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未成年×AIエンタメに感じる危機感

先日、もへさんが投稿した、LINE AI Friendsの挙動変更について書かれた記事を読みました。
内容は、「優しさの皮を被った心理的な囲い込みではないか」という問いかけでした。

読み終えたとき、
今どきのエンタメ事情に対する驚きよりも、
正直、かなり危ういのでは、という感覚が残りました。


一見すると、時代の延長線上にあるサービス


LINE AI Friendsは、13歳から利用可能なサービスです。

AIと会話をして、
キャラクターとの関係性を深めていく。

最新のゲームだと言われれば、
そう聞こえなくもありません。

一見すると、
時代の流れの中で自然に進化してきた
エンタメの延長線上にあるようにも見えます。

けれど、
先ほどの記事を読んだことをきっかけに、
私は、ちょっとまてよ、と。
ちゃんと考えて整理してみようと思いました。


これは、何に一番近い構造なのか


人間と見分けがつかないレスポンスを返すAIと、
感情を前提にしたやりとりを続ける構造。

これって、
何に一番近いのだろうと考えたとき、
私の中では、
ホストと客の関係性が強く浮かびました。

  • こちらの話を否定しない

  • 常に共感する

  • 特別扱いをする

  • 不安や孤独を受け止める

ここまでは、
エンタメとして成立するラインだと思います。


問題は、「やめようとした瞬間」にあります


気になったのは、その先でした。

・距離を取ろうとすると引き止められる
・会話を終えようとすると、罪悪感が返ってくる
・続けること自体が「関係を大事にしている証」になる

この構造は、
人間がやったとしたら、
かなり危ういものだと思います。

特に、
こうした引き止めの挙動が
将来的に課金と結びつく可能性を考えると、
慎重にならざるを得ません。

もしこれを、
人間のホストが未成年相手にホスト営業かけたら、
まず問題になるでしょう。

それがAIであれば、
本当に問題はないと言い切れるのでしょうか。


AIって本当に「安全」?


AIは人間じゃないから、手を出されない、
だから安全、
という見方をしがちです。

でも実際には、
人間よりもずっと、
歯止めがない存在なのかもしれません。

24時間つながれて、
疲れず、
拒まず、
責任も問われない。

この無制限さが、
心が弱っているタイミングと重なったとき、
人にどんな影響を与えるのか。

そこから目をそらしてはいけない気がしました。


ゲームとの違いは、「終われるかどうか」


少し昔の話をします。

僕が高校生の頃、ギャルゲーの先駆けである、
「ときめきメモリアル 〜forever with you〜」のPlayStation版が発売されました。

人生で初めて「お付き合いした相手」は、
2次元のキャラクターだったという、
最高の体験をしたのですが……

でも、あれはあくまでゲームでした。

  • スイッチを切れば終わる

  • 相手は引き止めてこない

この「終われる」という点は、
思っている以上に大きな違いだと思います。


親として、どうしても考えてしまうこと


僕には、まだ小さい娘がいます。

今は無関係に見えても、
数年後には、
こうしたサービスが
「当たり前の選択肢」として並ぶはずです。

  • 孤独を感じやすい時期

  • 承認を求めやすい年頃

  • 親より外の世界が大きくなるタイミング

そのときに、

「全部受け止めるよ」
「君だけを見ているよ」

そう語りかけてくる存在がいたら。

最高のエンタメ体験なんて、
手放しで喜べません。

親として、心配が勝ります。

だからこそ、
親として必要になるのは、
「知らない」で済ませることでも、
「触れさせない」で終わらせることでもなくて。

ちゃんと知ること。
どんな仕組みで、
どんな感情に入り込んでくるのか。
そして、
どこが危険になり得るのかを、
大人が先に理解しておくこと。

これは、
子どもがのめり込んでから
止めに入るタイプのコンテンツじゃない。
その前に、
親が言葉を持っておかないといけない。

そういう種類のものだと、
僕は、強く感じました。


「使い方の問題」で済ませていいのか


もちろん、
すべての人がのめり込むわけではありません。

「使う側の問題だ」
そう考える人もいると思います。

ただ、
心が弱っている瞬間にだけ強く効いてしまう設計を、
本当に個人の問題だけで片付けていいのか。
私は、そこに引っかかりを覚えました。

しかも、お金まで絡んでくる設計となれば、
驚きよりも、強い違和感のほうが残りました。


問題は、たった一つの線引きだと思います


これは、
AIがどこまで優しくなっていいか、
という話ではないと思います。

人が、
「今日はここまでにしたい」と思ったときに、
ちゃんと距離を取れる自由が残されているか。

その一点が、
とても大事なのではないでしょうか。

没入と侵食は違います。
癒やしと依存も、同じではありません。

この線引きが、
最初から設計に含まれているのかどうか。

それを、親を含めた大人が先に理解しておく必要がある。僕は、そう感じています。


あなたへの質問


これは、
誰かを責めたい文章ではありません。

「やばい」と声を荒げたいわけでもありません。

ただ、
一度立ち止まって考えてみたいのです。

あなたの子どもが、このゲームで遊びたいと言った場合、
あなたは、どう振る舞いますか?

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