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スタートアップ人生「第2章」は管理部門責任者への挑戦

フルカイテン(以下、当社)に2025年6月に入社して4カ月が経とうとしています。実は当社には出戻りで、2022年12月いっぱいをもって退職してからおよそ2年半ぶりの復帰となりました。その間は日本一のITプラットフォーマーに勤務していましたので、現在の自分はスタートアップ人生“第2章”を生きていると自認しています。しかも、この2025年9月からは管理部門の責任者を任されました。本稿では、私が新聞記者から当社広報に転じ(これがスタートアップ人生“第1章”)、巨大企業での勤務を経て当社に戻ってきた経緯を振り返り、IPO準備に向けた管理部長としての意気込みについて述べていきます。


記者からのキャリアチェンジ

私は新卒で産経新聞社に入社し、丸18年にわたり新聞記者をしてきました。大阪本社管内の総支局と大阪本社の社会部、経済部が活動の舞台でした。警察当局や裁判、行政、国税当局のほか、関西に本社を置く大企業や航空行政の取材を担いました。
18年間におよぶ記者生活の最後は、京都総局の次長(デスク)でした。管理者であり対外的な「顔」である総局長の下、デスクは編集の責任者の立場です。10名弱の記者をとりまとめ、取材の指示や原稿の編集を行いました。それもあって、ニックネーム文化があるフルカイテンにおいて、私のそれは「デスク」に決まりました。

記者としてのキャリアは、楽しく刺激的で、やりがいがあり、社会の役に立っているという実感を持てるものでした。自分で言うのもおこがましいかもしれませんが、特ダネ(独自ネタ)記事も多く取材、執筆してきました。一方で、取材の一線から離れるデスクになり、自身のキャリアを棚卸ししてみて、事業会社で自分が通用するか試してみたいという思いが出ていたのも事実です。
そこでフルカイテンという大阪発のスタートアップの広報ポジションを見つけ、ご縁をいただきました。それが2019年6月のことです。

コロナ下で戦略広報に邁進

そこからは、当社のプロダクト『FULL KAITEN』を多くの方に知ってもらうべく、メディアへの働きかけや展示会への参加など広報、マーケティングに取り組みました。そこに新型コロナウイルス禍が襲いかかります。
緊急事態宣言と外出自粛、経済活動の停滞により、当社の主要なターゲット領域であるアパレル産業はコロナ禍で大きな打撃を受けました。販売機会が一瞬にして消滅し、需要が蒸発したのだから当然です。2020年春夏シーズンは各社で在庫が積み上がり、大手企業の倒産も相次いだことは皆さんも記憶に新しいと思います。

そうした中、私はCEO瀬川とともに広報戦略を練り直しました。

  • 在庫を増やせば売上は増えるが残在庫も増加。在庫を減らすと売上も減ってしまう

  • 今までは在庫の「物量」で売上を増やすビジネスだった

  • 人口減が始まっている日本の小売市場は既に実質的な縮小市場である

  • そうしたマーケットでは、少ない在庫で粗利益を増やすビジネスモデルへの変革が必須

こうしたロジックを「粗利経営」として体系立てて啓蒙していくことにしたのです。

2021年12月のAll Hands MTGでの一コマ (手にしているのは織田信長のマグカップ)

レポート、ブログ作成に筆力発揮

その具体的な手段として「調査レポート」を開始しました。上場企業の決算情報や各省庁が公開している統計などを調べて分析し、小売企業が「粗利経営」について考えるうえで役立つレポートに仕立てるのです(これには、記者時代に独学した簿記・会計の知識が大いに役立ちました)。
これは一定の成功を収めました。業界紙に何度も取り上げてもらったほか、社内にナレッジが蓄積され、マーケティングコンテンツとしても活用されるようになりました。それと並行してマーケティングブログの執筆も行いました。

その間、テレビやビジネス誌、新聞の取材機会も獲得し、充実した時期だったと思います。

2回目の転職は涙の別れ

そんな2022年秋、ある転職エージェントからスカウトが来ました。Zホールディングス(現LINEヤフー)のコーポレート広報をやってみないか、というものでした。なお、コーポレート広報というのは、サービスやプロダクトのPRではなく決算や各種開示といった管理部門系の報道対応を担うのがメインとなります。
Zホールディングスといえば、ヤフーやLINE、ZOZOを傘下に持つ日本一のITプラットフォーマーです。単に上場企業というだけでなく、売上収益は2兆円、EBITDAは4000億円に迫る巨大企業グループです。メディアからの注目度も高い会社でコーポレート広報ができるチャンスは、そうそうあるものではありませんでした。しかも、ワークスタイルはフルリモートで、大阪に住みながら働けるとのことでした。

この時は、かなり悩みました。エージェントによれば、コロナ禍が始まって多くの企業が中途採用を絞り、その歪みが各社で出始めたのが2021〜22年でした。転職市場は活況をきたし、その蛇口が締まるというタイミングが22年秋だったそうです。
年齢的にも、新聞記者とスタートアップ広報しか経験がない自分が大企業のコーポレート広報をできるチャンスは、これを逃すともう巡ってこないのではないか。その半面、フルカイテンには育ててもらった恩義も強い愛着もある。大いに葛藤しました。11月中旬にZホールディングスから内定を得てから葛藤はさらに深まりました。

最終的に前者の感情が勝り、内定を受諾して11月下旬に瀬川へ退職の意向を伝えました。強く慰留されましたが、私も散々悩んだ末の決断でしたから、後には退けません。最終的に12月いっぱいでの退社が決まりました。
その後、12月中旬にAll Hands MTGがあったのですが、私は退職が決まっている社員は不参加という慣例に反して参加させてもらいました。瀬川は「デスクは『出向』やから」と冗談めかして言っていましたので、社員はみな何となく納得していたのだと思います。もしかしたら、本当に“出向”で、そのうち戻ってくると思っていたのかもしれません(笑)。

All Hands後の納会(打ち上げ)と2次会が終わった後、帰り際に瀬川とハグをして号泣してしまいました。瀬川は「しゃあない、しゃあない。これでいいねん」と声をかけてくれ、さらに涙が止まらなくなったことを覚えています。

瀬川(左)に抱きついて号泣する筆者

LINEヤフーでコーポレート広報2年5カ月

何はともあれ、2023年1月からはZホールディングス(ZHD)の広報部に加わりました。当時はまだヤフーとLINEという事業会社がZホールディングス傘下に存在している形でしたので、広報は上場企業に固有の業務が中心となりました。

  • 四半期ごとの決算開示(決算会見の運営)

  • 株主総会の広報対応

  • 適時開示の報道対応

記者時代に大企業を多く取材していたとはいえ、外から見るのと中の人間として仕事をするのとでは雲泥の差があることを実感しました。まず、上場企業の広報には、外からは見えない業務が山ほどありました。しかも、それらは円滑な業務遂行と会社のレピュテーション維持のために必要なことなのです。
2023年10月にZホールディングスとヤフー、LINEが合併してLINEヤフーが発足した後も引き続きコーポレート広報を担わせてもらいました。

会社法についても勉強

具体的には、Q&A(想定問答集)作成と、そのための社内調整、そして自身のインプット(学習)です。開示案件ごとに、メディアから寄せられるであろう質問を予想し、回答案を作って担当部署に確認してもらいます(広報で作成困難な質問については、最初から回答案の作成を依頼します)。この過程で、案件や事業に対する理解を深めなければなりません。時には会社法や簿記、金商法の知識も必要になります。担当部署とレベルの高いコミュニケーションができるよう、関係法規に関するインプットは必須でした。

ここまで準備して初めて、開示(対外発表)ができるようになるのです。こうしたプロセスが無いと、メディアからの質問に澱みなく答えることができません。回答が曖昧になったり、「確認して折り返します」を連発したりするとメディアから信用されなくなるので、ここは重要です。この辺りはIR部も同様であり、投資家とのコミュニケーションは株価向上に欠かせないものでした。特に決算ではIRと広報とでQ&A作成を共同で進めました。
また、株主総会に絡む業務は、会社法について学ぶという観点において貴重な経験でした。株式企画部や人事企画、IRなど色々な部署の皆さんと仕事をさせてもらいましたが、本当に優秀な人たちが多く、仕事が自分の知識という血肉にもなるという点で、恵まれた環境だったと今は思います。

川邊さん対応も担った

LINEヤフーは毎回、決算会見を社内の会議室で実施していました(第2四半期と通期の年2回)。PR会社などは入れず、全て内製です。台本づくりから登壇者の動線や人繰りを含むロジスティクス面まで、必要な作業は全て叩き込まれましたので、どんな会社でも応用が効くと思います。

また、23年秋からは代表取締役の川邊さんの広報対応をメインで担当させてもらいました。川邊さんは1995年に学生起業したスタートアップがヤフーに買収されたことでヤフー入りし、社長にまで上り詰めた人です。ZOZO買収やヤフーとLINEとの経営統合を手がけ、23年4月から会長に就いています。
そんなバイタリティに溢れる人物ですので、様々なメディアや団体から取材、講演の依頼が寄せられます。詳細は割愛しますが、社内でのQAの整理や記者との調整から取材立ち会いまで行いました。また、川邊さんは規制改革推進会議の委員を務めているので、ライドシェアや政権への提言などに関する取材も多くありました。ご一緒させてもらったことは私の大きな財産です。

フルカイテン復帰。管理部長として目指すこと

しかし、転機は突然やってきます。2024年11月でした。2025年4月から月1日以上(事業部は週1日以上)、2026年4月からは全社員に原則として週3日の出社を義務付けることが社内周知されたのです(翌月にはプレスリリースが出されました)。
これには戸惑いました。入社以来、在宅ワークがメインで、記者会見や取材立ち会いなどの予定に合わせて月に1、2回は東京の本社へ日帰りまたは宿泊で出社していたとはいえ、「週3日義務化」はレベルが違います。「また転職せなあかんなあ」と漠然と考え始めました。

赤坂見附のバーでクロージング

そんな時でした、瀬川からX(Twitter)のDMが来たのは。「リモート廃止になったんか!」「もう復職の潮時やな。もうチカラはさらについたやろ。戻って来いって!」と。何なんでしょうか、この天才的な嗅覚と琴線に触れる言葉は。
実は、フルカイテン退社後の2年間も、折に触れてDMを送ってくれましたし(ほとんどが雑談でしたが)、All Hands MTG後の納会に呼ばれてもいて、緩やかなつながりはあったんです。
前述のDMをもらった後、2024年12月に私と瀬川の東京出張の日程が重なったので、赤坂見附のバーで一杯飲みました。瀬川からは、2025年は大きな舵取りをする一年になるという話を聞かされました。ここまでされて心が動かないはずがありません。私のフルカイテン復帰へのレールが敷設されたのでした(普段の営業もこれくらい手際よくクロージングしているんでしょうね)。

もちろん、ワーキングスタイルの変化や瀬川に熱心に誘われたことだけが転職を決めた理由ではありません。裁量を持って、自分の働きが会社や周りに役立っていると直に感じられる環境で、LINEヤフーで学んだことを発揮したいと思ったのです。それが当社のミッションにもつながると確信しています。

その後、私は2025年5月初旬にLINEヤフーの通期決算会見を全うし、6月からフルカイテンに入社しました。入社後は戦略広報に加え、BDRがABMに活用するためのブログやDMなどのコンテンツづくりに携わるようになりました。

LINEヤフー広報部門の送別会で

およそ2年半ぶりの当社は、いろんな部分で格段に進化していました。

  • 従業員数が大幅に増加

  • 様々な業務で仕組み化が着実に進んでいる

  • MRRが数十倍に成長している

  • などなど

驚き半分と嬉しさ半分です。2023年1月から「ひとり広報」として支えてくれたあっちゃん(産休中)に感謝しています。

そしてこの9月からは管理部長という重責を担うことになりました(戦略広報を兼務)。幸い、当部にはすでに優秀な仲間がいますので、まずは非常に多岐にわたる当部の業務の全容を把握し、ケイパビリティを上げていくために必要な手立てを考えていきます。

・参考note↓

会社の資産を守る管理部に

ざっくりとした捉え方ですが、私自身は管理部門は単なるコストセンター(CC)ではないと考えています。とはいえ、会社に利潤をもたらすのが営業部門であることは論を俟たないところです。
会社はフローであるPL(損益計算書)と、ストックであるBS(貸借対照表)を両輪として日々走っています。そこで私は、PLに収益をもたらすのが営業部門であるなら、BSの資産を守るのが管理部門の仕事なんだろうと思います。
会社の資産には、目に見えるものと目に見えないものがあり、当社の場合はIT企業なので目に見えない資産が大半です。そして、それら資産を構成するのは私たち人材であり、FULL KAITENという私たちが誇るプロダクトです。また、FULL KAITENの顧客も大切な資産です。
それらを守り、かつ殖やして(増やして)いくために、全社でカスケードしながら主体的に取り組んでいける管理部にしたいと考えています。

瀬川がかねて掲げている「強い会社」の定義は次のようなものです。

 ・強い会社 = 誇れる会社 × 良い会社

誇れる会社は「顧客満足 + リスペクト」であり、良い会社 = ワークライフバランス言い換えられるため、前出の式は次のようになります。

 ・強い会社 =(顧客満足 + リスペクト)× ワークライフバランス

こうやって因数分解すると、管理部門が果たせる役割、貢献できる領域がイメージできるのではないでしょうか。2026年に入ると、当社はIPO準備を再開していきます。内外との折衝に「強い管理部」として臨めるよう邁進していきます。


フルカイテンでは、共に成長していく新しい仲間を募集しています!


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