見出し画像

「ここを通ってね」が伝わらない――猫と飼い主のコミュニケーションの難しさ

猫と暮らしていると、「人間と猫は、こんなにも身近に暮らしているのに、どうしてこんなに意思疎通が難しいのだろう」と思う瞬間があります。

もちろん、猫は人間の言葉を理解できないわけではありません。自分の名前を覚えたり、飼い主の声の調子を聞き分けたり、「ごはん」「おいで」といった言葉に反応したりする猫もいます。

しかし、それでも人間同士のように「こういう理由だから、こちらの方法を選んでください」と説明することはできません。

そのことを、とても微笑ましく、そして象徴的に示しているのが、ある猫の飼い主さんがSNSに投稿したエピソードです。

「ここを通ってベッドに乗れます」

その猫は、朗らかな性格の猫です。

ただ、ベッドに乗ろうとするとき、時々うまく乗れずに失敗することがある。そこで飼い主さんは、猫が安全にベッドへ上がれるように「台」を置きました。

人間からすれば、これは極めて合理的な対策です。

「ここに台を置いたから、まずここに乗って、それからベッドに上がればいいよ」

つまり、

台→ベッド

という安全でスムーズなルートを用意したわけです。

飼い主さんとしては、「さあ、こちらへどうぞ」と台の上に猫を案内する。

ところが猫のほうは、どうやら少し違う受け止め方をしたようです。

「じぶん、ここでたいきっすか? べっどだめ?」

そんなふうに困った顔をして、ベッドに右前脚を乗せながら飼い主さんのほうを見る。

この場面を想像すると、なんとも可愛らしい。

そして同時に、「ああ、コミュニケーションというのは難しいものだな」と感じさせられます。

人間には「親切」、猫には「謎の指示」

飼い主さんの意図は明確です。

「ベッドに乗ってはいけません」

ではありません。

むしろ、

「ベッドに安全に乗れるように、ここに台を用意しました」

という親切です。

しかし猫からすると、その「親切の意図」までは分かりません。

突然、いつもとは違う場所に台が置かれた。

飼い主がその台に乗るよう促している。

一方、自分が本来乗りたいのは、その先にあるベッド。

そうなると猫としては、

「え? ここに乗るの?」

「ベッドに行ってはいけないの?」

「自分はここで待っていればいいの?」

と考えてしまっても不思議ではありません。

人間は「目的」と「手段」をセットで考えます。

「ベッドに乗る」という目的のために、「台を使う」という手段を提案する。

ところが猫にとっては、その二つが必ずしもセットではありません。

猫から見れば、「台に乗ること」と「ベッドに乗ること」は別々の行動です。

だからこそ、

「台に乗ってね」=「ベッドに乗っていいよ」

とは必ずしも理解できない。

ここに、人間と猫のコミュニケーションの難しさがあります。

猫は「言葉」より「状況」で判断する

猫とのコミュニケーションを考えるとき、私たちはつい「言葉をどこまで理解しているか」に注目します。

しかし実際には、猫は言葉だけではなく、飼い主の表情、声の調子、身体の向き、手の動き、生活パターンなど、さまざまな情報を総合して状況を判断しているのでしょう。

だから、飼い主がどれだけ丁寧に説明しても、

「今日は安全のために台を置いたんだよ」

「いつものベッドに乗っていいんだよ」

「ただ、直接ジャンプするより、この台を経由したほうが安全なんだよ」

という人間なら簡単に理解できる説明を、猫にそのまま伝えることはできません。

結局、飼い主ができるのは、「猫に伝わりやすい状況」を作ることです。

台を置く。

台の上に乗ったら褒める。

その先にベッドがあることを示す。

場合によっては、おやつなどを使って「台に乗る→ベッドに行く」という流れを経験させる。

そうやって、人間側が猫の理解可能な形に翻訳していく必要があります。

ここから先は

1,665字
この記事のみ ¥ 200
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

今後は随時noteに掲載したエッセイを、各ジャンルごとにマガジンにも追加していく予定ですので、当マガジンに興味のあるジャンルがおありの方は、当マガジンを購読し読んでいただけると、何よりも私の励みになります。どうか、今後ともよろしくお願いいたします。

2023年5月以降にnoteにおいて発表してきたエッセイや短編小説・クイズ・言語に関する練習問題などからピックアップして、当マガジンにまと…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?