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「許したはずなのに。」布団に入った後、また同じ言葉が頭をよぎることはありませんか。【夫婦学】

人は安心した時にしか、本音を話せない。
このシリーズでは、「安心」「本音」「受容」が人生をどう変えていくのかを、一緒に考えていきます。


「もういいよ、許すから。」

夫婦げんかの最後に、

そう言って、

その日は眠りについたはずなのに。

数日後、

ふとした瞬間に、

あの時の言葉が、

また頭の中に流れてくる。

そんな経験を、

これまで、

数えきれないほどの方から

聞いてきました。

「許したはずなのに、

なぜまだ、

こんなに引っかかっているんだろう。」

そう感じて、

自分を責めてしまう方も、

少なくありません。


布団に入った後、忘れたはずのことが、また頭をよぎる。それは、心が狭いからではないと思います。

本当は、

こう思ったことは、

ありませんか。

「許すって言ったのに、

私はまだ、

あの時のことを許せていないのかもしれない。」

夜、

布団に入って、

一日の出来事が

静かになった頃に、

昼間は忘れていたはずの言葉が、

急に、

頭の中で再生される。

そのたびに、

「なんて心が狭いんだろう。」

「もう終わったことなのに。」

と、

自分を責めてしまう。

私は、

この感覚を、

決して珍しいものだとは思いません。

むしろ、

「許した」

と口にした人の多くが、

一度は通る道なのだと思います。


「許す」ことと、「忘れる」ことは、まったく別のことだと、私は考えています。

なぜ、

「許したはずなのに」

苦しくなるのでしょうか。

私は、

多くの場合、

「許す」

という言葉に、

「忘れる」

という意味まで、

一緒に詰め込んでしまっているからだと思っています。

でも、

この二つは、

本来、

別のものです。

「許す」

とは、

相手を責め続けることを、

自分の中でやめる、

という選択です。

一方、

「忘れる」

とは、

記憶そのものが、

薄れていくことです。

選択は、

意志の力で、

今日にでもできます。

でも、

記憶は、

自分の意志だけでは、

コントロールできません。

「許したのに、

まだ覚えている自分はおかしい。」

そう思う必要は、

本当は、

ないのだと思います。

覚えていることと、

まだ責め続けていることは、

イコールではないからです。


今日、布団に入った後、また同じ場面が頭をよぎったら、一度だけ、こう考えてみてください。

「これは、

まだ許せていない証拠なのだろうか。」

「それとも、

ただ、

記憶が残っているだけなのだろうか。」

すぐに答えを出す必要はありません。

もし、

思い出すたびに、

今も強い怒りが

込み上げてくるなら、

それは、

まだ本当の意味で、

許せていないサインかもしれません。

もし、

思い出しても、

怒りよりも、

ただ静かな痛みだけが

残っているなら、

それは、

もう十分に、

許した後の記憶なのかもしれません。

どちらだったとしても、

自分を責める必要はありません。


次回予告(明日18時投稿)

「愛してる」と言えない夫婦は、愛していないのでしょうか。

今回、「許す」ことと「忘れる」ことの違いについてお話ししました。次回は、言葉にしなくても伝わっているはずだと思い込んでいる、「愛してる」という一言について考えていきます。一緒に考えていきます。

#絆深 #夫婦関係 #夫婦 #夫婦関係の悩み #夫婦げんか #パートナーシップ #家族 #自己肯定感


今日はここまで。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

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小さな安心

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また明日18時。
ここでお会いしましょう。

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