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母の手が上がらなくなりました

『笑顔を取り戻す、心と身体の寄り添い方』



毎朝、近くの公園の遊歩道を歩くのが何よりの大好きだった母。
その母が、ある朝ふと「今日は休もうかな……」と口にしました。

「ちょっと張り切りすぎて、疲れが溜まっているんじゃない?今日はゆっくり休もうか」
私は母の少し疲れた表情を見て、そう言葉を返しました。

しかし、翌日も、その翌日も、母からは「今日も休んでいいかな?」と言葉が続きます。歩くことへのあれほどの情熱が嘘のように消え、気が抜けてしまっているのが一目で分かりました。

母は少し前に股関節の手術を終えたばかり。毎日コツコツと歩数を伸ばし、クリニックで教えてもらったリハビリ運動を繰り返し、日に日に自分の身体を取り戻していく過程を、心から喜んでいたはずでした。

一体、母の心に何が起きてしまったのだろう?
その理由が分かったのは、それから数日後のことでした。

「ちょっといい? 肩にシップを貼って欲しいんだけど」
ある日、母が申し訳なさそうにそう口にしました。

ある日のこと突然母の肩が上がらなくなってしまったのですが動かす努力をしている間に無理をして痛めてしまったようです。

「もちろん、いいよ。どの辺が痛む?」
母が痛みを感じている箇所にシップを貼りながら、「いつから痛いの?」と聞くと、「ちょっと前からなんだけどさ……」と静かな声が返ってきました。

「少し、マッサージをしようか?」
「お願い。悪いねぇ……」

親子なんだから気にしないで、と伝えながら、私は母の肩や肩甲骨のあたりを優しく、ゆっくりとさすり始めました。しばらく無言でマッサージを続けていると、うつ伏せになった母の口から、小さな、小さな呟きが漏れ聞こえてきたのです。

「あぁ〜あぁ……。やんなっちゃった……」

「ん? どうしたの?」と優しく尋ねると、母は堰を切ったように、今まで胸の奥に閉じ込めていた気持ちを吐露してくれました。

「股関節の手術が終わって、やっと歩けるようになったと思ったら、今度は肩が上がらない。まったく、次から次へと……やんなっちゃった。お前にも、迷惑ばかりかけてさ……」

その消え入りそうな声からは、自分に対する激しい怒りや失望、そして私に対する申し訳なさなど、いくつもの複雑な感情が絡まり合っているのが、痛いほど伝わってきました。

母の言葉を聞いた瞬間、私はハッとさせられました。
「そうか、母がリハビリ散歩に行きたがらなくなってしまった原因は、この『上がらない肩』にあったのかも!」

母は70代の終盤を迎えてから、毎年どこかしら身体の不調を抱えてきました。時には生きる気力を失って、横になってばかりの時期もありましたが、その度に強い気持ちで立ち上がってきた人です。

この2年間、ずっと苦しんできた股関節の手術が無事に終わり、ようやく心身ともに解放されて、希望に満ちた新しい生活が始まる――そう信じていた最高のタイミングで、今度は肩が上がらなくなり、激しい痛みに襲われた。

今まで届いていた場所に、手が届かない。思うように腕が伸びてくれない。
そんな場面を目にするたび、母はいつも「届かなくなっちゃった!」と明るく笑っていたので、私はすっかり安心していました。でも、あの笑顔の裏で、母はどれほどのストレスと悲しみを抱えていたのでしょう。
容赦なく目の前に立ちはだかる「残酷な現実の壁」が、母の抱いていた希望を粉々に砕き、歩く気力さえも奪ってしまっていたのです。



身体の痛みが、心の自由を奪う。


まさに「心と身体は繋がっている」ということを、私は目の前の母の姿から改めて突きつけられました。

でも、重く閉ざされていた心の窓を開け、母が本音を言葉にしてくれた。これは、これから二人でどう進むかを考えるための、最高のキッカケでもありました。

現状と、どう向き合うか。いま、私にできることは何か。
変えられない現実(上がらない肩)を嘆く代わりに、少しでも母の心が軽くなるような、いくつかの提案と工夫を試みることにしたのです。

私たちが実践したアプローチは、大きく分けて4つあります。


① 「いま出来ていること」に焦点を当てる
「手が上がらない」という出来ないことではなく、「今日もこれだけ歩けたね」「ご飯が美味しいね」という、いま出来ていることに焦点を当てて、「凄いじゃん!」「頑張ったね!」と言葉をかけ続けました。他者から自分の努力を認められることは、誰にとっても心の安心安全な居場所(セーフティネット)になります。

② 「手当て」をしながら話を聴く
触れ合いを伴うマッサージは、心身を深くリラックスさせます。身体が緩むと、不思議と心に溜まった本音も言葉にしやすくなるようです。「手当て」という言葉の通り、相手の肌に触れてあげることそのものに、大きな癒しの効果があると実感しました。

③ 自発的な行動を「辛抱強く待つ」
「頑張って散歩に行こう!」という励ましは、心が弱っている時には重荷になってしまいます。無理にやらせず、本人が「また歩こうかな」と思えるまで辛抱強く待ちました。

④ 環境を整え、自責の念から解放する
「手が上がらないのは、お母さんのせいじゃないよ」と何度も伝えました。同時に、ネットである買い物をしました。台所に置くための「踏み台」です。物理的な環境を変えることで、「手が届かなくなった場所のものが、自分の力でまた取れる」という、小さな成功体験を取り戻してほしかったのです。

それから少しずつ、我が家に変化が訪れました。

未だに母の手は以前のようには上がりません。けれど、母はまた自発的に散歩に出かけるようになりました。
今までは私が車で公園まで送迎していましたが、今は「もう一人で大丈夫だよ」と、お守り代わりに杖を携えて、近所をひと回りしています。日に何度も楽しそうに近所を歩く母の歩数は、結果的に、あの公園で歩いていた時と同じくらいの距離になっています。

「ほら、見て!」
ある日、台所から弾んだ声が聞こえてきました。

振り返ると、ネットで買った踏み台の上にちょこんと立ち、高いところにあるお皿を嬉しそうに取っている母の姿がありました。
「おっ!手が届いてるね。凄いじゃん!」と私が声をかけると、母はとても楽しそうな笑顔を見せてくれました。

起きてしまった身体の現実を、すぐに変えることはできません。
けれど、「起きた現実に対して、どう対処するのか」を選ぶことは、私たちは今この瞬間に、いつでも自由に決めることができます。

「踏み台」という小さなお助けアイテムの上で、料理や洗い物をする母の背中を見ながら、我が家にまた、穏やかで明るい日々が戻りつつあることを深く感謝しています。

読んでいただきありがとうございました。


踏み台に乗ることで高いところにあるもに手が届くようになった母
不自由さからの解放は心を曇らせるストレスを減らし明るい表情を
取り戻すきっかけになりました



小さな家庭菜園で育った野菜たちの姿を動画に撮影しています
今回はきゅうり 小さなつるが伸び始めた様子です
良かったら私のyoutubeチャンネルまで遊びにいらしてください。


宜しくお願い致します。

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