(小説) スイミング・プール 8. にょっきりとプール横に生えている冷たいシャワ…
8.
にょっきりとプール横に生えている冷たいシャワーで、身体にまとわりついた汗を流すと、そのままざぶんとプールに飛び込んだ。
裸体のあちこちが水にすっかり慣れるまでは、足をほとんど動かさない。15mのプールは、けだるいクロールで息継ぎなしに行ったり来たりするのにぴったりの大きさだ。
肌がひんやりとしてくる。身体の隅から隅まで、冷たいゼリー状の物体でコーティングされていくようだ。
エミリーたちが休暇に出てしまってから数日が経った。
午後7時、家政婦の仕事を終えた後、ジュスティーヌは無人のプールを真面目にクロールで往復する。
手足が疲れたので泳ぎをやめると、途端に身体が冷えてきた。ぷかぷかとプールに浮かぶイルカの形の水温計を引き上げて見ると、水温は26度だった。もう十分に身体を動かした、という気がした。
人工的で冷たい水色の水が、幾重もの曲線になって揺れていた。
その中に、モロッコ漆喰の壁が反射して、くすんだピンク色の丸い塊を作ったり、ほどけたりしている。プールの端に立ち、二つの色の揺らぎをじっと観察した。それから目を閉じて、頭を左右に振った。いつまで見ていても、その二つの色は決して交わらないのだ。
プールの浅い側に泳ぎ着くと、ウッドデッキに手をかけ、尻をひょいと乗せる。溝が刻まれた木の板に、おしっこのように水がじわじわと染み込んでいく。バスルームで一枚失敬してきたタオルで身体をごしごしと拭き、髪から流れ落ちる水をしぼり落とし、立ち上がろうと左を振り返った。
前髪から顔に水滴がしたたる。その時、予期しないものが視界を横切った。
「え?」
思わず声が出る。急いで顔をタオルで拭く。もう一度見るが、何もない。
誰かに見られていた? 全裸であることが急に頼りなく思える。首の鳥肌が立った。
プールは、モロッコ漆喰を塗った壁に四隅を囲まれている。公道に面した壁の高さは2メートル以上あるし、壁の外には更に、ヘーゼルナッツとピラカンサスの生垣がびっしりと生い茂っている。外から覗くことは絶対に出来ない。
注意深くプールを見渡したが、誰もいない。
風に揺れる枝葉が反射したり、光が屈折しただけかもしれない。あるいは、鳥や虫かも。夕刻には、ツバメが水を飲みに来ることがある。スズメバチや蝶が、ラベンダーの茂みで遊んでいることもある。
ともかく、このプールサイドに人がいないことは確実だ。
納得できる材料を何度そろえてみても、一度点滅し始めた焦りは消えない。
急いで下着を着け、前開きのワンピースに両足を乱暴につっこんだ。
慌てたせいで、右足で裾を踏みつけた。胸のボタン穴が、びり、と小さな音を立てて破れた。
