(小説) スイミング・プール 20. やはり、薄暗くなったソファに男が座っていた。
20.
やはり、薄暗くなったソファに男が座っていた。
ジュスティーヌは驚かなかった。こちらは待ちくたびれていたのだ。彼を無視して、泳ぎ続けることにする。
エネルギーが空っぽになり、手足がもつれて思い通りに動かなくなるまで泳いだ。それから、水底をさまよう水着を拾った。
水着を水の中で着るのは、思っていたよりもずっと簡単だった。水を吸った生地は自在に伸び、汗ばんだ身体を無理やり乾燥した水着に押し込む時の不快感はなかった。
だが両脚を輪のような穴に入れ、股がクロッチに触れた瞬間、思いがけず、憤りが噴出した。
……もう明日はないのだ。
そう思うと、のどの奥がくっと固く締まる。
こんな人工的なゴム布で、性器や乳房を覆い隠すことが、そんなに大切なことなのだろうか? 幾何学模様で縁取りされた黒い水着の何もかもがバカバカしく思え、足先で乱暴に脱ぎ捨てた。
沈没船のように、水着は底へ落ちていった。
こんなに楽しんだ後なのだ。心地良く水から出たいという気持ちの方が強くなっていた。
不格好な黒い布の塊を拾い上げ、びちゃりとトートバッグの方角に投げ捨てる。
デッキに腰を下ろすと、腕がいつもよりもだるく感じる。
男に背を向けて、サンダルを履くと、そっと立ち上がった。重力の世界に戻って来たことを実感した。
この世界では、すべてが重たい。水中では完璧な円錐形だった乳房も、力なく重力に屈している。
男が立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる気配がした。
不思議なほど、怖くはなかった。
「逃げないで」と男が低い声で懇願する。
ジュスティーヌはうなずいた。のどが詰まって、声が出ない。とはいえ、特に言いたいことも浮かばなかった。
男は、壊れやすいガラスの工芸品を包むように、夕陽と同じ色の大きなタオルでジュスティーヌの身体をすっぽりと包み込んだ。最初は、そっと布がかけられた感触しかなかったが、少しずつ、圧力が加えられていく。
日が沈み、冷たくなり始めた水の中よりも、この密度の高いタオルにくるまって、男に抱きしめられている方が気持ちが良かった。
いつもは警戒心でかちこちに固まった身体なのに、今日はアラートランプが点灯していない。プールでドーパミンを出しすぎてしまったせいだろうか。死んだ魚のように、身体がすっかり脱力しきっていた。
「また会えると、思ってた」
ジュスティーヌの口から、率直に再会を喜ぶ言葉が飛び出した。
何も考えず、頭を男の肩にもたせかけた。
