充

政府は第5次男女共同参画基本計画(2020年)で「2025年までに全ての都道府県で365日24時間対応のワンストップセンターを整備」する目標を掲げています。これを受け、各地でセンター設置が進み、2025年4月現在、全47都道府県に少なくとも1箇所(計52カ所、支所含め55カ所)のワンストップセンターが設置されています。これは数年前と比べ大きな前進で、以前は未整備だった県もカバーされました。しかし、国連が推奨する「人口20万人に1カ所」の水準と比べると、日本はまだ約6分の1程度の密度に留まっています。つまり、地域によっては1つのセンターが担うエリアが広大で、利用しづらい場合があるのです。

さらに質的な課題もあります。医療機関と連携した「病院拠点型」のセンターは全国で12カ所しかなく、緊急避妊薬の処方や感染症検査、証拠採取といった医療的ケアをその場で提供できる体制が限られています。また、24時間365日いつでも直接対応可能なセンターは21都道府県にとどまるのが現状です。夜間や休日に被害に遭ってもすぐ相談できなければ意味がないため、全センターの24時間化が課題となっています。政府は暫定措置として2022年末から夜間休日のコールセンター(電話相談代行)を開設しましたが、被害者から遠い場所の電話相談で適切な支援につなげられるのか専門家から懸念が出ています。やはり地元のセンター自体が24時間体制を敷く必要性が高いと言えます。

国も財政面での支援を強化しつつありますが、予算不足は依然深刻です。国の交付金はセンター運営費の1/2、医療費の1/3を上限に補助する仕組みですが、実際にはそれ以上の費用がかかり、不足分は自治体や寄付、スタッフの献身に支えられているという声があります。例えば、大阪の「性暴力救援センター・大阪SACHICO」は先進的な病院拠点型センターですが、府民や全国の声により大阪府の委託事業として公的支援を得られるようになった経緯があります。しかしそれでも運営はボランティアの熱意に支えられており、安定した財政支援と人員確保が不可欠とされています。2024年9月には、大阪・東京・名古屋・京都・兵庫・島根・広島・千葉の8団体が連名で政府に対し「ワンストップセンターの存続・強化のため抜本支援を求める要望書」を提出しています。これは地方の現場から国への強い要望の表れであり、政府も2025年度予算で交付金の増額や常勤スタッフ確保の支援を盛り込むなど、対応を図っています。

ワンストップセンターの窓口には、子どもの被害者ももちろん含まれます。ただ、子どもが一人で訪れるのは難しい場合も多く、実際には保護者や学校・児童相談所などを通じて繋がるケースが多いようです。センターでは必要に応じて小児科医や臨床心理士、児童福祉の専門家とも連携し、被害児童に寄り添った対応をとっています。性的被害を受けた子どもはショックで口を閉ざしたり、大人への不信感から心を開けない場合もあります。そうした場合でも、センターのスタッフは無理に聞き出さず「話せる範囲でいいよ」と子どものペースに合わせた傾聴を行います。証拠採取が必要な場合も、子どもの同意を得ながら行い、その後の心のケアも継続して提供します。精神科医による診療やカウンセリングにつなげることもでき、児童相談所とも協働して必要なら一時保護等の措置をとることもあります。

その他の被害者支援策

ワンストップセンター以外にも、子どもの性被害者を支える制度はあります。各都道府県には「被害者支援センター」(犯罪被害者等早期支援団体)があり、性犯罪も含め犯罪被害者の相談や付き添い支援、見舞金申請のサポートなどを行っています。子どもの場合、保護者とともにこうした支援を受けることができます。また、公的な給付制度として「犯罪被害給付制度」があり、加害者からの賠償が得られない場合に国が一定の給付金(障害見舞金や遺族給付金)を支給する仕組みもあります。性被害で心身に障害が残ったケースではこの対象となることがあります。

心理的ケアの面では、自治体が臨床心理士によるカウンセリング費用を助成する制度を設ける例も増えています。例えば東京都などでは、性犯罪被害者が一定回数まで無料で専門カウンセリングを受けられる事業があります。子どもは成長段階で被害の影響が表面化することもあり、長期にわたるケアが必要です。思春期に差し掛かった頃にPTSD症状が出てくることもあるため、必要なときにいつでも相談・治療を受けられる環境づくりが課題となります。

また、学校復帰や日常生活への支援も重要です。性被害に遭った子どもの中には、学校に通えなくなったり、人間関係に恐怖を感じるようになる子もいます。そうした子どもに対し、スクールソーシャルワーカーやフリースクールと連携して学習の場を提供したり、家族へのカウンセリングを行ったりする取り組みもあります。被害直後だけでなく、その後の被害児童の人生を長い目で支えるセーフティネットが求められています。

被害者支援の課題

被害者支援にはなお課題も残ります。第一に認知度の問題があります。ワンストップセンターや相談窓口の存在を知らない人は多く、特に子ども自身や若年層への周知が不十分との指摘があります。このため内閣府は全国共通短縮番号「 #8891 (はやくワンストップ)」を導入し、電話をかければ自動的に最寄りのワンストップセンターにつながるようにしています。さらに、SNSで気軽に相談できるよう**「Cure Time(キュアタイム)」**というチャット相談も開設し、若者が匿名でLINE感覚で相談できるよう工夫しています。学校でもこうした窓口の情報を掲示したり配布物に載せたりしていますが、被害に遭っても誰にも言えない子をどう発見し、救い出すかが大きな課題です。被害者が相談しやすい雰囲気作り、周囲の大人の気付き力向上など、コミュニティ全体で支える意識が求められています。

第二に、支援体制の地域格差も課題です。都市部では比較的専門機関が揃っていますが、地方では支援団体や専門医が少なく、例えば子どもの心のケアに長けた臨床心理士が身近にいない場合もあります。遠方のセンターに行く交通費や、親が付き添う際の負担なども問題です。国はオンラインで専門家に相談できる仕組みや、広域で専門職を派遣する制度なども検討しています。

第三に、司法手続き中の支援です。裁判が長引く場合、子どもや家族の精神的負担は計り知れません。現在も検察庁に被害者連絡係がいてサポートしますが、裁判所に行くたび当時を思い出す苦痛があります。欧米の一部では「子どもアドボケイト」制度があり、被害児童に専任支援者が付き添って法的手続き全般をナビゲートする仕組みがあります。日本でもこうした制度導入を求める声があります。

総じて、被害者支援は量(拠点数・予算)と質(専門性・継続支援)の両面でまだ改善の余地があります。とはいえ、ここ数年で社会の意識が高まり、政府や自治体も重い腰を上げ始めたことで、少しずつですが頼れる支援網が広がってきています。被害を受けた子どもが安心して相談でき、必要なケアを受けられる環境を整えることが、被害からの回復と人生の再建に不可欠です。そのために、引き続ききめ細かな支援策の拡充が望まれています。

6.加害者対策や再犯防止政策

子どもへの性暴力を防止するには、被害者側への支援だけでなく加害者側への対策と再犯防止も極めて重要です。こども性暴力防止法は「前科のある者を子どもと接する職から排除する」ことに焦点を当てていますが、それ以外にも加害者の再犯を防ぐ包括的な政策が求められます。ここでは、日本における性犯罪加害者への処遇や再犯防止策について解説します。

日本版DBS(前科照会制度)の仕組み

まず、こども性暴力防止法に基づく日本版DBS制度は、再犯防止策として画期的な一面を持ちます。最長20年間さかのぼって性犯罪の前科を確認し、該当者には教育・保育現場での就業を制限するというものです。具体的には、子どもと関わる仕事に就く人(新規採用者)は、本人の戸籍情報をこども家庭庁に提出し、雇用主はこども家庭庁を通じ法務省(検察庁)の前科データベースに照会します。もし性犯罪に該当する前科がヒットした場合、こども家庭庁から応募者本人に「犯罪事実確認書」が交付されます。本人がそれを受け取った段階で、採用を辞退すれば雇用先には前科情報は伝わりませんが、すでに職に就いている人への定期的な確認では、結果が直接所属事業者に通知されます。そして雇用者(学校や施設)は、その職員を子どもと接しない部署に配置転換するか、退職勧告を行うなどの措置を取る義務を負います。

この制度によって、過去に児童への性加害を犯した人物が再び子どもと接触する機会を持つことを制度的に遮断できると期待されています。先述のように、従来は教員免許や保育士登録の範囲でしか再就職制限がなく、無認可の分野や他業種に移られると把握できませんでした。それがDBS制度では一元的にチェックできるようになるため、子どもに関わる幅広い領域で前科者を排除する強力な予防策となります。

もっとも、この制度には慎重な運用も求められます。前科情報という極めてデリケートな個人情報が公的機関から民間に伝達されることになるため、情報漏洩防止策や本人の名誉回復の仕組みなども議論されています。例えば英国のDBSでは、更生して一定期間経った軽微な前科は証明書に記載しないなどの配慮があります。日本版でも、どの範囲の前科を対象にするか(例えば18歳未満が被害者の性犯罪に限定するのか等)細則が決められる見込みです。また確認の結果、「性暴力のおそれがある」と判断される場合も配置転換の対象になるとされており、これは前科がなくても不審行動などから子ども家庭庁が警告を出すケースを想定しています。恣意的な判断や誤判定がないよう、透明で公平な運用基準が必要です。現在の有識者会議でも、「本人への事前通知期間(現行案では2週間以内に辞職すれば雇用先に通知されない措置)」「誤った照会結果が出た場合の救済」などが論点となっています。

性犯罪者の処遇プログラムと治療

法律による就業制限は再犯防止の一つの手段ですが、それだけで加害者の再犯欲求を抑え込めるとは限りません。そこで、性犯罪を犯した人に対する矯正・更生プログラムが以前から運用されています。法務省は2006年(平成18年)から、刑務所出所者や保護観察中の性犯罪者に対する専門的処遇プログラムを導入しました。これは臨床心理士や保護観察官が中心となり、認知行動療法を用いて性衝動のコントロール方法や歪んだ認知の修正を図るプログラムです。グループワークや個別面接を通じて、自らの犯罪要因を分析し、再犯防止の対策(高まった欲求への対処法、誘惑からの回避法など)を身につけさせる内容になっています。2020年には専門家による検討会でこのプログラムの改善が図られ、対象者のリスクレベルに応じたより効果的な教材・手法に改訂されました。例えば少年院では若年の性加害経験者向けに、被害者の視点を理解させる教育や性倫理観の醸成を行っています。一方、刑務所内でも全受刑者を対象にした一般改善指導に加え、選択的な「特別改善指導」としての性犯罪再犯防止プログラムが提供されています。刑務官や専門職員が定期的に講習を行い、受刑者自身に更生計画を立てさせるなどの取り組みです。

また、社会復帰後のフォローも重要です。保護観察所では、保護観察付き執行猶予や仮釈放で出所した人に対し、定期的な面談や訪問指導を行っています。高リスクの性犯罪者には、再犯防止担当の保護観察官が重点的に指導し、生活状況のチェックや必要な助言を与えています。さらに民間の協力雇用主と連携して職場環境を整えたり、NPOと協働して社会との接点をサポートすることもあります。近年では、一部の自治体で「性犯罪加害者支援プログラム」を地域に導入する試みもあります。例えば大阪府では、痴漢で検挙された人(刑務所に行かない軽度のケース)向けに、行政が主導する再犯防止教育プログラムを用意しています。専門カウンセラーが面談を重ね、本人に再犯しない誓約を書かせたりするもので、東京などでも検討が始まっています。

一方で、日本では法的に化学的去勢(ホルモン注射による性衝動抑制)などの措置は行われていません。韓国や一部欧米で導入例がありますが、人権上の議論もあり日本では採用されていない状況です。ただし医療の力を借りた治療は徐々に進んでいます。例えばNPO法人「SOMEC」のように、性嗜好障害の専門治療を外来で提供する医療センターも現れました。ここでは精神科医が薬物療法(性欲抑制剤の処方)やカウンセリングを行い、加害者本人が「もう二度と過ちを犯したくない」と望む場合に治療に当たっています。しかしこれはあくまで任意治療であり、公的制度として確立されているわけではありません。実際、性犯罪者の多くは自ら進んで治療を求めることは少ないとも言われます。そのため、保護観察期間が終わり社会的な監視が無くなった後に再犯してしまうケースも課題です。

再犯防止策の課題

性犯罪者の再犯率自体は、一般に思われているより必ずしも高くはないとのデータもあります。例えば初犯の強制わいせつ・強制性交罪で有罪判決を受けた人の再犯率(5年以内)は、一部統計では10~15%程度とも報告されています。他の窃盗罪などと比べ突出して高いわけではありません。しかし一度でも再犯が起これば被害者が新たに生まれるため、社会の不安は極めて大きいものがあります。また、日本版DBSの議論の中でも、「前科照会だけで本当に再犯は防げるのか」という疑問が専門家から呈されました。過去に罪を犯していなくても初犯で重大事件を起こす者もいる以上、前科が無い人を採用しても絶対安全とは言えません。また前科がある人を一律に排除することが、社会復帰を阻み逆効果ではないかとの懸念もあります。この点について政府は、DBS制度はあくまでリスクを下げる手段であり、並行して更生プログラムや監視強化も行う必要があるとしています。

もう一つの課題は、社会の受け入れ方です。性犯罪は極めて忌むべき行為であり、加害者に対する厳しい視線は当然です。しかし更生の意思を持つ元加害者に対し、就労や社会参加の機会を完全に閉ざしてしまうと、かえって孤立から再犯につながる恐れも指摘されています。例えば海外では、刑期を終えた性犯罪者が居住地で村八分に遭い、居場所を失って行方をくらまし、当局の監視も届かなくなったという事例もあります。日本版DBSは職業制限のみで住所や素性を公開するものではありませんが、対象者に対する社会の理解と、更生支援のバランスも議論が必要でしょう。

こども性暴力防止法には、加害者の再教育プログラムや治療についての直接の規定はありません。しかし政府全体としては、2021年に成立した「再犯防止推進法」(犯罪者の再犯防止等の推進に関する法律)に基づき総合的な再犯防止策を進めています。その中には性犯罪者への指導も含まれており、法務省・厚労省・警察などが連携して更生保護体制の充実が図られています。今後、DBS制度の成果と課題を見極めつつ、必要に応じて性犯罪者の社会内処遇をより強化する仕組み(例えば一定の高リスク者に対するGPS監視や報告義務など)の検討も行われる可能性があります。ただ、これらは人権との兼ね合いもあり慎重に議論されるべき事項です。

総じて、加害者対策は「犯させない」「再び犯させない」という予防的アプローチが中心になってきています。日本版DBSはその象徴的な制度ですが、それ以外にも教育・矯正・監督・治療といった多層的な対策を組み合わせ、子どもを性暴力から守る社会を築いていくことが求められます。

7.社会的反応(世論・報道・政治家の発言など)

子どもへの性暴力防止に関する一連の法整備と政策強化は、社会の強い関心と支持を背景に実現しました。同時に、その過程では様々な意見や議論も巻き起こりました。ここでは世論やメディア、政治家の発言など社会的反応について整理します。

世論の高まりと支援

前述したように、2019年以降のフラワーデモや#MeToo運動などで、性暴力被害者たちの声が広く社会に届くようになりました。特に女性たちが「沈黙せず声を上げる」風潮が広がり、性被害に対する社会の意識は大きく変化しました。これは子どもの被害に関しても同様で、「守るべき子どもが被害に遭っている」という事実への憤りと悲しみが共有されるようになりました。ニュースで教師やコーチによる事件が報じられると、SNS上では「許せない」「子どもの心が心配だ」といった声が相次ぎ、被害者家族への共感と加害者への厳罰を求める意見が渦巻きました。一方で「子どもを取り巻く大人の世界を根本から見直すべき」との建設的な意見も増え、教育現場での体質改善や、子ども自身の人権教育の必要性が語られるようになりました。

また、性暴力被害者を支援するNPOや専門家の活動がメディアで紹介される機会も増えました。性的虐待サバイバー(生存者)の方々が顔や実名を公表して体験を語る場面も現れ、例えば元タレントの女性が児童期の性虐待体験を告白し、そのトラウマと回復の道のりを綴った書籍が話題になるなどしました。著名人ではありませんが、一般の被害当事者がエッセイやSNSで発信することも増え、そうした勇気ある発信に多くの支持と励ましが寄せられています。「被害に遭ったあなたは悪くない」「一人じゃない」というメッセージが社会に浸透しつつあることは、今後被害を表に出しやすくする上で重要な変化と言えるでしょう。

報道機関の姿勢

マスメディアもかつてに比べ、性犯罪報道における被害者への配慮を強めています。以前は性被害のニュースで被害者側にも落ち度があったかのような表現(例えば「女性にも隙があった」等)が見受けられることがありましたが、近年はそうした二次加害的報道は減りました。特に子どもが被害者の場合、実名や詳細を伏せつつ、事件の構図や背景に焦点を当てた報道がなされる傾向です。教員のわいせつ事件では「なぜ再発を防げなかったのか」という制度上の問題に踏み込み、関係者のコメントを引き出すなど、単なる事件報道に留まらない深掘り記事が増えました。また、統計データや専門家の分析を交え、「性暴力は根絶できるのか」といった特集を組む報道も見られます。全国紙の社説でも、こども性暴力防止法の成立時には「遅すぎたくらいだ」「確実な施行とさらなる対策を」という論調で各紙概ね評価していました。

一方、報道の課題として加害者の匿名報道の是非があります。未成年加害者の場合は少年法で匿名ですが、成人の加害教員なども「〇〇市の中学校元教諭(30代男性)」のように名前が伏せられることがあります。これは被害者特定につながらないようにという配慮の場合もありますが、世間からは「なぜ実名報道しないのか」「甘いのでは」と批判が出ることもあります。報道各社はケースバイケースで判断しているようですが、性犯罪の加害者情報の扱いについては議論が残るところです(ただし前述のDBS制度が本格化すれば、前科者の名前がある程度関係者には知られるようになるため、報道の実名匿名に関わらず一定の抑止力は働くでしょう)。

政治家・行政の姿勢

政治の世界でも、子どもの性暴力防止は与野党を超えたテーマとなっています。こども性暴力防止法は自民・公明与党から立憲民主・維新・共産まで全会派一致で成立した経緯があり、対立のない課題として位置付けられました。与党内では、2019年頃から自民党の「子ども・若者輝く未来創造本部」内にプロジェクトチームができ、日本版DBS法案の骨子をまとめるなど主導しました。その座長を務めたのが元参議院議員の三原じゅん子氏で、後に子ども政策担当大臣として法成立・施行準備に尽力しています。三原氏自身、「子どもへの性暴力は絶対に防がなければならない」と強い決意を繰り返し表明しており、政府内での調整役を担いました。また自民党の池田佳隆衆院議員が2020年の委員会で「わいせつ教員が二度と教壇に立てない制度こそ政府の責任」と熱弁を振るったことも記憶されています。こうした発言がきっかけとなり、文科省や法務省が重い腰を上げた面もあります。

野党側も、旧立憲民主党の若手議員らが性暴力被害者支援法案を準備したり、共産党が政策集で性暴力根絶と被害者支援の強化を訴えたりと、積極的に取り組んでいます。立憲の塩村あやか参院議員などは、強制性交罪の要件見直しや同意年齢引き上げを国会質問で繰り返し訴え、法改正実現に貢献しました。共産党の吉良よし子参院議員は、ジャニーズ事務所の性加害問題を受けて「政府・与党の傍観はありえない段階だ」と会見し、芸能界のみならず社会全体での性暴力根絶体制を求めました。このように、各党が競い合うように政策提言する状況は、被害者にとっても心強い流れです。

行政側では、新設された子ども家庭庁が旗振り役となりました。初代長官の小倉將信氏(当時)や現長官も、記者会見で「子どもの性被害を一件でも減らすのが我々の使命」と述べ、予算確保や関係省庁との連携に努めています。また警察庁長官も記者会見で、「性犯罪は従来の捜査手法では検挙が困難な場合も多い。技術・法律両面で対応力を高める」と述べ、AI時代の新手の性犯罪に対する危機感を示しました。法務省も2023年の刑法改正Q&Aを公表し、「同意なき性行為は犯罪になり得ることを明確にした」と広報するなど、国民への周知に力を入れています。このように、政府・行政機関は総じて前向きに取り組んでおり、施行に向けた詰めの作業が続いています。

専門家の意見と懸念

社会的反応の中には、専門家による提言や懸念の声もあります。例えば刑法学者の園田寿氏(弁護士、甲南大学名誉教授)は、朝日新聞のGLOBE紙上に寄稿し、日本版DBSについて「問題は山積みだ」と指摘しました。園田氏は、前科情報を民間に提供することの危険性や、性犯罪者の再犯率に関するエビデンス不足を挙げ、「過去の前科情報を利用することが将来の性犯罪予防に有効かどうか疑問が残る」としています。また、「DBS制度は際限なく対象が広がりかねない」「犯罪者の社会復帰の機会を奪う副作用がある」との懸念も示しました。実際、英国DBSは教職以外にも様々な職種で前科照会が行われていますが、その範囲が広がりすぎると社会全体に監視社会的な弊害が出る可能性も指摘されています。園田氏のような声は少数派ではありますが、人権保護と犯罪予防のバランスを考える上で重要な観点と言えます。

他にも心理学の専門家からは、「加害者の性嗜好や人格傾向に踏み込んだ治療が必要」との意見や、教育学の観点から「子ども自身が自分の身を守るスキルを学ぶ教育をもっと行うべきだ」との提案などが出されています。性的同意教育については「若年層への啓発がまだまだ足りない」「大人も学び直す必要がある」との声もあり、文化的・社会的な意識改革の重要性が説かれます。これら専門家の意見は、今後の政策改善に活かされていくでしょう。

社会全体の取り組みへ

総じて、日本社会はここ数年で子どもの性暴力問題に真正面から向き合い始めたと言えます。一昔前までは、恥ずかしい話として隠されがちだった児童への性的虐待も、今では公に議論され、被害者支援や加害者対策が社会課題として認識されるようになりました。被害者の声に耳を傾ける土壌ができ、立法・行政が動き、教育現場も変わりつつあります。もちろん一朝一夕に状況が好転するわけではありませんが、確実に前進していると言えるでしょう。

今後は、成立した法律や制度を「実効性あるものにする」ことが鍵となります。机上の空論で終わらせず、現場に浸透させ、運用を検証し、不備があれば迅速に修正するというPDCAサイクルが求められます。また、性暴力の問題は子どもに限らずあらゆる世代・性別に関わる人権課題です。子ども時代の被害が将来に影を落とすことを防ぐためにも、社会全体で暴力を許さない文化を醸成していく必要があります。

「子どもを性暴力から守ること」は、社会の責任です。一人ひとりの大人が関心を持ち、子どもの異変に気づき、声なき声を救い上げること。そして行政・教育・司法が連携し、二度と被害を繰り返させないこと。こども性暴力防止法はその象徴として位置付けられ、2025年現在、その理念を具体化する挑戦が続いています。私たち社会全体で子どもの笑顔と未来を守るため、今後も粘り強い取り組みが必要とされています。

以上、日本における「こども性暴力防止法」を中心に、関連する法改正・議論・施策の最新動向を詳しく解説いたしました。子どもたちが安全・安心に成長できる社会の実現に向けて、本稿がお役に立てば幸いです。

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