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#風まかせ文芸部 #宿題の山

#風まかせ文芸部さんのお題「宿題の山」に挑戦させて頂きます。

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僕はイサムと一緒にゼロ磁場で有名な長野県の分杭峠(ぶんくいとうげ)を訪れることにした。
七時三十分、新宿駅発の高速バスで長野方面へ出発、十一時に伊那市の道の駅についた。
シャトルバスに乗り換えて十二時に分杭峠(気場)へ到着。
林道の散策路を歩き、話題の「気場(ゼロ磁場)」で静かに過ごす予定だった。
イサムがお腹が痛いと言い出したので、少し休憩することにした。
他の人達は先に分杭峠に向かった。
イサムの腹痛が治まったので、二人で歩き始めたのだが、どうやら迷ってしまったらしい。蝶々なんかを追っかけてしまったからだ。
すると、そこに洞窟が現れた。何の表示板もない。
僕が躊躇していると、イサムが入って見ようよと言い出した。
そして、携帯電話の灯りを頼りに洞窟の中に入っていった。
洞窟の入り口から五メートルほどの場所に土器片が落ちていた。
まるで、僕たちに探して貰いたくてそこに置いたような感じだ。
僕は土器片を持って洞窟から出た。
イサムも同じように土器片を拾ったようだ。
僕が拾った土器片には文字らしきものが描かれていた。
”人”、”百”そう読めないこともなかった。
イサムの拾った土器片には”頁”の文字が刻まれていた。
今まで、”大”の文字が描かれている弥生時代の土器片が発見されたことはあったが、これは歴史的な発見ではないのか?そう思ってしまった。
僕が拾った土器片は上側が欠けていた。
イサムが拾った土器片は左側と下側が欠けていた。
このことから考察すると、僕が拾った土器片は””宿”であり、
イサムが拾った土器片は”題”なのでは、なかろうか。
そうだ、「宿題だ。」この山は「宿題の山なのだ。」
だが、これだけではこの主張の根拠が乏しい。
この推論を現地調査や過去の研究成果を考慮して追及していくのが僕らの「宿題」である。

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