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人と繋がり易くなって、得たものと奪われたもの

良いことと悪いこととは常に両面セットだということを忘れてはいけないなと思う。

良いことが続いたからこれから先は悪いことが起きそう…みたいな変な強迫観念的なものではないけど(以前は実はそういう考えを持っていたが、futarinoteのギター舩冨光曜に確率論とは…という話でぶった斬られて以来、無くなった)

電波が巡って電話が携帯に、そしてスマホに進化してSNSが当たり前になって、世界の果てまで繋がることができるようになって。得たものしかないやん。無敵感…だけど、だけじゃない気がする。

延江浩さんという、ラジオ作家兼コラムニストの方が松本隆さんとの対話を文章化した「言葉の教室」という本を読んでいる。文の中に出てくる楽曲とともに楽しく読んでいくとびっくりするのが、20代〜30代でものすごい作品数を出して多忙を極めていたはずなのに、同時にたくさんの別の方の作品に興味を持ちインプットしていたと書かれている。ちなみに今でも韓流ドラマにハマって観ていると仰り、常に興味を持ったものはずっとジャンル問わずに触れているのだという。しかも「不純な動機で入ってきたものは不純な作品しか生みません」という超強めの括りとともに。

うおお、グサ。書くためにインプットしないって。
私の、向かう姿勢はどうか、と思う。

松本隆さんの作品を深掘りしてみようというきっかけは、元々カバーで歌う楽曲の作詞で、よく名前をお見かけしていたことから。私自身、言葉の持つ意味や、響きにこだわり曲を作り/歌いたいとしている上で、一戦で活躍する作詞家の表現や考え方を知らずにいるのは…?という考えに至った。ならば日本を代表する素晴らしい作家のトリビュート的な演奏をしてみて、楽曲の持つ力を改めて味わいたいと思った。

とりあえず不純な動機…では無さそうかな?少し胸を撫で下ろす。

この本ではご自身の詞も紹介しつつ、松本さんが影響を受けたものとして私が全く触れたことのない、今では観られない作品の名前がたくさん出てくる。それでもかなり私にとっては新しい刺激があるけど、何よりその解説の節々で描写される言葉の切れ味が恐ろしく鋭い。校閲が入っているだろう後とは言えど、文章にも、紹介される楽曲の歌詞の中にも、独自の突き刺さるキラーフレーズがバシバシ飛んでくる。まだ第二章くらいまでしか読んでないのに、急にシーンが逼迫して、現実味を帯びる瞬間が既に何度かある。でも下手に傷つけるような自堕落な言葉じゃない。よく研がれた切れ味抜群の、プラチナ製の包丁みたいな感じ?切られた瞬間は気づかなくて、章の終わりがけに深く差し込まれて血が滴っている。あぁ、なんて薄っぺらい例え…でもまさにそんな感覚。必殺仕事人やねん。感情表現意外にも宿っている言葉本来の切れ味までとことん知り尽くされているようで、それが忍び寄り、人の潜在意識へ核心をつく。

一文だけとか、ワンフレーズだけでは発見し得ない、流れを持って、最後心にグサっと刻まれる。音と詞の信頼がほんの10分に満たない作品の中でジワジワと築かれていて、臨場感たっぷりに最後一差しで恋人にヤられる、みたいな。といっても「私が松本隆です、格上の人です」的な、ドヤ感も、オレオレ驕り高ぶる姿勢が一切ない。歌詞に至っては経験していないシチュエーションの曲でも、何故か自分が主役になったような錯覚がある。

明らかに現代の作品にはない、整頓されていてシンプルながら生々しい輝き。文字全てが無駄なく生きている。彼は川端康成を「小説家ながら言葉を引いていくことができる稀有な存在だ」と仰っているが、まさに通ずるところがある。(私はどちらかと言えば太宰治派)何より圧倒的ガッツの違いというか、物事の本質をそのまま受け入れられる器量が大きい方だと思った。

昭和のまだ電波が電話までだった頃は、もっと想いを募らせて、伝えようとする意思も強くて、言葉の中にある色や温度も色濃く、味わい深かったのかなぁ…。

手を伸ばしても届かない人に届けようという熱量とか繊細な感覚すらも今はググれば、ジピれば「文字として」表示できて、何かフィットしなければ、生成までタダで五万と出てくる。会えなくてもすぐ会える感覚、伝える方法がある。切ない気持ちを消化しきれるくらい、動く過去すら手軽にスマホに収められる。

鮮明な「答え」とか「誰か」とかが、近くにいすぎること。面と向かって言いたいけど言えなくて的な告白を、知らん間に友達から本人にバラされていたみたいな…。もしかしたらこの感覚は、もう今の子ども達はあまり感じないのかもしれないけど(笑)

どんどん複雑が安易に見られるようになって、楽になって。でも手に入れたはずなのにやっぱりちょっと違って、わからなくなって、大人になってもっと曲がりくねっていく。それで拗らせて色々と得ていくことも面白いんだけど。

でも、奪われてしまった。わかった気になって、自分から掴まず仕舞いの純で旬な気持ちが。リアルがもっと熱くて自由だった時代に、置き去りのままかもしれない。私という歌のプレイヤーがもう一度、B面に差し替えて再生してみたらどうなるだろう。そうして実験することを、いつまでも忘れないでいたい。



いやいや、堀さん!B面は別の曲が入ってますがな!

ということで作詞家さんトリビュートと銘打った、私のライブまであと1ヶ月になりました。オリジナル曲も演りつつ松本隆さん作詞のあの名曲から、これは!という曲までカバーします、という企画を3/16(日)に。さぁ、どの曲が選ばれるのでしょうか。ほぼセットリスト決まっておりますがまだ秘密。

ちょっとフライヤーのイメージがなんかこっち系だと思って新調しました。

霧のように繊細ながら薄いネットの情報よりも、しっかりご本人様のお声を書籍から仕入れて搭載し、気合たっぷりにお届けしたいと思います、気鋭のピアニスト杉山悟史さんとともに!あのね、本当素晴らしさはこちら聴いてもらえればわかるんじゃないかな!!

去年同じく3月の心斎橋メロディでの演奏、こっそり1曲公開しちゃいます。こんな雰囲気でやってます、ほっこり。告知はネットの便利さも利用しつつ…ね。

最後の告知まで抜かりなく見ていただいたそこのあなた、ありがとうございます。

音に、逢いにきて。
是非お待ちしております。


​​​​​​​​​​​​【Live Information】

✧来週はこちらも!!同じく心斎橋メロディで
機材なしの生歌、生ギターでお届けライブあります。
お品書きからリクエスト受け付けるレアライブ。

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