54-第3回最終 【逆襲】資産ゼロの国を引き継いだプーチンが放った冷徹な一手と売国政治の末路
前回、国際エリート(欧米やIMF)の言う通りに動き、経済も社会も完全に崩壊してしまったエリツィン時代のロシア(暗黒の90年代)について解説しました。
国民が「民主主義」という言葉に完全に絶望する中、1999年の大晦日、エリツィンは突如として引退を発表します。そこで後継者として実権を握ったのが、ウラジーミル・プーチンでした。
当時のロシアの国家資産は、文字通り「空っぽ(大破産状態)」でした。1998年の財政破綻により、国家の貯金(外貨準備)は底をつき、残されたのはその10倍以上の巨額の借金だけ。本来なら国を潤すはずの石油や天然ガスの利権も、前政権が国際エリートやオリガルヒ(新興財閥)に格安で売り渡してしまったため、国には1円も入らない「しゃぶり尽くされた後」だったのです。
資産も利権もすべて身内に盗み尽くされた絶望のフチで、プーチンはまず最初に何をやったのか?彼が放った、国家のコントロールを取り戻すための「4つの冷徹な一手」を紐解きます。
▶プーチン大統領が行ったこと
1. 初仕事:エリツィン一族への「免責特権」の付与
プーチンが大統領代行に就任したその当日に署名した最初の「大統領令」は、前大統領エリツィンとその家族に対する不逮捕・不起訴、および財産を保証する「免責特権」の付与でした。
目的は「背後の安全確保」
汚職まみれだったエリツィン一族を保護することで、平和的な権力移譲(政権禅譲)を確実なものにし、自らの背後を固めるための「最初の取引」でした。 内側から邪魔されることなく自分の政治を進める基盤を得たのです。
2. テロへの容赦なき宣戦布告:第二次チェチェン紛争の泥沼化を止める
当時、ロシア国内ではチェチェン独立派による凄まじい連続爆破テロが多発し、税金が集まらない政府は軍人や公務員への給料すら払えず、国家機能が麻痺していました。
「テロリストは便所に追い詰めて、肥溜めに沈めてやる」という名言はこの時のものです。
エリツィン時代に失墜した軍の威信を回復させ、テロに怯える国民に対して「この男なら国を守ってくれる」という強烈な印象を植え付け、支持率を爆発的に急上昇させました。当時、ロシア国内で連続爆破テロが発生したことを受け、プーチンはチェチェン共和国の独立派武装勢力に対して徹底的な武力行使を命じました(第二次チェチェン紛争)。
3. 「垂直的権力機構」の確立(地方の引き締め)
エリツィン時代、ロシア国内の各地方(州や共和国)の知事たちは、中央政府の法律を無視して独自に権力を振るい、国がバラバラになりかけていました。
プーチンはロシア全土を7つの「連邦管区」に分割し、大統領の直属の部下(元KGBや軍人など)を全権代表として送り込みました。これにより、地方知事の権限をはぎ取り、モスクワ(大統領)からの命令が全国に一気通貫で届くシステム(垂直的支配)を作り上げました。
4. 国の富を奪い返す:オリガルヒ(新興財閥)の解体・制圧
政権を裏から操り、国の富を独占していたオリガルヒたちに対し、「政治には一切口を出すな。さもなくば破滅だ」と最後通牒を突きつけました。
従わない大物(メディア王のベレゾフスキーや、石油王ホドルコフスキーなど)を次々と逮捕、あるいは海外へ亡命させ、彼らが独占していた富(石油・天然ガス・メディア)を「国家(実質的にはプーチン一派)の管理下」に強引に取り戻しました。
▶ボリス・ベレゾフスキー(ユダヤ系)
「政界の黒幕」と呼ばれたメディア王

エリツィン時代:
メディア(ロシア1chテレビなど)や自動車販売、航空会社を支配。1996年の大統領選でエリツィンを資金とメディアの力で再選させた最大の功労者。無名だったプーチンをエリツィンに推薦し、大統領に押し上げた「キングメーカー」でもあります。プーチン就任後:
「政治に口を出すな」というプーチンの命令を無視して対立。即座に追いつめられて英国へ亡命し、のちに不審死を遂げました。
▶ミハイル・ホドルコフスキー(ユダヤ系)
「ロシア一の大富豪」だった石油王
現在は、英国ロンドンで事実上の亡命生活を送っている
エリツィン時代:
国営の石油資産を格安で手に入れ、巨大石油会社「ユコス」を設立。当時のロシアで圧倒的な富を誇るナンバーワンの大富豪になりました。プーチン就任後:
アメリカの石油大手へ会社を売却しようとしたり、プーチンに公然と逆らって野党に巨額の政治資金を流しました。結果、2003年に脱税などの容疑で逮捕され、シベリアの刑務所に10年間収監、財産はすべて国家(プーチン側近の国営企業)に没収されました。
プーチンに反抗した石油王ホドルコフスキーがシブネフチの刑務所に送られた一方で、賢明にプーチンに絶対服従したオリガルヒもいました。日本でも有名なチェルシーFCの元オーナー、ロマン・アブラモヴィッチ(ユダヤ系)です。彼はプーチンに睨まれる前に、エリツィン時代に不正に入手した石油利権を国家に返上し、プーチンの『忠実な僕(しもべ)』となることで資産を守りました。しかし、そんな彼も2022年のウクライナ侵攻によって西側から全財産を凍結され、現在はプーチンの『裏の連絡員』として動くしかなくなっています。国際エリートに媚び、独裁者に怯えながら生きるオリガルヒの末路がここにあります。
5. なぜ日本はロシアの「敵国」になってしまったのか
プーチンが最初に行ったことの本質は、「国際エリートや、そのルールに則ってやりたい放題だった身内の売国奴をすべて排除し、力による国家の秩序を再構築すること」でした。
西側の押し付け(外圧)によって飢えと屈辱を味わっていたロシア国民にとって、このプーチンの強権政治は「暗黒時代からの救世主」として熱狂的に受け入れられました。これが、今も続くプーチン長期政権の原点です。
そして現在、ロシアが日本に対して強硬な発言を繰り返し、「すっかり敵国」のようになってしまった理由もここにあります。
ロシア(プーチン)から見れば、日本は「かつて90年代に自国をめちゃくちゃにした国際エリート(米国など)の言いなりになり、自国の社会システムまで自ら進んで破壊している国」に映っているのです。
大国の都合に振り回され、国を壊されたロシアの「トラウマ」と「国際エリートへの復讐心」。これこそが、現在の国際情勢の混迷、そして日本が直面している危機の正体なのです。
【あとがき】
前編でお話しした通り、戦後1980年代までの日本は「資本主義の仕組みを取り入れた、世界で最も成功した社会主義国家」でした。しかし、自民党は「改革」という美名のもと、その国民を守る最強の盾を国際エリートたちに切り売りし、結果として現在の格差社会、実質賃金の低下、少子化という国力低下の事実を招きました。
ロシアにはプーチンの様な強い大統領が現れました。
彼は誰が何と言おうと暗黒時代に奪われたロシアの資産を強引に取り返しロシアを立て直してきました。
彼の長期政権を「独裁」と西側メディアは批判しますが、看板を差し替えながら世界中から富を奪ってきたのは国際金融エリートの傀儡国家米国です。
⇩プーチン大統領、工場閉鎖を理由に億万長者のオリガルヒを「ゴキブリ」と呼び、生中継のカメラ前で発言
また興味深いのは、オルガルヒの面々がユダヤ系で彼らの居住地、亡命先が英国と言う事です。
イギリスは「人権」や「法の支配」を掲げ、他国から政治犯として国際手配されている人物でも、「本国に返せば不当な裁判や拷問を受ける恐れがある」として、引き渡しを拒否して匿う(保護する)伝統があります。
・・「犯罪者を保護する伝統」、表向きは聞こえがいいですが陰謀が透けて見えます。
ご覧頂きありがとう御座いました。
⇩元ウクライナ大使の馬渕睦夫氏がロシアの歴史から見るプーチン大統領の立ち位置。新興財閥オリガルヒ
⇩プーチン大統領~2007年ミュンヘン安全保障会議・歴史的演説 (フルスピーチ)~ Putin's Munich Speech 2007(日本語字幕)
※ご注意:本ブログでは解説の便宜上、Wikipediaのリンクを貼っていますが、そこに書かれている内容が必ずしも正確(真実)というわけではありません。Wikipediaを盲信せず、情報操作の裏にある真実を見極める目を持って読み進めていただければ幸いです。あくまで、自ら探求する上での「入口」としてご活用ください。
