セルフ創作大賞感想文〜誰も書かないので、自分で書きました〜
「創作大賞に出した作品。
できれば誰かに感想を書いてほしい」
創作大賞にエントリーした人なら、誰しも、そんな夢を抱くものではないでしょうか?
もちろん、読むことも、感想を書くことも、誰かの義務ではありません。
わかっています。
わかってはいるのです。
でも、作者という生き物は、たいへん欲深い。
「読んだよ」
「ここ、よかったよ」
「この一文、残ったよ」
そんな言葉を、待ってしまうことがあるのです。
……というわけで、待っているだけではさみしいので、もう、自分で書くことにしました。
これは、深水双葉による、深水双葉の作品のための、
セルフ創作大賞感想文です。
今回は、note創作大賞2026に投稿したエッセイ、
『靴ひもと、嘘の百点』。
いちばん近くでこの作品を読んできた読者として……そして、今、かなり、恥ずかしい書き手として、
あらためて読み直してみようと思います。👇🌱
🌱『創作大賞こんにちは』という架空のテレビ番組形式で、セルフ創作大賞感想文をお届けします。なお、インタビュアーも私です。
……たいへん経済的です。
✨📺✨『創作大賞こんにちは』✨📺✨
🗣️🎙️こんにちは。
『創作大賞こんにちは』の時間です。
本日は、note創作大賞2026にて『靴ひもと、嘘の百点』を書かれた、深水双葉さんにお越しいただいております。
🥸🌱こんにちは。
呼ばれたので来ました。
なお、呼んだのも私です。
🗣️🎙️たいへん合理的ですね。
🥸🌱人件費ゼロです。
創作大賞で削れた体力にも、たいへん優しい取り組みとなっております。
🗣️🎙️さっそくですが、『靴ひもと、嘘の百点』は、どんなエッセイなのでしょうか。
🥸🌱ざっくり言うと、教師だった頃の自分をずっと失敗作だと思っていた人間が、二十三年後に、元教え子の靴ひもに救われる話です。
🗣️🎙️……靴ひもに救われる。
🥸🌱はい。かなり地味です。
奇跡と呼ぶには、あまりにもスニーカーです。
でも、人生で本当にほどけたり、結び直されたりするものって、案外、靴ひもくらいの顔をしている気がします。
🗣️🎙️冒頭には、「恥」満載の人生、と書かれていますね。
🥸🌱はい。ぎゅうぎゅうパツパツにパッキングされた恥です。
人生というスーツケースがあったら、ファスナーが閉まらないくらい入っています。
🗣️🎙️その中でも、この話を選んだ理由は?
🥸🌱この出来事が、ただの「いい話」ではなかったからだと思います。
昔の教え子と再会しました。
「先生のおかげです」と言われました。
一見すると、感動エピソードです。
でも、私の中では、そんなにきれいな話ではありませんでした。
🗣️🎙️「先生じゃないですが、〇〇です」という返しも印象的でした。
🥸🌱あれは、けっこう本音です。
もう先生ではない。
でも、名前は私です。
その中途半端な立ち位置が、あの一言に出ている気がします。
🗣️🎙️居酒屋で再会した元教え子さんは、人気店の店主になっていた。
🥸🌱そうなんです。
一、二年生の頃に担任していた子が、三十歳になって、髭を生やして、髪を結んで、焼き鳥を焼いている。
すごい時間の流れですよね。
🗣️🎙️そして中盤に、「嘘の百点」の話が出てきます。
🥸🌱教師としては、あまり大きな声では言えない思い出です。
漢字テストで、彼はずっと百点を取りたがっていました。
本人も頑張っていたし、家族も本気になっていた。
でも、惜しかった。
「親」という漢字の中の一本が足りなかった。
🗣️🎙️そこで、鉛筆で一本足した。
🥸🌱はい。
教師としての良心と、今日こそ百点をあげたい気持ちが、机の上で正面衝突しました。
そして私は、後者を取りました。
🗣️🎙️……アウトでは?
🥸🌱はい。アウト寄りです。
かなり白線を踏んでいます。
でも、二十三年後、本人から「救いの神じゃないっすか!」という判決をいただきましたので、ここは時効ということにしたいです。
🗣️🎙️「嘘の百点」なのに、救いになっている。
🥸🌱そこが、この話の少し変なところで、好きなところです。
あの日の私は、正しい教師ではなかったかもしれません。
でも、あの子に百点を渡したかった。
その気持ちは、嘘ではなかった。
「嘘の百点」の中に、本当の気持ちだけは入っていた。
そういう話なのだと思います。
🗣️🎙️そして、最後に靴ひもが出てきます。
🥸🌱はい。
そこが、このエッセイの心臓です。
彼がスニーカーのつま先を前に出して、
「先生が、僕に、靴ひもの結び方を教えてくれたんです。だから、今、スニーカーを履いて、歩けています」
と言ってくれた。
私は、その靴ひもを見て泣きました。
🗣️🎙️なぜ、そこまで泣いたのでしょう。
🥸🌱自分では、とっくに忘れていたからです。
百点にした日も。
靴ひもを結ぶ練習をした日も。
私の中では、遠い昔の、ほどけた記憶になっていました。
でも、その子の中では、ちゃんと結ばれたまま残っていたからです。
🗣️🎙️この作品で、いちばん書きたかったことは何ですか。
🥸🌱「私には、この手で結べたものがあった」ということです。
壊れたこと。
辞めたこと。
できなかったこと。
そういう記憶ばかりが、自分の人生の前面に出てくる時期があります。
でも、私が忘れてしまっていた小さなものが、誰かの人生のどこかに、ほどけずに残っていた。
そのことを書きたかったのだと思います。
🗣️🎙️創作大賞に出す作品として、このエッセイをどう見ていますか。
🥸🌱派手ではないと思います。
大事件が起きるわけでもないし、わかりやすい成功物語でもありません。
でも、私はこのエッセイをけっこう信じています。
何かを辞めた人。
自分の過去を失敗だと思っている人。
「あの頃の自分には、何もできなかった」と思っている人。
そういう人の靴の先に、少しだけ残る文章になれたらいいなと思っています。
🗣️🎙️最後に、作者として、この作品へひとことお願いします。
🥸🌱よく書いたね、えらかったね、と思います。
これは、昔の自分を褒めるのが苦手な人間が、
昔の自分に向かって、そっと差し出した百点みたいな作品です。
🗣️🎙️本日は、ありがとうございました。
🥸🌱こちらこそ、ありがとうございました。
次回も呼ばれたら来ます。
……たぶん、呼ぶのも私ですが。
🗣️🎙️最後に。
みなさま、創作大賞おつかれさまでした!
✨📺✨また、次回お会いしましょう✨📺✨
🌱
……セルフ創作大賞感想文、書いた人ならわかるでしょう。
これは、感想文であり、反省会であり、供養であり、
なにより、己の恥との一騎打ちなのです。
自分で自分を呼び、
自分で自分に質問し、
自分で自分の作品を褒めてみる……なかなかの荒行です。
でも、恥を越えた先にしか見えない「爽やかな景色」が、たしかにありました。
もし、この「セルフ創作大賞感想文」というフォーマットに、
心惹かれてしまった同志という名の勇者がいたら、
どうぞ続いてください。
そしてもし、すでにこの道を歩いていた先輩がいらっしゃったら、
パイセンすみません!
その背中、勝手に拝ませていただきます。
一生ついていきます!
🌱
お読みいただき、ありがとうございました。
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