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40.自殺対策の落とし穴

はじめに

最近の自殺者数の推移としては、3万人をきり徐々に減少傾向にあります。(令和元年中における自殺の状況・警察庁より)

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就労者の自殺は6000人程度、やや減少傾向にあります。(平成30年中における自殺の状況・警察庁より)

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厚生労働省の自殺白書によれば「勤務問題」を原因・動機とする自殺者数の内訳は以下のようになっています。

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職場におけるメンタルヘルス対策の推進が結果的に自殺対策になりますが、毎年数千人の働く方が亡くなっている現状からも、特に労働者の自殺予防に主眼をおいた対策を行うことも必要です。しかし、職場のメンタルヘルス対策の難しさは、自殺予防を考えるとさらに浮き彫りになってきます。ここでは、そこに潜む落とし穴についてご紹介します。

相談してくださいの落とし穴

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産業保健職は、「何かあったら相談してください」という言葉を使うことがよくあると思います。もちろん、産業保健職としては、相談しやすい体制づくりや、相談しやすいように従業員との関係づくりはとても重要ですが、多くの従業員にとって産業保健職をそこまで身近には感じていないかもしれません。そもそも、産業保健職の役割が理解されていなかったり、ひどいときには会社側の人間という見られ方をしている場合もあります。企業全体を見渡したときに、満遍なく従業員をカバーすることはとても難しく、容易には産業保健職には相談がこない、つながれない可能性があることにご注意ください。つまり、従業員が自殺(企図)をしたときに、その手前で産業保健職には一切相談してなかったということも十分にありうるということも知っておく必要があるでしょう。

なお、平成 30 年「労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、ストレスを相談できる相手として産業保健職は非常に低い位置づけになっています。(調査回答者の属する企業に産業保健職がいない場合も多いと思いますが)

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産業保健職ありきの仕組みづくり

前述の調査結果の通り、ストレスの相談相手は、上司・同僚や、家族・友人です。そして、自殺を企図してしまう方の徴候に気がついたり、話を聞きゲートキーパー*となるのも上司・同僚や、家族・友人であることが多いでしょう。産業保健職は企業に常にいるわけでもありませんし、職場全てを把握できるわけではありません。これは、一次救命処置においても同様ですが、現場で心肺停止時などの緊急時にも、それを発見し救命するのは現場の人間です。だからこそ、現場で1次救命処置を行えるように教育することが「救命の連鎖」のためにも重要です。これと同じように、自殺予防のためにはゲートキーパーを現場にくまなく配置することが「自殺予防の救命の連鎖」のために望ましいと言えます。自殺対策を含めたメンタルヘルス対策において、産業保健職ありきの仕組みにならないようにご注意ください。
*「ゲートキーパー」とは、自殺の危険を示すサインに気づき、適切な対応(悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る)を図ることができる人のことで、言わば「命の門番」とも位置付けられる人のことです。(参照:「応急処置対策の落とし穴」)

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情報周知の落とし穴

企業内で情報を周知する機会は多くあります。労働安全衛生法では、安全衛生委員会の議事概要や、作業環境測定なども周知を義務付けています。そして自殺対策において、ホットラインや相談窓口といった相談先を周知することは有効な方法です。しかし、情報を周知すること、情報を届けることの難しさも知っておく必要があります。イントラネット、職場の掲示板などに掲載されていても、見ていない方も多いのではないでしょうか?また、特に自殺の話題は自分ごとにはなりにくいですし、昼食や職場の懇親会などの場で出てくることもまずなく、情報は広がりにくいでしょう。情報を周知する、といっても実際には周知は難しいということにご注意ください。

情報発信の落とし穴

相談待ちでは自殺対策は進みません。積極的に情報発信を行うことが必要です。しかし、自殺対策ばかり情報を発信しても企業から嫌がられてしまいます。もちろん産業保健職としても発信するべき健康課題は多くあるため、自殺対策ばかりではダメなのは当然です。産業保健職としては、企業の様々な健康課題について情報発信するとともに、その1つとして自殺対策を織り込む必要があり、そのためには発信の場や媒体を持つことが望まれます(例:安全衛生委員会、会議体、社内報、イントラネットなど)。企業において自殺は数年から数十年に一度しか発生しないかもしれませんが、その一件を起こさないために日頃から情報発信を行う必要があります。何かあってからではなく、起こさないためにも、予防的な情報発信するために、日頃から情報発信を行うこと、情報発信の場や媒体を持てるように努めてください。

自殺話題忌避の落とし穴

当然ですが、自殺の話題は忌避されがちです。もし起きたとしても、箝口令が敷かれるでしょう。もちろん、個人情報になりますので不必要に情報を拡げることは望ましいものではありません。しかし、自殺が起きたことを臭いものに蓋をするがごとく封印してしまったり、風化させてしまっては、再発防止に繋がりません。労働者の自殺は、ときに労災や訴訟になることや警察が介入する事件になることもあり、とても繊細で機微な話題ですし、十分な原因解明までされないこともあるかもしれません。しかし、産業保健職としては次の自殺を生まないためにも必要な範囲で記録、共有することが重要です。ただし、情報の取り扱いには細心の注意を払ってください。

自殺忌避のメンタルヘルス対策の落とし穴

メンタルヘルス対策の究極の目標はメンタルヘルス不調による自殺をうまないことです。休職や退職することは取り返しのつくことですが、自殺はそうではありません。必ずしも、自殺の数値目標を掲げる必要はないと思いますが、産業保健職自身が自殺について忌避してしまうことは、メンタルヘルス対策の本質から逸れていると言えます。例えば、前述の情報発信や、メンタルヘルス研修(セルフケア・ラインケア)などにおいても、自殺の話題を一切触れないということは自殺対策の観点からは望ましくないでしょう。忌避されがちな話題だからこそ、産業保健職が向き合うことで、絶対に起こさないという姿勢が重要です。

業務起因性の落とし穴

メンタルヘルス対策の落とし穴」「復職支援の落とし穴」でも言及した通り、労働者の自殺が、業務に起因していないか、業務上疾病に認定される可能性がないか、という点は常に検討する必要があります。業務上疾病として認定された場合には対応(特に遺族対応)や情報の取り扱い方が大きく変わってきますのでご注意ください。産業保健職が労災認定を決めるわけではありませんが、精神障害の労災認定(+パワハラについての改訂情報))には目を通しておくことをお勧めいたします。

産業保健職が当事者の落とし穴

実際に企業で自殺が起きた場合には産業保健職である我々がその当事者になりえます。面談などで深く関わっている場合だけではなく、当該者の所属する企業を担当していただけでも関与しえた立場と言えます。「何かできることはなかったか」「何かしていたら救えたのではないか」と深く思い悩む産業保健職もいるでしょうし、産業保健職自身のケアが必要になる可能性についても考えておく必要があります。また、自殺のポストベンション(事後対応)を行う際には、関与度合いの低い者や、外部専門家に依頼することも選択肢になります。支援者自身もまた当事者となり苦しむ可能性がある点にご注意ください。
なお、ポストベンションについては、職場における自殺の予防と対応の第6章をご参照下さい。

ジェンダーロールの落とし穴

自殺者には、歴然たる男女差があります。確定的な話ではありませんが、男性に自殺が多いことの背景には、男性の方が責任が重い、男性は稼がないといけない、人に頼らない・相談しないといった男性のジェンダーロールも影響していると思われます。鈴木氏は、「ジェンダー役割不平等のメカニズム―職場と家庭―」の中で次のように述べています。

過度な仕事中心生活の結果,メンタルヘルスを損なうことや長時間労働による過労死が大きな問題となっている。日本の男性の責任の重さと生きづらさを象徴的に示すのが自殺状況である。

内閣府の自殺予防キャンペーンでは、「お父さん、眠れてる?」と中高年男性をターゲットにしています。

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企業・社会のジェンダーバイアスを是正することは非常に難しいことですが、自殺を防ぐためには、重要な取り組みになるのかもしれません。ジェンダーロールについてはこちらの記事も参考になりますのでご参照下さい。

防ぎえない自殺

自殺の原因は様々で、勤務問題のみならず、家庭問題や健康問題、経済生活問題、男女問題といったことなどが挙げられます(厚生労働省の自殺白書より)。そして、産業保健職は万能ではありませんし、全ての労働者の自殺を防げるわけではありません。防ぎえた自殺とそうではない自殺の境界はクリアカットにはいきませんが、人は様々な事情を有し、ときに防ぎえない自殺もあります。自殺された方の遺族の中には常に当該者に寄り添い、常にその自殺を防ごうとしていたのにも関わらず自殺が起きてしまうケースもあります(“防ぎえない自殺の存在”が遺族の救いともなりえることも重要な点です)。また、産業保健職企業で起きる自殺を含む健康障害を防ぐための専門家であり、そこに全力を注ぐ必要がありますが、一方でその全てに責任を感じてしまうと、逆に産業保健職自身が疲弊しすぎてしまうことにも注意が必要です。産業保健職の役割の限界も理解する必要があると思います。

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おまけ

自殺対策のキーワードとして以下の3つを覚えておいてください。

ゲートキーパー

「ゲートキーパー」とは、自殺の危険を示すサインに気づき、適切な対応(悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る)を図ることができる人のことで、言わば「命の門番」とも位置付けられる人のことです。
企業にゲートキーパーを増やしていくことは、メンタルヘルス対策においても自殺対策においても重要です。厚生労働省からゲートキーパー手帳も公開されていますのでご参照ください。

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TALKの原則

自殺を打ち明けれたときの対応として「TALKの原則」というものがあります。特に、自殺についての話題から逃げない点は重要です。

「TALK」の原則
Tell :誠実な態度で話しかける
    あなたのことを心配しているとはっきり言葉にして伝える
Ask :死にたいと思っているかどうか率直に尋ねる
Listen:相手の訴えを傾聴する、絶望を受け止める、聞き役に徹する
Keep Safe:危ないと思ったら本人の安全確保
         家族や周囲の人間に協力を求める

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りはあさる(メンタルヘルス・ファーストエイド)

メンタルヘルス・ファーストエイドとは、メンタルヘルス(心の健康)の問題を抱える人に対して、専門家による支援の前に提供する支援のことです。メンタルヘルス・ファーストエイドの目的は以下のようなことです。その5原則が以下のような、「りはあさる」です。

  声をかけ、リスクを評価し支援を始めましょう 
  決めつけず、批判せずに話を聞きましょう
あ  安心につながる支援と情報を提供しましょう
  専門家のサポートを受けるよう勧めましょう
  その他のヘルプやセルフサポート等のサポートを 勧めましょう

参考資料

職場における自殺の予防と対応(中災防・厚生労働省)
・厚生労働省の自殺白書
・令和元年版過労死等防止対策白書
ゲートキーパーとは(厚生労働省)
・廣 尚 典. 職域. 地域連携の自殺対策――産業医の立場から――精神経誌(2010)112巻 5号
・社内で取り組む自殺対策
(ドクタートラスト)
・鈴木淳子. ジェンダー役割不平等のメカニズム―職場と家庭―. Japanese Psychological Review. 2017, Vol. 60, No. 1, 62–80

職域以外の情報も含まれますが、こちらもぜひご一読下さい。
ワンストップ支援における留意点(一般社団法人 日本うつ病センター)
自殺を予防する世界の優先課題 (自殺予防総合対策センター)
自殺後に遺された人への対応(安全衛生情報センター)
日常診療における自殺予防の手引き

友常先生の記事も参考になりますのでどうぞ

職場における自殺対策をどう進めるか〜総論〜
職場における自殺対策をどう進めるか〜不幸にも自殺が起きてしまった時〜

産業医のための職域メンタルヘルス不調の予防と早期介入・支援ワークブ
ック 産業医・管理監督者向け教材例:精神科救急に係る事項
自殺の予防と自殺の可能性がある労働者への対応

お父さんが「眠れない」のは、心の問題ではない 自殺対策について精神科医ができること・計見一雄氏に聞く

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