「一緒にいることが、必ずしも正解とは限りません。」それでも、多くの夫婦がそう思い込んでいます。【夫婦学】
人は安心した時にしか、本音を話せない。
このシリーズでは、「安心」「本音」「受容」が人生をどう変えていくのかを、一緒に考えていきます。
なぜ私たちは、「一緒にいること」を、無条件に正解だと思ってしまうのでしょうか。
前回、
「話し合えば分かり合える」
という言葉を、
私はあまり信じていない、
というお話をしました。
その延長線上に、
もう一つ、
私が長年疑問に思ってきた前提があります。
「夫婦は、一緒にいる方がいい。」
「離婚は、できれば避けた方がいい。」
「別れることは、失敗である。」
こうした前提を、
多くの人が、
疑うことなく持っています。
でも、
本当に、
一緒にいることだけが、
正解なのでしょうか。
「離れられないから一緒にいる」夫婦を、私はたくさん見てきました。
現場で相談を受けていると、
「本当は、
もう一緒にいたくない。」
と思いながらも、
一緒にいる夫婦に、
数え切れないほど出会います。
理由は、
子どものため。
世間体のため。
経済的な事情のため。
「今さら離婚なんて、
言い出せない。」
そう感じている人もいます。
こうした夫婦の中には、
一緒にいることが、
支え合いではなく、
我慢の継続になっているケースが、
少なくありません。
「一緒にいる」
ことと、
「支え合っている」
ことは、
本来、
イコールではないはずです。
私は、「離れること」も、支え合いの一つの形になり得ると考えています。
これは、
離婚を勧める話ではありません。
私自身の根本動機は、
前回までお話ししてきた通り、
「最期にありがとうと言い合える関係を増やしたい」
というものです。
だからこそ、
あえてこう思っています。
一緒にいることで、
お互いがすり減り続けているなら、
離れることの方が、
お互いを大切にする選択になる場合もある。
夫婦であり続けることだけが、
相手への誠実さではありません。
離れた後も、
お互いの人生を尊重し合い、
「ありがとう」
と言い合える関係を築けるなら、
それもまた、
一つの支え合いの形なのだと、
私は考えています。
「一緒にいること」への執着が、本音を隠す原因になることがあります。
「離婚だけは絶対に避けたい。」
そう強く思うほど、
人は、
本音を飲み込むようになります。
不満があっても、
「別れることになったら困るから」
と、
言わずに我慢してしまう。
つらくても、
「これくらいで別れを口にするのは、
大げさかもしれない」
と、
自分の感覚を疑ってしまう。
皮肉なことに、
「一緒にいたい」
という気持ちが強すぎると、
かえって、
本音で話し合うことが、
難しくなっていきます。
安心して本音を話すためには、
「別れる」
という選択肢が、
現実的にそこにあることも、
時には必要なのかもしれません。
今日は、「一緒にいる理由」を、もう一度、自分の言葉にしてみてください。
「なぜ、
私はこの人と一緒にいるのだろう。」
その問いに、
正直に向き合ってみてください。
「まだ一緒にいたいから。」
そう思えるなら、
それは、
一緒にいることを、
自分で選んでいるということです。
もし、
「離れられないから、
仕方なく一緒にいる」
という答えしか出てこないなら、
それは、
一度、
立ち止まって考えるべき
サインかもしれません。
答えを、
すぐに出す必要はありません。
まずは、
その問いを、
自分自身に向けてみることから、
始めてみてください。
次回予告(明日18時投稿)
その「安心」、本当は「依存」になっていませんか。
今回、「一緒にいること」が必ずしも正解とは限らない、というお話をしました。次回は、その延長で「安心」と「依存」の違いについて考えていきます。相手がいないと不安でたまらない状態は、本当に安心なのか。それとも、別の何かを、安心だと思い込んでしまっているのか。一緒に考えていきます。
#絆深 #夫婦関係 #夫婦 #夫婦関係の悩み #離婚 #パートナーシップ #家族 #別居 #自己肯定感
今日はここまで。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
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小さな安心
今日は母の介護施設の担当者さんと建前だけでなく、率直にいろんな話ができました。仕事に限らず、プライベートでもこのように人の思っていることをしっかり受け止められると、僕自身も嬉しくなります。
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また明日18時。
ここでお会いしましょう。
