愛犬が教えてくれた、もう一度つながるということ
※この物語は、個人が特定されないよう一部設定や表現を調整しています。
私の朝は、
頬に受ける肉球スタンプから始まる。
おきて ごはん さんぽ
言葉をかわせなくても、
何をしてほしいのかはだいたい伝わる。
重たいまぶたをこすりながら
大きくなった身体を抱き上げ、
玄関の扉を開く。
一歩外に出ると、今日もすれ違う
ワンちゃんと飼い主さん。
名前も知らない人と
「おはようございます」と挨拶を交わす日々。
昔の私が今を知ったら
きっと信じてもらえないんじゃないかと思う。
人とつながるために持っていたものを、
私は一度、ほぼ全部消したことがある。
青春を共に過ごしたクラスメイト。
卒業式の日に写真を撮った友人。
年に一度は絶対に会おうねと約束した、
部活の仲間たち。
一覧に並ぶアカウント名を見ると
その人の顔が、声が、思い出が
脳裏に浮かぶ。
でも、
その日はどうしても
思い出すことができなかった。
“本当にアカウントを削除しますか?”
あの時、どんな気持ちで
このボタンを押したんだっけ。
今はもう、思い出すことができない。
覚えているのは、
みんなの顔が思い浮かばないくらい、
白い画面に映る文字が歪んでいたことと
世の中とか未来とか、
全部どうでもいいやということだけだった。
LINE
この日を境に、
繋がっていたものをすべて消去して
私は、電波の世界から姿を消した。
その子と出会ったのは、
私がまだ個人事業主という言葉の重さも
知らなかった頃だった。
美容の専門学校に通っていて、
鹿児島から上京して
ひとり暮らしをしている。
どこにでもいる普通の女の子だった。
これからこういうことをしたい。
いつか、こういう場所を作りたい。
だから今、インスタとTwitterで
こんなことやってみているんだ。
その子が話す未来は、
私がそれまで見ていた景色とは
まるで違っていた。
私も同じアプリを持っているし
日頃から眺めていたけれど
そんな使い方ができるなんて
考えたこともなかった。
すごいね。
いいなぁ、楽しそう。
独り言にも近いその言葉に
なっちゃんもやってみればいいじゃん
と返された時は
突然、別の道が現れたようだった。
年齢も同じで、
まだ何者でもない女の子。
でも、その言葉だけは
やけに大きくて、眩しくて。
心の中でうごめく好奇心を
私はどうしても止めることができなかった。
私は物心ついた頃から
親にも、友達にも、先生にも
目立った反抗をしたことがない
子どもだったと思う。
勧められた学校に行き、
勧められた部活を選んだ。
部長をやってほしい。
卒業生代表の挨拶をしてほしい。
そう言われたら、
二つ返事で応えていた。
そんな私が
初めて自らの意思で反抗したのは
二十歳の誕生日の夜。
寝静まった部屋で
足音を立てないよう、
息を殺して家を出た。
持っていったのは
3日分の着替えと
スマホとMacBook。
そして、
母から貰ったCOACHの財布。
それから、
個人事業主になって
1人で生きていくんだという覚悟。
今思えば、
そんなに生き急いで
やることでもなかったと思うし
もっと人を信じて
相談しても良かったと思う。
税金とか、契約の交わし方、
仕事を取り続けることの難しさや、
人からお金をいただくことの重さを
もっと知ってからでも良かった。
大学に行き、バイトをして、
空いた時間に少しずつやるやり方だって
いくらでもあったはず。
だけど、あの時は
そんなこと微塵も考える余裕はなくて
とにかく、時間が欲しかった。
意見を言っても
ぶったりしてこない居場所がほしかった。
長女という肩書から開放されたかった。
新たな道に挑戦してみたい私を
否定しない環境が欲しかった。
何より、その子が語る夢を
誰よりも近くで見てみたかった。
敷かれたレールを歩むしか無いと
思っていた私に、
突然現れた全く違う道。
すべてを捨ててでもいいから
その先で見える景色がどんなものなのか
この目で確かめてみたかった。
抑えきれない好奇心と覚悟を胸に
終電で新宿へ向かう。
大学を中退したのは
しばらくしてからのことだった。
それからの毎日は、
宝石箱のようにキラキラと輝いていた。
朝起きて、パソコンを叩き
お腹が空いたら
はなまるうどん新宿西口店へ行く日々。
へぇ~、公式LINEって
私でも作れるんだ。
アカウントって2つ作れるんだ。
DMって一気に送ったら
規制がかかるんだ。
見るもの、触れるもの
すべてが新鮮だった。
小説しか触れたことがなかった図書館で
初めてビジネス本の本棚に足を踏み入れたのも
その頃からだった。
あのまま進んでいたら
一生知ることもなかった知識を
少しずつ、頭のなかに詰め込んでいく。
初めてローンチを配信した日のことは
今でも鮮明に覚えている。
102人と表示された公式LINEから
「プログラムに参加したいです」と
ぽつりぽつりと通知が届き
銀行口座の数字の桁が
初めてひとつ増えた。
あぁ、自分が生きていた世界は
なんてちっぽけだったんだろう。
その子がキャッキャと笑うたびに
私の中の濁った水槽には
新しい水が注がれ、
溜まっていた泥のようなものが
少しずつ、取り除かれていくような気がした。
あの頃の私は
この生活に終わりがくることを
想像することすらできなかった。
コツコツと運用を続け、
2年が過ぎた頃には
アカウントは1万人を超えていた。
公式LINEも4桁になり
毎月30人以上の新規顧客が
プログラムに参加してくださった。
その頃の私たちは、
日が昇る少し前から夜が更けるまで
一日中、顧客対応に追われていた。
気づけば
はなまるうどんにも行かなくなり、
Uber Eatsで適当に食事を済ませる日が続いた。
少しずつ対応が雑になっていく彼女をみて
心の中でチクリとした痛みと
違和感を覚える。
だけど、その違和感を
言葉にすることはできなかった。
今思えば、あの頃捨てたはずの
反抗しない“いい子の仮面”を
被っていたのかもしれない。
気づけば、あの時のキラキラとした輝きは
見る影もなくなっていた。
この生活に終止符が打たれたのは
とある一つの投稿からだった。
なっちゃんやばい、炎上してる。
朝、通知を見ると
そこには今までみたことのない言葉の数々。
見たことのないアイコンが
私の生活に存在しない単語を
次々に書き残していた。
公式LINEには
参加者の不安の声が相次いで届く。
彼女の貧乏ゆすりが床を通して振動する。
ひとまず落ち着こう。
まずはリストの人たちの対応から始めようよ。
彼女にそう声をかけたものの
返事はこなかった。
…大丈夫?
私の記憶では、
そう声をかけたはずだった。
だけど、そこから先のことは
正直うまく思い出せない。
覚えているのは、
聞いたことのない強い言葉と強い音が
私の耳の奥に鳴り響いていたことと
あまりに突然のことで
単語と感情が結びつかなかったことくらい。
私の居場所は突然、
音もなく静かに崩れていった。
彼女とどんな言葉を交わしたのか、
どうやってあの日、
彼女の家を出たのか
記憶を辿ろうとしたものの
ごっそり抜け落ちていて
今も思い出すことはできなかった。
朝なのか夜なのか
何日経っていて、今は何月なのか。
そんなことすらわからなくなるほど
私の心は何も感じられなくなっていた。
当時の彼氏が届けてくれる食事を
生命維持のためだけに喉に流し込む日々。
そんな生活を変えたのは、
唯一連絡を取り合っていた
妹からの一通のSMSだった。
高校生になったから家を出たい。
お母さんが、
お姉ちゃんと一緒に住むのなら
家を出ていいって言っている。
Twitterも、Instagramも、LINEも消し
ほぼすべての繋がりを絶っていた中で
届いたメッセージは、
私の中で
止まってきた歯車を再び動かす
きっかけを与えてくれた。
あの時死ぬほど呪っていた
長女という肩書に、
初めて救われた瞬間だった。
そこから少しずつ、
私は再び
社会との繋がりを持ち始めた。
派遣会社に登録し、
家から1時間かかる会社へ
通勤する生活が始まった。
一度退学した大学は
通信教育学部に転部という形で
4年次編入で再入学した。
派遣先の会社で頑張りが認められ
大学卒業とともに、新入社員の枠で
正社員登用してもらえることになった。
経費で本を買っていい。
出張で全国に行かせてもらえる。
自分の足りないことを指摘してもらえる。
お客様とのご縁も少しずつ増え
感謝の言葉を受けるたびに、
あの日から再び濁ってしまった水槽に
別の新しい水が注がれていくようだった。
受けた恩を返したくて
私は懸命に働いた。
そして、あと数ヶ月頑張れば
昇進と昇格というタイミングで
私のSMSに、一通の通知が届いた。
久しぶりだね。〇〇の姉です。
昨夜、〇〇が亡くなりました。
申し訳ないんだけど、
公式LINEの動かし方がわからないから
教えてもらえないかな…。
あまりに現実味のない言葉は、
私を取り巻いていた昇進や昇格の言葉を
一瞬にしてかき消した。
お姉さんとLINEを交換し、
電話を繋ぎながら
あの頃を辿るように
1つずつ、淡々と説明していく。
あの頃のことは
すべて忘れたと思っていたけれど
不思議なことに、スルスルと言葉が出てくる。
人間って、
些細なきっかけからいつだって
記憶や感情を呼び寄せることができるんだ…。
座学でかじっていた心理学の情報が、
体験として自らの血肉へと繋がれていく。
電波越しに聞こえるお姉さんの声が
意味を理解できないまま
スマホから垂れ流される。
葬儀は明後日行われること。
あの子は、私と喧嘩したことを
後悔していたということ。
お姉さんは
私を葬儀に呼ぼうと思っていたこと。
本当は呼ぼうとしたけれど、
母親は、自分の子どもをたぶらかした人間を
二度と見たくないと言っていること。
真実とかけ離れた言葉を受けて
本当ならば、なにか言い返したかった。
だけど
何の言葉も、思い浮かばなかった。
ごめんねという言葉に、
大丈夫です。
お気遣いいただきありがとうございます。
と心にない言葉を発した。
通話を切った時、
時計の針は深夜3時半を指していた。
正直なことを言うと、
今もまだ傷は開いたままなのかもしれない。
もし葬儀に行っていたとして、
私は彼女になんて言葉をかけるんだろう。
ごめんね。
ありがとう。
あの時は、
…いや、どれも違う。
私にしっくりくる言葉なんて
どこにも存在しなかった。
中途半端に投げ出したご縁は
ある日突然切れてしまうこと。
なにか言おうとしたときには、
もう届かない場所に
行ってしまっていることもあること。
そして、
二度と会えなくなるご縁があること。
人生25年目にして、
そんな知りたくもなかったことを
心の深いところに、刻んでしまった。
私の生活に
“好転”という言葉が生まれたのは、
妹とペットショップに行った
あの日からだったと思う。
ららぽーとの2階にあるペットショップ。
買い物の休憩がてら覗いたら
ショーウィンドウの中に、
まだ生後3ヶ月のその子がいた。
周りの子が元気に走り回る中、
隅っこで1人のんびりおもちゃを噛む様子に
私は、目を奪われてしまった。
この子はうちに来る子だ。
衝動買いと言われても仕方ない。
だけど、理屈じゃ説明できない
強い直感のようなものがあった。
その日私は、値札も見ずに
小さな命を家に迎え入れることを決めた。
それからというもの
私の中心には、いつも愛犬がいる。
この子がきてから、
本当に多くのことが変わった。
片道1時間の通勤時間が惜しくて
会社の隣に家を借りた。
愛犬の話題から話がはずみ
今の夫と出会った。
Amazonの買い物履歴は
犬用のグッズが並び、
お風呂に入れた日なんて
ドライヤーをする時間もいれると
40分近くかかってしまう。
私がお世話をしなければ
生きていくことができない小さな命。
効率化とか時短とか、
そんな言葉が好きだった私の生活に
“非効率”が増えていく。
そんな時間が
何よりも愛おしく感じた。
今朝も、
頬に肉球が乗った。
おきて ごはん さんぽ
私は重たいまぶたをこすりながら、
大きくなった身体を抱き上げ
玄関の扉を開ける。
そして今日も、名前も知らない人と
「おはようございます」と挨拶を交わす。
昔の私なら、
きっと信じられなかった朝を
今日も過ごしている。
6月17日。
今日は、
この子の誕生日。
いつ終わるかわからない
この日々を、この命を、
私は何よりも大切にしていきたい。
そして今日だからこそ
この子に伝えたい。
生まれてきてくれて
ありがとう。

(6月24日更新)
本記事は
「#ペットとの暮らし 」で
コングラボードをいただきました。
多くの方に読んでいただき
感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます🌿
約3万6千件ある
— ふくり|凪のSNS設計 (@Fukuriwork) June 23, 2026
「 #ペットとの暮らし 」で
コングラボードをいただきました!
以前、他の記事でこの表示出たのに
スクショする前に消してしまってたから
初めてXでお伝えできました…!😭
コングラボードはもちろんですが、
スクショできたことに感激しています…!笑 pic.twitter.com/SDHNxnObng
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ふくりの余白帖
日常、心理、暮らし、愛犬との時間、発信の裏側など。 SNS設計の手前にある、ふくりの価値観や人柄がにじむ余白の記録です。
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