「運がない」と感じる
知ってるくせに知らん顔
別名:あるくせにないとか抜かすなシリーズ
Vol.3 「運がない」と感じるのは、いいことが起きたときほど、
それを“当たり前”として流してしまう癖があるから。

…って言われてもさ、
「いいことって、どれ?」
「いつ、どこで起きてたん?」
って、言いたくなるわけです。
そりゃ、ガリガリ君に当たりが出たら気づく。
本棚に挟んだ1万円札が出てきたら叫ぶ。
理想の人から告白されたら、さすがに浮かれる。
でも、そんな“派手な幸運”ばかりが「いいこと」じゃない。
本当の「いいこと」って、
だいたい地味で、無言で、スルーされてる。
今日、なんとなく体が軽かった。
昨日落ち込んでたのに、今朝はちょっとマシだった。
コンビニの店員さんが、やたら優しかった。
電車がたまたま座れた。
投稿に、いつも見ない人が「いいね」してくれた。
落ち込んだ夜を、ちゃんと超えて朝を迎えた。
誰も拍手してくれないけど、
それだって、十分“いいこと”。
「奇跡」じゃなくて、「兆し」レベルの“いいこと”。
でも、これを「運がある」って呼べる人から、流れって変わっていく。
“いいことが起きた”って気づける人が、
運の流れにそっと乗っていく。
気づかない人は、通り過ぎてこう言う。
「今日も何もなかったな」って。
“ある”って知ろうとしない場所に、運は居座らない。
だからまずは、
「これって、もしかして“運”だったかも」って、拾い上げてみて。
たったそれだけで、
ただの偶然が、意味を持ち始める。
気づいてあげた瞬間から、
運が、次の運を連れてくる。
実のところ、
“いいこと”ばっかりの人生って、実はそんなにありがたくない。
そればかりだと、
人は、学ばない。変わらない。深まらない。
暗くて扱いにくい感情も、
魂のバランスが崩れていることを教えてくれる、大事なサイン。
不愉快っていうのは、ただのノイズじゃない。
それは、こう語りかけてくる
「あなた、今ちょっと“自信”と“慰め”のバランス崩れてない?」
「快に逃げすぎてない?」
「今、本音をちゃんと見てる?」
だからこそ、
“誰かに癒してもらう”その前に、
まずは自分の感情に責任を持つこと。
そして、自分の手で、自分の調和を取り戻すこと。
それができたとき、
ただの“いいこと”じゃない、
本物の「運命」が動き出す。
とはいっても、
「自分で整える」って、口で言うほど簡単じゃない。
そもそも、自分のどこが崩れているのかさえ、見えないこともある。
だから私は、
“自分を知り、見つめ、整えていく”ためのきっかけになるセッションを
提供しています。
本物の運を受け取るために、
まずは、あなた自身との調和から始めてみませんか?
We miss what We know Exists.
私たちは“存在する“と知っているものを
欠けていると感じる。
つまり、
“無い“と感じるのは、それが存在していることをしているからこそ。
