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好きなことから仕事をつくる「漁業コミュニケーター」の歩み

福島県いわき市では、高校生や大学生などを対象に、地元で暮らし、働くことを学ぶ体験プログラム「いわきアカデミア」が行われています。2025年度に新たに始まった「探究カフェ」の講師を務めたのが漁業コミュニケーターの久保奈都子さんです。

海の仕事や漁業への興味から「漁業コミュニケーター」という新たな仕事を生み出した久保さんですが、自分自身の進路・キャリアに悩んだ時期もあったといいます。なぜこの生き方を選んだのか、お話を伺いました。



いわきの漁師の娘として育つ

久保奈都子さんは、いわき市で漁業を営む家庭に生まれました。小さな頃から海や漁はとても身近な存在でしたが、当時は「どちらかと言えば漁業からは離れたい」と思っていたといいます。だからこそ、都会に出ることを目標に、勉強に力を注いでいました。

大学を選ぶ際には「漁業に関わる進路なら納得してもらえるのでは」と考え、東京海洋大学の海洋環境学科に進学。海洋科学を専門に学び始めました。

しかし大学2年生の時、東日本大震災が発生。家業である漁業も壊滅的な被害を受けました。あの日を境に、久保さんの進路や漁業への向き合い方は大きく変わります。

在学中には、いわき市漁協や地元漁業者と協力し、いわきの漁業の現状を伝えるスタディーツアーを企画。大学3年生のときには、初めて父をはじめとする地元の漁師たちからじっくり話を聞く機会を設けました。そこで触れたのは、厳しい環境の中でも力強く漁を続ける漁師たちの姿でした。

自分の地元に、こんなすごい人たちがいたんだ
心からそう感じた瞬間だったといいます。

この体験をきっかけに、「この人たちのために何かしたい」という思いが芽生えたといいます。かつては遠ざけたいと感じていた漁業が、未来につなげていきたいものへと変わっていきました。

悩みながら「自分の好きなこと」を考え直す

大学卒業後、全国漁業協同組合連合会(全漁連)に就職した久保さん。10年間勤務し、そのうち7年間は水産政策の提言部署、残りの3年間は広報として新しいWebメディア「Sakanadia」の立ち上げに関わりました。

幼いころから海が身近にあり、自然と漁業の世界に惹かれていった久保さん。「好きなことを仕事にしたい」という思いで歩んできたはずの道でしたが、仕事に打ち込むうちに、ふと立ち止まる瞬間があったといいます。

——「私って、本当に漁業が好きなんだっけ?

いつの間にか、“好き”という気持ちが「漁業のために」「漁師のために」という使命感に変わっていました。気づけば、“やらなければならないこと”として働いている自分に、違和感を覚えたと話します。

「誰かの期待に応えるためではなく、自分の気持ちに正直に生きたい」。そう考えた久保さんは、10年勤めた職場を離れる決断をしました。

転職先は、まったくの異業種。海から離れた場所で暮らすうちに、「私が本当に好きなことはなんだろう」「やりたかったけど諦めたことはなかったかな」と、自分自身と向き合う時間が増えていきました。

そうして少しずつ、“何になりたいか”ではなく“どう生きたいか”、“誰かがどう思うか”よりも“自分がどう感じるか”を大切にできるようになっていったといいます。そして、たどり着いた答えはとてもシンプルでした。
やっぱり、私は漁師や漁業が大好きなんだ」。

今は、好きなことを自分のペースで追いかけられるよう、フリーランスとして独立し、新たなスタートを切った久保さん。関東といわき市の二拠点生活が始まりました。

「漁業コミュニケーター」という仕事を生み出す

久保さんのお仕事は水産加工会社の広報や、漁業を伝えるライター、大学の研究者のフィールドワークコーディネート、漁業の担い手対策のプロデュースなど、多岐にわたります。久保さんの名刺に書かれた肩書きは「漁業コミュニケーター」。これはもともと存在していたわけではなく、自らつくり出した職業名です。そこに込めたのは、漁業に関わる人たちの翻訳者としての役割。

漁業に関わる人々は多様であり、それぞれが異なる生活や価値観、考え方を持っています。久保さんは、そうした人々の間に立ち、それぞれの言葉を翻訳しながら、一つの目標や想いを実現するためのサポートを行っています。

久保さんが漁業コミュニケーターとして大切にしているのは、とにかく現場に足を運ぶこと。「できるだけ漁業の現場に行って、いつも新しい情報を自分の目で確かめています。誰かと向き合うときも、実際に見て感じたことを自分の言葉で伝えるからこそ、相手と同じ立場で話ができる。だからこそ、現場を見続けてリアルを知り続けることが欠かせない」と語りました。

伝えていきたい漁業の価値

近年の漁獲量の減少など、漁業のニュースの中にはマイナスなものもあるのが現実です。しかし、久保さんは全国の漁業を見てきた経験から、漁業は「食料生産」という社会に不可欠な産業であり、日本の沿岸漁業にはまだ大きな可能性が眠っていることを実感しています。

漁師は、私たちの食を支えるエッセンシャルワーカー。漁業の一番の価値は“食料を生み出す力”にあります

私たちが毎日のように食べている魚は、小売店や仲買人、市場、そして漁師さんたち…つまり「漁業」としっかりつながっています。 漁業は一見すると生活とは遠いものに思えるかもしれませんが、そう考えると、「漁業は誰にとっても無関係ではない」ということがわかるはずです。

久保さんは、漁業の現場を身近に感じてもらうため、2025年3月にユニークなワークショップを企画しました。テーマは漁師の陸(おか)仕事のひとつである「船のメンテナンス」。数年に一度行う、船のサビや劣化を防ぐためのペンキ塗りを、参加者みんなで体験できるというものです。使用した船は久保さんのお父様が所有する船。当初、このアイデアを家族に話したときには「ペンキ塗りなんてやりたい人いるの?」と懐疑的な反応もあったそうです。ところが実際には「やってみたい!」「楽しそう!」という声が集まり、多くの参加申し込みにつながりました。

漁業を次世代に受け継いでいくために、若い世代が漁業に興味を持ってもらえることにも力を入れていきたいと考える久保さん。この取り組みを通じて漁師の仕事を知ってもらい、漁業に対する理解や関心を高めることができました。

久保さんは、2025年8月に開催された探究カフェで、集まったいわきの高校生に対して次のように話しました。「高校生の皆さんは可能性にあふれ、たくさんの分岐点に立つ世代だと思います。だからこそ悩むことも多いはず。でも、その悩みこそが選択肢を広げるチャンスにもなります」

そして、「漁業コミュニケーター」という仕事を生み出した経験をもとに、こう、話しました。

「やりたいことに挑戦するのに年齢は関係なく、いくつになっても始められる、挑戦できる。社会にこんなものがあったらいいなと思うことがあれば、自分で新しい仕事をつくることだってできます

久保さんはこれからも「翻訳者」として漁業に関わる人と人とをつなげていきます。



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