見出し画像

レジ袋有料化から5年。なぜか“レジ袋0円の店で買い物したくなる訳”を考えてみる

「レジ袋つけますか?」これって実は地味にストレス?

近所に、新しくレジ袋が0円のドラッグストアができた。
ドラッグストアといっても、食品や日用品までそろう“ほぼスーパー”。
気づけば、なんとなくここで買い物することが増えた。

「袋、もらえるしな」
それだけで、ちょっと得した気分になる。
冷静に考えれば、レジ袋を買う店のほうがトータルでは安いのかもしれない。
それでも、つい“袋が無料の店”を選んでしまう。
なぜだろう。今日はその理由を少し考えてみたい。

1|3円が惜しいわけじゃない

レジ袋の有料化にはもう慣れた。
3円や5円を払うのは、もちろんたいした出費ではない。
けれど、積もればそれなりに大きい。
毎日の買い物で何度も重なると、じわじわ効いてくる。

「環境のため」と言われるけれど、正直、それがどれだけ意味があるのかはよくわからない。
本当に効果があるのか?
少し疑っているのが本音だ。

それでも、レジで「袋いりますか?」と聞かれるたびに、ほんの一瞬、考えてしまう。
買うか、いらないか、マイバッグを出すか。
その一瞬が、意外と面倒だ。
マイバッグを持っていれば良いが、忘れてしまうときもある。
そんなときは地味にストレスを感じる。

お金というより、考えること自体が小さな負担になっている気がする。

その店では「袋つけますね」すらない。
すべてセルフレジで、袋はレジ横に備え付けられている。
必要なら黙って取るだけ。
誰にも聞かれず、誰にも答えずに済む。
その気楽さが、意外と大きい。

2|判断を迫られることの疲れ

袋を買うかどうか。
ほんの数秒のことだけれど、毎回その判断を求められる。

買い物は本来、気分転換のようなものだ。
それなのに、会計のたびにちいさな選択を迫られると、
なぜか少しだけ疲れる。

調べてみると、こうした状態は「判断疲れ」と呼ばれるらしい。
人は1日に何千回も判断していると言われる。
服を選ぶ、食べるものを決める、予定を立てるなどである。
そんな日常の積み重ねだけでも、脳はかなりのエネルギーを使っているという。

だからこそ、「いちいち考えなくていい」仕組みはありがたい。
レジ袋の有料化は、環境には良いのかもしれない。
けれど、買い物のたびに増える“ちいさな判断”は、
思っている以上に人の気力を削っている気がする。

レジ袋無料のお店で買い物したくなるのは、
袋が無料だからではなく、考えなくていいからなのかもしれない。

3|“無料”がうれしいのは、気前の良さを感じるからかも

レジ袋が無料かどうかなんて、実際は数円の差しかない。
積もれば確かに大きいが、一回一回で見ればたいした負担ではない。
だから、レジ袋有料について考えるとき、金額は本質ではないのかもしれない。

それでも、初めて行った店で「袋はご自由に」と書かれていたら、
きっとうれしくなると思う。
得した気分になり、「いいお店だな」と感じる人も多いはずだ。

無料というより、気前がいいという好意的な印象が残る。
少なくとも、こちらが何かを我慢したり、ちいさな選択を強いられたりしない安心感がある。

要するに、心理的な負担がない
それが何より大きい。

同じものを他の店で買ったら、実はそちらの方が安いかもしれない。
けれど、金額とストレスを合わせて考えれば、“0円の店”のほうが安く感じる。
いや、むしろそう思いたいのかもしれない。

レジ袋が0円の店を選びたくなるのは、損得ではなく、その気楽さに惹かれているからだと思う。

4|結論:心理的コストの少ない方を選びがちだからかもしれない

レジ袋が無料の店を選ぶのは、節約のためではない。
ただ、心理的なコストが少ない方が楽だからだ。

買い物のたびに「袋いりますか?」と聞かれない。
考えなくていい、答えなくていい、気を使わなくていい。
その小さな積み重ねが、思っている以上に大きい。

合理的に見れば、袋を買う店の方がトータルで安いこともあるだろう。
けれど、人は合理よりも感情で動いてしまう。
たった数円でも、“気持ちよく買えるかどうか”のほうが大事だと思う。

レジ袋0円という選択は、
お得というより、気分よく生きるための小さな快適さなのかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!