何も言われていないのに、なぜか疲れる夜がある。それは、あなたの気のせいではないのかもしれません。【夫婦学】
人は安心した時にしか、本音を話せない。
このシリーズでは、日々の夫婦のやりとりの中にある、ちょっとした違和感を一緒に見つめていきます。誰にも言えなかった本音も、ここでは安心して置いてみてください。一緒に考えていきます。
こんな声をよく聞きます
相談の場で、よくこんな言葉を聞きます。
「喧嘩したわけじゃないんです。ただ、隣にいるだけで、なぜか疲れるんです」
言った本人も、うまく説明できません。
理由がはっきりしているなら、まだ楽なのかもしれません。
でも、これはめずらしい話ではありません。
これまで多くの夫婦の話を聞いてきた中で、同じ言葉を、何度も耳にしてきました。
「悪いことは何も起きていないのに、なぜか苦しい」
その戸惑いを抱えている人は、決して少なくないのです。
その夜、あなたの中で起きていたこと
たとえば、こんな夜を思い浮かべてみてください。
リビングのソファに、二人並んで座っている。
テレビの音だけが流れていて、会話はほとんどない。
特別なことは、何も起きていません。
それなのに、肩のあたりが、じわりと重くなる。
呼吸が、いつのまにか浅くなっている。
心の中で、こうつぶやいたことはないでしょうか。
「早く、自分の部屋に戻りたい」
そう思った直後に、自分を責めたくなる人もいます。
「相手は何もしていないのに、疲れるなんて、私がおかしいのかな」
でも、それは、あなたがおかしいわけではありません。
なぜ、ただ隣にいるだけで疲れるのか
ここで、一つだけお伝えしたいことがあります。
人と人は、会話をしていなくても、すでに関係の中にいる、ということです。
隣にいる。ただそれだけで、二人のあいだには、すでに何かが生じています。
相手の呼吸のリズム。表情のわずかな変化。今日の機嫌。言葉にならない空気。
会話がなくても、あなたの身体は、そうしたものを、無意識のうちに感じ取っています。
それは、意識してやっていることではありません。
だから、自分でも気づかないまま、静かにエネルギーを使い続けていることがあります。
隣にいるだけで疲れるというのは、その積み重ねが、身体の疲労として表れているだけなのかもしれません。
そして、それは、決して悪いことではありません。
ただ、そこに「関係がある」ということの、一つの現れなのです。
ここで、大切な区別があります。
関係が「ある」ことと、その関係が「心地よい」ことは、同じではありません。
隣にいて疲れるからといって、その関係そのものが壊れているとは限らないのです。
あなたが今、悪いのでもなく、相手が悪いのでもなく、ただ、何かを静かに感じ取ろうとしている。
その最中にいる、というだけかもしれません。
そもそも、関係は「話した時」から始まっていない
考えてみると、二人の関係は、初めて言葉を交わした瞬間から始まったわけではありません。
出会う前から、それぞれに歴史があり、積み重ねてきたものがありました。
そして、出会ってからは、会話をしていない時間にも、二人の関係は途切れずに続いてきたはずです。
黙って隣にいた時間も、背を向けて眠っていた夜も、関係が止まっていたわけではありません。
そこにも、確かに何かが流れていました。
だから、「今、会話がないから、関係が薄い」とは限らないのです。
会話の量と、関係の深さは、必ずしも同じものではありません。
隣にいるだけで疲れるほど何かを感じ取っているとしたら、それは、あなたがその関係を、それだけ真剣に生きている証でもあるのです。
感じ取ることは、悪いことではありません
多くの人は、「疲れる」という感覚そのものを、否定しようとします。
「こんなことで疲れるなんて、贅沢だ」
「もっと感謝しなければいけないのに」
そう思って、自分の感覚に蓋をしてしまうことがあります。
けれど、感じ取る力があるからこそ、人は、相手の変化に気づくことができます。
その力を、まず否定しないであげてください。
疲れているという事実と、相手を大切に思っているという事実は、両立します。
一つの感情が生まれたからといって、もう一つの気持ちが消えるわけではないのです。
あなたに、問いを残します
もし今夜、隣にいるだけで疲れる瞬間があったら。
そのとき、あなたは、相手の何を感じ取ろうとしているのでしょうか。
そして、それは、本当に「悪いこと」なのでしょうか。
答えを急がず、少しだけ、自分に聞いてみてください。
次回予告(明日18時投稿)
今回は、会話がなくても、隣にいるだけで二人の関係は続いている、という話をしました。
疲れを感じるのは、あなたが何かを静かに感じ取っている証であり、悪いことではない、というところまで一緒に見てきました。
次回のタイトルは「距離は近いのに、心はどんどん遠くなる。そんな夜を過ごしたことはありませんか。」です。
同じ「隣にいる」でも、疲れる夜と、安心する夜があります。長く一緒にいても密度が薄ければすれ違いが生まれ、離れていても密度が高ければ安心できることがあります。次回は、関係の「距離」と「密度」という視点から、その違いを一緒に考えていきます。
#絆深 #夫婦学 #夫婦関係 #夫婦関係の悩み #パートナーシップ #家族
今日はここまで。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
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小さな安心
今日も多くの時間を共に笑い、共に泣き、
多くの時間を安心してお話したり、
本音を聞かせていただくことができました。
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また明日18時。
ここでお会いしましょう。
