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「やりたい仕事じゃないと続かない」僕が会社を“踏み台”と割り切る理由

「会社は踏み台」なんて冷たい言い方だけど、むしろ健全じゃない?
最近、ある日の自分のスケジュールを改めて眺めてみたんだけど、あらためて思った。この働き方、やりたい仕事じゃないと絶対ムリ!

30代外資系社員のとある1日(在宅勤務)

6:30 起床
7:00 洗濯&朝食(担当)
8:00 仕事
12:00 昼食&掃除
13:00 仕事
17:00 子の送迎(担当)
18:00 夕食&風呂
19:30 仕事
21:30 子の寝かしつけ(担当)&自由時間
23:00 就寝

在宅勤務のありがたみを感じつつも、こうやって書き出してみると、「なかなかストイックな暮らししてんな〜」って我ながら思う。もちろん、家事も育児も夫婦で分担してるから成り立ってるってのは大前提。でも、ここまでの密度で日々を回し続けるのって、「やらされ仕事」だったら心折れてる。

本気でやりたい仕事、成長実感のある環境、納得できる報酬。そういう「納得感」がないと、絶対この生活は続けられない。

「会社」は自己実現のための踏み台


個人的な考えだけど、会社って、自己実現や次のキャリアのための踏み台、マイルドに言えば、活用する環境の一つでしかないと思ってる。むしろ、踏み台くらいに思っておかないと、会社依存が待っているだけだ。

もちろん、今の仕事に責任は持ってるし、成果もちゃんと出す。でも、その理由は「会社のため」じゃなくて、「自分のスキルと信用を積み上げるため」。要するに、自分が最終的に手に入れたい自由や裁量のための準備期間なんだよね。

だからこそ、僕は転職もかなり戦略的に考えてる。

たとえば、「将来こういう事業をやりたい」ってビジョンがあるなら、それに必要なスキルや人脈を得られる会社・ポジションを選んで転職する。逆に言うと、今の環境に伸びしろがなくなったと感じたら、すぐに見切る。

環境は「活用する」ものであって、永住するものではない。

雇用契約はプロスポーツ選手感覚でいい


僕がよく例えに出すのが、プロスポーツ選手の契約感覚。
彼らって、シーズンごとにコンディションを整えて、成果を出して、より良い条件で次のチームと契約する。そこに情はあっても、「成果に見合った評価がされないなら出て行く」ってのは当たり前。

僕らの働き方も、本質的には同じだと思ってる。

「この会社に骨を埋めよう」っていうのも美学かもしれない。でも、「同じ仕事を20年やり続けたら”プロ”になれる」って時代じゃもうない。変化の早いこの時代においては、キャリアの主導権を握るのは自分自身しかいない。

「なんとなく働く」が一番危険

たまに「そんなに割り切って考えるの冷たくない?」って言われることもあるけど、逆だと思ってる。

「なんとなく働く」とか、「なんとなく続ける」っていうモードでダラダラ年を重ねていく方が、よっぽど怖い。スキルは伸びない、給与も上がらない、でも責任だけは増える。そうして年齢だけ重ねたあとに、「転職しようにも行き先がない」ってなるのは地獄だ。

だからこそ、僕は常にキャリアを「戦略的」に見てる。今の業務が将来にどう繋がるのか、ここで何を得て、次にどう活かすのか。それを1年単位で逆算している。

会社には感謝はする、でも依存はしない


もちろん、今働いている会社に対して感謝はある。成長機会も与えてもらってるし、良い同僚にも恵まれてる。

でもそれと、会社に人生を預けることは別。

僕は、「この会社にいれば安泰」なんて言葉は信じない。むしろ、「この会社にしかいられない自分」になってしまったら危険信号。

大事なのは、会社が変わっても通用するスキル・思考・信頼を積み上げていくこと。そして、いつでも移籍できる状態でいること。

まとめ: 人生があるから仕事を選ぶ


結局のところ、キャリアって「人生の目的」じゃなくて「手段」なんだと思う。

僕は自分と家族が、健やかに、自由に、そして楽しく生きていくための手段として、仕事や会社を選んでる。そのために必要なら、転職もするし、最終的には起業だって視野に入れる。

「仕事があるから人生がある」のではなくて、「人生があるから仕事を選ぶ」。

そんな当たり前の価値観が、もっと広まればいいなと思ってる。



僕にとって会社とは、
使うべき環境であって、
依存すべき居場所ではない。

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